作品一覧

  • きみは「3.11」をしっていますか? ~東日本大震災から10年後の物語~

    きみは「3.11」をしっていますか? ~東日本大震災から10年後の物語~

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,386円 (税込)
    【ご注意】※お使いの端末によっては、一部読みづらい場合がございます。お手持ちの端末で立ち読みファイルをご確認いただくことをお勧めします。 約1万6000人。これは2011年3月11日に起きた東日本大震災で亡くなった人の数です。観測史上最大規模の地震です。巨大な海洋プレートがはじけ、大きな津波が太平洋沿岸部を襲いました。千年に一度の災害と言われています。日本は災害のとても多い国です。この国に暮らす限り、誰しもが災害からは逃れられません。むしろ「いま生きていることの方が奇跡」なのかもしれません。 ※この作品はカラーが含まれます。 【プロフィール】 漫画 細野不二彦 『さすがの猿飛』『Gu-Guガンモ』のアニメは全国放送。『ギャラリーフェイク』『TARO 太郎』にて小学館漫画賞を受賞。小学館漫画賞審査員。漫画界のトップランナー。 ノンフィクション 平塚真一郎  中学校長と石巻市立大川小学校の事故遺族という両方の立場から、学校安全について講話等を行っている。 インタビュー 河北新報社(特別協力) 「河北新報」を発行する東北を代表する新聞社。震災後の精力的な取材報道に力を入れる。 解説 井出明  金沢大学准教授。博士(情報学)。日本に「ダークツーリズム(災害や戦争の跡をめぐる旅)」を広めた気鋭の観光学者。震災後の観光と復興に関する研究を行う。
  • 透明な力を 災後の子どもたち

    透明な力を 災後の子どもたち

    小説・文芸

    -
    1巻1,430円 (税込)
    子どもの視点から描く東日本大震災のその後。 東日本大震災と福島第1原発事故は、子どもたちの日常を一変させた。 東北の被災3県で、震災による遺児・孤児は1700人を数える。 仮設住宅に暮らす児童や生徒は宮城県だけで一時、6000人を超えた。 本書は2014年に、「透明な力を」のタイトルで河北新報朝刊に連載したルポをまとめたものである。

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  • 河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

    河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

    小説・文芸

    4.4
    1巻825円 (税込)
    あの日――2011年3月11日、仙台に本社を置く東北地方のブロック紙・河北新報は壊滅的な被害を受けました。沿岸の支局は津波にのまれ、安否不明の記者や販売店関係者が続出。本社のコンピューターが倒れて紙面制作の機能を失い、休刊の危機に瀕します。しかし現場は、「それでも新聞をつくる!」という気概を失いませんでした。極限の状況下で、彼らは何を考え、どう行動したのか? 新聞人たちの凄絶な闘いの記録が本書です。被災者に寄り添った紙面づくりが胸に迫ります。あの日を忘れないためにも、長く読み継がれるべき書です。

ユーザーレビュー

  • 河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

    Posted by ブクログ

     タイトル通り、仙台に本社を置く東北の地元紙・河北新報が、圧倒的な現実を突き付ける東日本大震災へどう対応し、何をどう伝えたかが克明に記されています。読むのが重く、辛い記憶を呼び戻しますが、強く心に響いたのも事実でした。

     得てして震災モノのノンフィクションは、不撓不屈や再生などのテーマで感動を喚起させ、お涙ちょうだい的なものも多々…。しかし本書は、あくまでも事実を記録し、かつ報道の在り方の自問自答を続けている点に価値があります。 

     100年以上新聞を出し続けている河北新報社は、地域への恩義に応え使命を果たそうとします。「私たちも被災者」のスタンスで、全国紙とは違う切り口の自前記事にこだわり、無表情な「客観報道」で紙幅を埋めない、その一貫姿勢に胸打たれます。

     〈当事者〉でなければ真実を語る・伝える権利はないのかと言えば、NOだとは思いますが、被災者の心の声を丹念に拾った報道には、血の通った言葉の力があるように感じました。
     本とともに、紙の新聞購読者が減る一方の昨今ですが、報道を担う新聞の意味と役割の原点を伝える素晴らしい一冊でした。

     数々の難局を克服し、市民に寄り添った一連の報道に対して、2011年度新聞協会賞(編集部門)を受賞。また本作をもとに制作されたテレビ東京のドラマ『明日をあきらめない‥がれきの中の新聞社』で、2012年度日本放送文化大賞、東京ドラマアウォードグランプリを受賞しています。

    0
    2026年03月01日
  • きみは「3.11」をしっていますか? ~東日本大震災から10年後の物語~

    Posted by ブクログ

    主に宮城県で震災及び津波の被害を経験した人たちの聞き書き。
    まんが、ノンフィクション、まとめ、河北新聞社の協力による巻末資料。
    短文で読みやすく、伝わりやすい、真実の言葉が綴られていると感じた。
    被災や復興が、過去のものではなく、現在進行形の人もある。
    これから共に歩む未来を感じさせる一冊。
    あれから10年後だからこそ、語れた人もいるのだと思う。

    0
    2022年03月31日
  • 河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     個人的な話になるが、この本を読み終わった5月3日は、28年前朝日新聞阪神支局襲撃事件の起こった日だ。当時学生で物を書く仕事に憧れていた私には、とても衝撃的な事件だった。中でも銃撃された記者が「指はあるか!」と叫んだという逸話が忘れられない。命の危険にさらされても、なお書くことへの執念は捨てない、その記者魂に圧倒された。
     河北新報という名は2013年4月、横浜の日本新聞博物館で初めて知った。震災報道を伝える展示会が開かれていて、その紙面が掲示されていたのだ。生々しい紙面、そして震災の日も発行されていたことへの驚きで、息を吐くことしかできなかった。
     この本に描かれた、紙面の裏にあった葛藤は想像以上だった。「紙齢(しれい:新聞の発行日数)を絶やさない」ことへの執念。組版基本サーバーのディスク装置が倒れ、制作が危ぶまれたが、新潟日報に紙面を作ってもらえるようになる。2004年の中越地震を経験していた新潟側の呼びかけで、2006年から有事には強力する協定が出来ていたのが役立ったのだという。このことが象徴するように、人と人との繋がりが震災後の河北新聞を支えていく。編集局、記者ばかりでなく、販売店など、新聞に関わるすべての人々を描くことで、新聞のもつ底力をより大きく感じた。
     一方で記者たちの被災者に対する思い、人間らしい弱さや苦悩も生々しく胸に迫る。ヘリで空撮を行っているカメラマンの目に映る、学校屋上に非難した人々の作った「SOS」の文字。助けてあげられず「ごめんなさいね、ごめんなさいね」と言いながら写真を撮り続け、その写真の報道で助けになれればと祈っていたというが、現実は厳しかった。その人々が救出されたのは1週間後、その間ほとんど食べ物もなくスティックシュガーをなめていたという。その事実を後日知ったカメラマンは、自分の仕事が役に立っていなかったと苦しむ。
     ここに描かれている記者や編集局の人々も被災者だ。水や燃料・食料不足の中、極限の状態で新聞を作っている。編集局と記者たちの温度差を感じた報道部次長が、アンケートを行い、その苦悩が明らかになる。精神も体力も限界の中で報道するという使命と、被災者に役立っているのかという無力さ。その狭間で葛藤する人々の言葉を細やかに拾い上げたことで、彼らの姿が浮き彫りになり、まっすぐに響いてくる。
     河北、という言葉は「白河以北」という意味で、「白河以北一山百文(白河より北は荒れ地ばかりでひと山百文の値打ちしかない)」という侮辱的な言葉への反骨精神からなるという。東北人らしい粘り強さ、やさしさを持って、これからも紙齢を絶やさずにいて欲しいと心から願う。

    0
    2015年06月08日
  • 河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

    Posted by ブクログ

    読んでいて、何度も涙が出てくるのを必死にこらえた。
    自室で読んでいたら、それこそどうなっていたのか
    わからない。
    「大震災」後の3月28日にやっと故郷の宮城に
    入ることが出来て、そして、そこで目にした
    「光景」は一生忘れないだろう。

    今でも、「自分に出来ることは何か」を模索しながら
    生きている。

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    2015年03月25日
  • 河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

    Posted by ブクログ

    東北の新聞社の震災後における初動を描いた記録。

    初動において、安否確認をして、情報収集をして、それを発信する――というプロセスは、国交省や自衛隊等の対応機関に類似していると思った。
    じっさい、新潟日報との協定だとか、それを踏まえたデータ送受信訓練を一か月前に実施していたことだとかは、先日国交省の東北地整から公開された『災害初動期指揮心得』にも書かれていた「備えていたことしか、役には立たなかった。備えていただけでは、十分でなかった」というくだりに通じるものがある。

    また、土地勘のある記者を派遣するという指揮もさることながら、後方支援の重要性、とりわけ総支局間での応援だとか、「おにぎり隊」の活躍も印象的で、そうした後方支援や兵站だってチームのためにとても重要、というムードを作りだし共有することが、精神衛生上も大切だとも学ぶことができた。

    さらに、単純に、被災直後の人々に最も欲されるものとは「情報」であると、改めて認識。
    (とくに、デジカメ・スマホ時代の写真のプリントの尊さと同様に、)ネット・TV時代の新聞の尊さが、3.11後に改めて明らかにされた、と思う。
    「アナログメディアの重要性」という指摘もあったがまさにそのとおり。

    そして何より、あのころの動きがこうして(しかも発災わずか半年で!)まとめられ出版された貴重な記録に、リスペクトと感謝を抱かずにいられない。
    しかも、何度も涙腺が緩んだほど、正直な感情に大変満ちた、この記録に。

    0
    2015年03月19日

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