河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

小説・文芸
825円 (税込)

4pt

あの日――2011年3月11日、仙台に本社を置く東北地方のブロック紙・河北新報は壊滅的な被害を受けました。沿岸の支局は津波にのまれ、安否不明の記者や販売店関係者が続出。本社のコンピューターが倒れて紙面制作の機能を失い、休刊の危機に瀕します。しかし現場は、「それでも新聞をつくる!」という気概を失いませんでした。極限の状況下で、彼らは何を考え、どう行動したのか? 新聞人たちの凄絶な闘いの記録が本書です。被災者に寄り添った紙面づくりが胸に迫ります。あの日を忘れないためにも、長く読み継がれるべき書です。

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河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙 のユーザーレビュー

当時、私は都内某所のビル18階におりました。大きく長い揺れ、徒歩で数時間かけて帰宅したこと、実家や友達となかなか連絡が取れなかったこと、その後、流通マヒにより業務が大混乱になったこと…冒頭のシーンで記憶が蘇ります。きっと一生忘れられないでしょう。
この作品は、現地の有力新聞「河北新報」が百年以上続いた「無休刊」を守りぬいた激闘の記録です。1日1日の記者・スタッフ・被災者の様々な困難・葛藤を振り返り、その結晶として章末に翌日の紙面が来る構成となっており、紙面を見ると自然と泣けてきます。想像を絶する被害状況をセンセーショナルに伝える全国紙とは一線を画した「被災者目線」で伝えていく。その結果、地方紙としての存在意義を見出していく。ただ感動した、では終われません。

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

     タイトル通り、仙台に本社を置く東北の地元紙・河北新報が、圧倒的な現実を突き付ける東日本大震災へどう対応し、何をどう伝えたかが克明に記されています。読むのが重く、辛い記憶を呼び戻しますが、強く心に響いたのも事実でした。

     得てして震災モノのノンフィクションは、不撓不屈や再生などのテーマで感動を喚起させ、お涙ちょうだい的なものも多々…。しかし本書は、あくまでも事実を記録し、かつ報道の在り方の自問自答を続けている点に価値があります。 

     100年以上新聞を出し続けている河北新報社は、地域への恩義に応え使命を果たそうとします。「私たちも被災者」のスタンスで、全国紙とは違う切り口の自前記事にこだわり、無表情な「客観報道」で紙幅を埋めない、その一貫姿勢に胸打たれます。

     〈当事者〉でなければ真実を語る・伝える権利はないのかと言えば、NOだとは思いますが、被災者の心の声を丹念に拾った報道には、血の通った言葉の力があるように感じました。
     本とともに、紙の新聞購読者が減る一方の昨今ですが、報道を担う新聞の意味と役割の原点を伝える素晴らしい一冊でした。

     数々の難局を克服し、市民に寄り添った一連の報道に対して、2011年度新聞協会賞(編集部門)を受賞。また本作をもとに制作されたテレビ東京のドラマ『明日をあきらめない‥がれきの中の新聞社』で、2012年度日本放送文化大賞、東京ドラマアウォードグランプリを受賞しています。

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    2026年03月01日

    Posted by ブクログ

    読んでいて、何度も涙が出てくるのを必死にこらえた。
    自室で読んでいたら、それこそどうなっていたのか
    わからない。
    「大震災」後の3月28日にやっと故郷の宮城に
    入ることが出来て、そして、そこで目にした
    「光景」は一生忘れないだろう。

    今でも、「自分に出来ることは何か」を模索しながら
    生きている。

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    2015年03月25日

    Posted by ブクログ

    東北の新聞社の震災後における初動を描いた記録。

    初動において、安否確認をして、情報収集をして、それを発信する――というプロセスは、国交省や自衛隊等の対応機関に類似していると思った。
    じっさい、新潟日報との協定だとか、それを踏まえたデータ送受信訓練を一か月前に実施していたことだとかは、先日国交省の東北地整から公開された『災害初動期指揮心得』にも書かれていた「備えていたことしか、役には立たなかった。備えていただけでは、十分でなかった」というくだりに通じるものがある。

    また、土地勘のある記者を派遣するという指揮もさることながら、後方支援の重要性、とりわけ総支局間での応援だとか、「おにぎり隊」の活躍も印象的で、そうした後方支援や兵站だってチームのためにとても重要、というムードを作りだし共有することが、精神衛生上も大切だとも学ぶことができた。

    さらに、単純に、被災直後の人々に最も欲されるものとは「情報」であると、改めて認識。
    (とくに、デジカメ・スマホ時代の写真のプリントの尊さと同様に、)ネット・TV時代の新聞の尊さが、3.11後に改めて明らかにされた、と思う。
    「アナログメディアの重要性」という指摘もあったがまさにそのとおり。

    そして何より、あのころの動きがこうして(しかも発災わずか半年で!)まとめられ出版された貴重な記録に、リスペクトと感謝を抱かずにいられない。
    しかも、何度も涙腺が緩んだほど、正直な感情に大変満ちた、この記録に。

    0
    2015年03月19日

    Posted by ブクログ

    仙台に本社を置く河北新報は、東日本大震災で壊滅的な被害を蒙った。沿岸の支局は津波に呑まれ、安否不明の記者も続出。本社のコンピューターが倒れ、紙面制作の機能を失う。「それでも新聞をつくらなければならない!」この絶対命題を前に、彼らは何を思いどう行動したのか。“新聞人”たちの凄絶な闘いの記録。
    単行本発売当時から読みたいと思っていたものの、いつの間にか文庫が出ていました・・・月日がたつのは早いものであの震災から3年以上たつんですね。震度5弱の地震に恐怖は感じたものの特別被害にも合わなかった私は、当時は気仙沼などの被災地の映像をTVで見ては震えがっていたものの、正直今はその感覚も薄れ遠い話になっていました。でもこの本を読んで、そんな自分を強く恥じました。被災者にとって復興はまったく終わっていない。目にしないからといって忘れて良いわけでは決してない。小さくても、何かできることをやらなければと思いました。
    記者たちの葛藤や決意が伝わってくる文章ばかりで何度も涙がこぼれた。当たり前のように享受しているTVやネットの情報がなくなったとき、何としても新聞を出す!と頑張ってくれた河北新報の行動は、どれだけ被災者を力づけたことだろう。悲惨さだけでなく、人の温かさや絆も伝える紙面に胸が熱くなりました。放射能の恐怖も抱えながら取材を続け、地元に寄り添ったメディアは数少ないと思います。迷いもありながら伝えることを選び、今も伝えてくれる彼らに最大の敬意と感謝を。これからも地元紙の誇りを持って頑張って欲しい。

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    2014年07月16日

    Posted by ブクログ

    先ず、震災当時の悲惨な映像が思い出され涙した。
    次に、被災者に情報を届けようとする河北新報社社員たちの努力と葛藤に目頭を熱くした。
    そして、地元住民に寄り添う地方新聞社の大切さに気付いた。

    私たちは、多くの情報から自ら判断し行動している。情報が突然に絶たれたなら、私たちは自らの立ち位置すら見失い身動きできなくなってしまう。現在人にとっての情報は、水や電気・ガスと同じく無くてはならないインフラの一部と言える。
    過日の東北では地震と津波により電力と共に情報も途絶え、救助を求めることも救援の手を差し伸べることもままならなくなった。そこに情報の光を射したのが地方紙河北新報の取材・編集・印刷・輸送・販売の総力を挙げた献身的努力だった。
    全国紙は被災地の惨状を伝え、援助の手を集めることが大きな使命であり、被災地の地方紙は被災者の立場に立ち、励まし、希望の光を被災者に投げることが使命であることを知った。

    こう書いては申し訳ないが、これまでローカルな記事に面白みを感じず地方紙を蔑んでいた。しかし本書を読んで地方紙の意義を知り、地方紙には全国紙と競うのではなく地元住民に寄り添って、特色のある紙面で益々発展してほしいと思う。

    震災から3年が経ち、原発報道すら頻度が低下した昨今ではあるが、被災地はまだ震災と闘っている。一日でも早く傷が癒え、復興されることを祈念する。

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    2014年05月19日

    Posted by ブクログ

    一昨年、ロンドンオリンピック終了後に半ば観光気分で訪れた東北。当時は震災から1年6ヶ月が過ぎ、震災関連の情報はほぼ全く報道されなくなっていたので、そこそこ復興しているものとばかり思っていましたが、現地に着いてみると復興などとはほど遠く、ガレキや潰れた車などの鉄材がそこかしこに残り、何もない荒野や鉄骨だけになった建物が散見される光景がそこにありました。

    そのありさまにショックを受けると同時に、“数字がとれない”(=“金にならない”?)という理由のためか、今まだ傷跡が残る過去の事柄を無視して流行ものばかり追いかける報道機関に対し、虫酸が走るほどの怒りを覚えました。

    それ故に、全国紙が3.11ぐらいにしか東北に目を向けなくなった中で、現地の報道機関として被災地、被災者と寄り添い続ける河北新報社のあり方には感動すら覚えます。美談だけでなく、報道と救助の狭間における苦悩などを余すところなく書き連ねているところに真摯さが感じられ、それがまた胸を打ちます。

    今月は震災から三年を迎え、一時は震災関連の報道もなされましたが潮が引くようにそれは消えゆき、他の話題に飲み込まれてしまいました。文庫版のあとがきにある編集局次長の誓いの言葉――被災地が新しい未来を手に入れるまで、責任ある報道を続けること――を、全国紙の記者どもに叩き付けてやりたい心境。情報の消費速度が速まってきているからこそ、情報を取り扱うプロが残すべき情報を残すよう努めて欲しいと願うばかりです。

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    2014年03月30日

    Posted by ブクログ

    震災の時は東京にいた私ですが、生後2ヶ月の息子と初めての育児に追われる中で、かなり情緒不安定になっていました。この本を手に取ったということは、あの時、被災地はどうだったのか、今やっと落ち着いて読めるところまできたと言うことなんだと思います。
    やはり、心の奥底にある不安定なところにダイレクトに訴えかけてくるので、かなり泣きそうになりながら読みました。あの中で、時に迷い、時に苦しみながらも、彼らが必死になったというこの記録は価値あるものだと思うのです。
    新聞のあり方、メディアのあり方とともに、仕事とはなんなのか、働くとは何かという問いも突きつけられる気がします。

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    2014年03月28日

    Posted by ブクログ

    近年、新聞社をとりまく環境はとかく厳しい。ジャーナリズムが劣化したとの声が聞かれ、じっさい、販売部数の減少には歯止めがかかっていない。しかし、いざとなったときに頼れるのは、やはり新聞なのではないか。本作を読んで、その想いをいっそう強くした。まず、新聞社自身が被災者なのである。被災者の心に真に響いてくる紙面をつくることができるのは、被災した当事者をおいてほかにいないであろう。しかし、そのような新聞を製作することは、非常に困難な作業でもある。本作で語られるエピソードの数数は、これまであまり想像したことがなかったが、なるほどたしかに大変なことばかりである。たとえば、東日本大震災においては、広範囲・長期間にわたってライフラインが寸断されている。それは新聞社にとってももちろん例外ではなく、予備電源こそ持ち合わせているが、近年の原稿製作における基本トゥールであるパソコンすら、満足に使うことはできない。さらに、記者たちの食事をどうするかという問題もある。そのようなことには考えが到らなかったので、驚きであったが、こういうことまで想定しておかなければ、緊急時の報道はなかなかうまくゆかないということだろう。原発の報道など、震災時に批判を浴びた報道も多かったが、その裏側では血の滲むような努力が続けられており、じっさい私自身も、情報が錯綜するなか、新聞で秩序だった情報が入手できたことは非常にありがたかった。製作者には、改めて頭の下がる思いがする。今後新聞の未来がどういったものになるのかまったく見当がつかないが、本作で描かれたような熱い情熱をもった記者たちの存在だけは、いつまでもありつづけてほしいと願う。

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    2014年03月23日

    Posted by ブクログ

    「河北」という名称に、そんな信念がこもっていたとは。

    震災下の未曾有の状況で、休むことなく取材活動を行い新聞を発行し続ける誇りと葛藤。

    ヘリでの取材中に救助を求める被災者を発見したものの、何もできない無力感に苛まれる記者たち。

    先日読んだ石巻日日新聞の本では、休むことなく「印刷した」新聞の発行を続けている河北新報(だったと思う)をうらやむシーンがあったが、その裏では途方もない苦労と人々の強い協力体制があったことがわかる。
    また、地域密着の地方紙であるという矜持も。

    新聞というメディアの底力を改めて認識した次第です。

    0
    2014年03月18日

    Posted by ブクログ

    あの東日本大震災当日にも号外を発行し、翌日以降も休刊することなく、情報を発信し続けた地方新聞社の壮絶なドキュメント。何としてでも新聞を届けようと全社一丸となって困難に立ち向かう姿が仔細に描かれている。

    紙面を作るために奔走する記者たち、沿岸部支局から届けられる手書きの記事をリレーする記者たち、どうにかして被災地の現実を伝えようと危険を冒す記者たち、或いは後方支援に徹したおにぎり班の女性社員や山形支局の社員…被災地の販売店の支援、ロジスティクスの確保…

    自分の住む地域では、東日本大震災の翌日から数日、全国紙の配達が途絶え、これだけの大災害であれば仕方が無いかと諦めていた。一週間に及ぶ停電で情報源はラジオとインターネットだけ。ある時、インターネットを検索していたら、河北新報社が号外、朝刊、夕刊までもホームページにPDFファイルを掲載しており、新たな情報源として活用させてもらった。このドキュメントの中にも描かれているが、情報を途絶えさせないという使命から日曜日にも夕刊を発行していたのがすごいと思った。

    文庫化にあたり、文庫版のあとがきが追加されている。

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    2014年03月08日

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