ウィトゲンシュタインの作品一覧

「ウィトゲンシュタイン」の「論理哲学論」「論理哲学論考」ほか、ユーザーレビューをお届けします!

作品一覧

  • 論理哲学論

    論理哲学論

    ビジネス・実用

    4.5
    1巻1,430円 (税込)
    「すべての哲学は『言語批判』である」―― 西欧哲学2000年の歴史をほぼ全面否定する衝撃的な哲学観を提起したこの書が、20世紀前半の哲学地図を、完全に塗り替えてしまうことになる。
  • 論理哲学論考

    論理哲学論考

    ビジネス・実用

    4.3
    1巻935円 (税込)
    「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」という衝撃的な言葉で終わる本書は、ウィトゲンシュタイン(1889-1951)が生前に刊行した唯一の哲学書である。体系的に番号づけられた短い命題の集積から成る、極限にまで凝縮された独自な構成、そして天才的な内容。まさに底知れぬ魅力と危険をはらんだ著作と言えよう。

ユーザーレビュー

  • 論理哲学論考

    Posted by ブクログ

    まじで誇張なしで、こんなに明晰なものだと思ってなかったわ。現実ー言語の世界を、チェスや数学の体系のように捉える(本人は本当に現実と言語がそういう論理構造を共有してると思ってたらしいが)主張として読めば、めっちゃ読みやすい。ほんとに、いろいろ発想を喚起させてくれて、ありがとう。ヴィトゲンシュタイ賢いわ。思ってたより、結構いろんなことについて語っててよかった。現実ー言語に関する本として読むのでは見落としてしまうような本当に優れた洞察がたくさんあった。ありがとう。

    0
    2026年10月03日
  • 論理哲学論考

    Posted by ブクログ

    三・〇三一
    かつてひとはこう言った。神はすべてを創造しうる。ただ論理法則に反することを除いては、と。──つまり、「非論理的」な世界について、それがどのようであるかなど、われわれには語りえないのである。

    0
    2026年02月21日
  • 論理哲学論考

    Posted by ブクログ

    これまで読んだ中で最も美しい哲学書。カントは時間や空間をア・プリオリであるとしたが、著者は記述ので形式を与えるものとして捉えようとした。要素命題のすべての可能性が真になる真理条件をトートロジー、すべての可能性が偽になるものを矛盾と呼ぶ。真理操作とは要素命題から真理関数を作る方法である。命題の本質を提示することは、あらゆる記述の本質を提示することであり、世界の本質を提示することである。しかし要素命題は名の合成であり、ア・プリオリに挙げることは出来ない。論理によって決定される問いは論理のみにより決定される。論理を理解するために私達が必要とする「経験」は「何かがある」というものである。私達の日常言語のすべての命題は、実際、そのあるがままで、論理的に完全に秩序づけられている。私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。思考し表象する主体は存在せず、世界に属さない。それは世界の限界である。ア・プリオリな法則は存在せず、一つの論理形式の可能性をア・プリオリに知るのである。永遠を時間的な永続としてではなく無時間性と解する時、現在に生きる者は永遠に生きるのである。答えが成り立つのは、ただ、何ごとかが語られうるところでしかない。生の問題の解決を、ひとは問題の消滅によって気付く。かくして「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」。

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    2025年05月23日
  • 論理哲学論考

    Posted by ブクログ

    語ることができない事柄の前では、沈黙しなければいけない。

    古代の人々は神と運命を前にして歩みを止めたように。

    明日太陽が上るというのは仮説でしかない…私たちはそれを知っているわけではない。

    地頭がちがうとここまでわけがわからないのか…
    私は勝手に私が閉鎖病棟にいた時に書いてた日記を思い出しましたよ、小難しいことを考えてしまう性格なのですよ、この人も!

    自然法則を説明できるなんて勘違いしないことだ、我々が持っているのはただの仮説でしかない?という?

    0
    2023年07月14日
  • 論理哲学論考

    Posted by ブクログ

     ピエール・アド「ウィトゲンシュタインと言語の限界」後に再読。学生時代に1度、社会人のまだ若い頃に1度読んでいるが、今回改めて自分の読みの浅薄さを思い知らされた。丁寧に読むとかなりの時間を要する著作なのに、あまり読むのに苦労した記憶がないのだ。野谷茂樹氏の訳者あとがきに「『論考』という著作は妖しい光を放っている。読む者を射抜き、立ち止まらせ、うっとりさせる力を擁している。それはおそらくすばらしいことなのではあるが、危険でもある。うっとりしながら哲学することはできない。」とあるが、若い頃の僕はまさに『論考』の詩的かつキャッチーなセンテンスにうっとりし、それだけで何事か重要なものを把握したような錯覚に陥っていたのだ。それはもちろん僕だけではなかろう、本書からあの「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」という命題のみを形式的に取り出し、「未だわかっていないものについては結論を出してはならない」などという陳腐で卑俗な読み替えを適用し、それをもって本書の主題だとする例に数多出くわすのだから。
     
     以前読んだ時は、クライマックスの命題6.4あたりからそれまでの理知的な論調から離れて、「倫理」「美」「神秘」「永遠」などの形而上学的な色彩の言葉が並ぶのに面食らい、なぜウィトゲンシュタインがそのような論理的なものから遊離した(と当時の僕には思えた)概念をこの段に及んで持ち出すのか、と訝しんだ記憶がある。だが上記「…と言語の限界」を経由した今ではそうは思わない。世界を「完結した総体」として「永遠の相のもとに」捉えると、そこには確かに論理では語り得ぬものが浮かんでくる。「倫理」や「美」「神秘」は、「物自体」のように全くリーチ不可能な形而上学的概念ではなく、言語の形式では表現できないが確かに我々に示されるものであり、だからこそ畏敬の念を伴って表されるものなのだ。

    0
    2023年02月23日

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