大森荘蔵の作品一覧

「大森荘蔵」の「物と心」「青色本」ほか、ユーザーレビューをお届けします!

作品一覧

  • 物と心

    物と心

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻1,606円 (税込)
    著者は現象の背後に実在を想定する二元論の仮構を否定する。そして自らが見て触れて感じている現実世界にどっしりと足をつけ、それを超越しているかのごときものをどう捉えたらよいのか問い進めてゆく。独自の哲学「立ち現われ一元論」のエッセンスが詰まった、大森哲学の神髄ともいえる名著。
  • 新視覚新論

    新視覚新論

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,441円 (税込)
    「外なる世界と内なる心、という分別は誤りだと思う」 見たり聞いたりする知覚の風景が自分の「心の中」にある心象風景だと感じる人はまずいないだろう。しかし、痛みや気分、悲喜の感情、思い出や希望、空想や妄想、そして意志といわれるもの、これらはまぎれもなく自分の「心の中」のものだ、と人は感じている。 しかしそれは、人が抱く根本的な事実誤認ではないか?  世界そのものが悲しく喜ばしく恐ろしく、回想や希望も現在も、常にひとしく四次元の全宇宙世界の立ち現われなのである。 このことを、光学虚像や幻覚・幻像、時間と空間、幾何学、芸術、自由と意志などさまざまな角度からていねいに論じる。陥りがちな誤解をほぐしながら、日常と科学を重ねながら、「世界の一項目としての私」を「世界のあり方としての私」に組み変える。 世界そのものが、悲しく喜ばしく恐ろしい。 こうして「私」は抹殺され、私が復元されたのである。 解説: 野家啓一 本書の原本は『新視覚新論』(東京大学出版会、1982年)です。 【目次】 1 見ることと触れること 2 見えている 3 何が見えるのか 4 「表象」の空転 5 鏡像論 6 過去透視と脳透視 7 空間の時間性 8 自由と「重ね描き」 9 言い現わし、立ち現われ 10 心
  • 青色本

    青色本

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,034円 (税込)
    「語の意味とは何か」ーー本書はこの端的な問いかけから始まる。ウィトゲンシュタインは、前期著作『論理哲学論考』の後、その根底においた言語観をみずから問い直す転回点を迎える。青い表紙で綴じられていたために『青色本』と名付けられたこの講義録は、ドラスティックな思想転回が凝縮した哲学的格闘の記録である。
  • 大森荘蔵セレクション

    大森荘蔵セレクション

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻1,870円 (税込)
    戦後日本を代表する哲学者のエッセンス。ものも過去もじかに立ち現れている! 問いと思考の変遷を鮮明に示す論考を、衣鉢を継ぐ4人がセレクト・編集する。大森哲学を知る最良の入門書。解説は4人の共同討議。

ユーザーレビュー

  • 青色本

    Posted by ブクログ

    巻末の野矢茂樹の解説がありがたい。まずこれを読んでから本編に挑戦。そして再度野矢の解説を読んだ。本編も何とか読み通せたし、ある程度理解できたように思う。本編を読んだことで得られた収穫は、ウィトゲンシュタインの思考の息遣いのようなものを感じ取れたことだろうか。粘り強く、というか、どちらかといえば執拗に思考実験を繰り返す。その様についていくのはなかなか大変だが、それだけに、ついていけたときには結構うれしい。内容的には、言語ゲームの序論といった感じ。

    0
    2019年03月20日
  • 物と心

    Posted by ブクログ

    大森荘蔵さんのさんの本は以前読んだときあんまり面白くなかったのだが、これは違う。断然違う。超一級のおもしろさを持つ哲学書だ。
    もとは別々の論文であったものを、著者自身がうまくまとめ直して一冊の書物にしている。とはいえ、後半の方とか、トピックは様々だ。
    私が非常に興奮させられ、感銘を受けたのは第1部「物と心」である。この部分は難解さも心地よく、常識的な見方を覆すような、それでいてケレン味の無い緻密な論述に心奪われる。
    大森は「感情、情念、気分といったものはわれわれを含めた世界の状況の中にあるのであって、その世界から分離された、しかもべったり世界にまといつく「心」にあるのではない。」(P120)と断じる。
    彼は心(主体)と対象、対象と表象といった二項対立を徹底批判し、ものについては「立ち現れ」なる概念を提起する。もっともこの「立ち現れ」という概念につういては、おおよそわかるようでいて、敷衍の記述が物足りなくて完全には把握できない気がした。
    また、そうした「近代の二元論」を超克しようとした著者なのに、なぜかうっかり「心身二元論」に簡単にはまってしまっている箇所もあった。
    しかし「同一性」は必ずしも「同一不変性」が含まれるわけでは無いとして、変容を含みうる術語として「同一体制」なる概念を提起する辺り、なるほどと感心してしまった。
    ということで、特に第1部は圧倒的に素晴らしく、また読み返したくなるような、知的魅惑に満ちた本である。いつかまた読みたい。

    0
    2015年07月23日
  • 青色本

    Posted by ブクログ

     初期『論考』の「世界ー言語並行論」に基づく意味論的発想を離れ、中期の「文法」すなわち規則を重視する立場から後期『探求』の「言語ゲーム」への移行期における、ウィトゲンシュタイン(LW)の講義の口述録。ここではすでに「言語ゲーム」という言葉は表れているが、あくまで中期LWの特色である「文法」「ルール」に重きを置いた考察がなされており、後期のようにそこに我々の生活があって初めて実質が与えられる、という立場は取られていない。野矢茂樹氏の解説によれば、あくまで「文法」内での語の使用のされ方に焦点を当て「あてがわれるべきものと異なる文法を適用してしまうことにより生ずる我々の誤謬を治癒しよう」というのがここでのLWの狙いだという。

     世界には数多の「文法」があり、そこでの語の使用は文法ごとに異なっており、恣意的ですらある。しかし語それ自体は共通して用いられることが多いため、我々は往々にして文法の適用を誤り混乱してしまう。LWは具体的な場面(有名な歯痛の例など)を挙げつつ、より混乱の少ない文法を提案するのだが、そもそもそのような混乱の根本にあるのは「一般名辞の意味を明確にするには全ての適用を通じて共通する要素を見つけねばならぬという考え」であるという。LWによればそのような要素は存在せず、あるのはただ語の使用によって付随的に浮かび上がってくる「家族的類似性」のみだというのだ。つまり語の意味というのは帰納的にしか把握できず、全ての語の意味を決定づける演繹の起点となるような「本質」など存在しないというのだ。確かにこの点からするとLWを論理実証主義者と呼びたくはなる。

     後半はLWを論ずる上で避けて通ることのできない「独我論」。ここでもやはり基本となるのは「文法」であり、独我論的語りを可能にする(強いられる)のは「私的言語」、ただ自分の経験のみを表現することにのみ適した文法を有する言語なのだと論じられる。この私的言語は、指示対象と記号の対応関係がその発話主体にしか検証できないため、トートロジカルな無内容を必然的に含む。これが独我論的語りにまつわる違和感の正体だというのだが、どうやらその治癒方法までは本書では明らかにされないようである。

    0
    2022年11月05日
  • 新視覚新論

    Posted by ブクログ

     1982(昭和57)年著。
     以前読んだ大森荘蔵さんの著作は結構面白く読めて共感する部分も多かったのだが、本書の前半、「視覚」現象を巡って常識を覆すような論が展開される部分は、どうも首肯できずに苦しかった。文章は哲学書としては恐ろしく平易・明解な方で、言っていることは理解できるのだが、どうしても「いや、どうかな、違うんじゃないかな」と疑わしい気持ちになるのだった。
     しかし本書後半、「視覚」を離れて心的現象全般について哲学的洞察が繰り広げられ始めると、これはなかなか面白く、かつ、同意できそうな点も多くなった。「立ちあらわれ」という独特のキーワードを軸に、「自分」と周囲の風景や事物との関わりを明らかにしていく。
     果たして、大森さんの言うように、「像」(心象、仮象、イメージ、記憶など)ではなく想起された「そのもの」が「立ちあらわれている」のかどうか、これは今後、日常を生きながら自分で検討してみたいと思う。それくらい、本書後半に論述されたものは魅力的・刺激的なのだ。
     最後の10章のみ、いきなり「ですます調」に文体が変わるのは後から付け加えられたからだろうが、この最終章に本書の核心はほぼ全て凝縮され、要約されていると感じた。この章だけでも、後日また読み返してみたいと思っている。

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    2022年07月31日
  • 青色本

    Posted by ブクログ

    後期ウィトゲンシュタインの思考の端緒。「語の意味とは使用である」という主張を掲げ、語の背後に何らかの実体を想定する本質探求を批判していく。語の意味は具体的実際的な語の使われ方にあるという考え方は今日様々な社会科学の基本的前提をなしているが、そうした「言語論的転回」の根源にあたる記念碑的著作。

    0
    2012年08月15日

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