白虎隊の検索結果
検索のヒント
検索のヒント
■キーワードの変更・再検索
記号を含むキーワードや略称は適切に検索できない場合があります。 略称は正式名称の一部など、異なるキーワードで再検索してみてください。
■ひらがな検索がおすすめ!
ひらがなで入力するとより検索結果に表示されやすくなります。
おすすめ例
まどうし
つまずきやすい例
魔導士
「魔導師」や「魔道士」など、異なる漢字で検索すると結果に表示されない場合があります。
■並び順の変更
人気順や新着順で並び替えると、お探しの作品がより前に表示される場合があります。
■絞り込み検索もおすすめ!
発売状況の「新刊(1ヶ月以内)」にチェックを入れて検索してみてください。
-
<増補決定版> 白虎隊
白虎隊士は、飯盛山で短き命を終えた士中二番隊の十九士だけではなかった――。本書は、白虎隊と総称された会津藩の五つの少年部隊の成立から、越後口、戸ノ口原、会津城下、籠城戦での戦いと、その激戦を生き延びて、苦難の明治時代を生きた者たちの生と死の軌跡をたどる一冊。永岡清治著の『旧夢会津白虎隊』をはじめとする数多くの史料をもとに、幕末から明治維新の時代背景、さらには会津に何度も足を運び現地を歩いた経験を交えながら、会津藩のおかれた厳しい状況を臨場感あふれる筆致で描く。時代の奔流を押し止めることができず、明治新政府軍から朝敵にまつり上げられた会津藩の悲劇。そしてその大きな渦に巻き込まれた少年隊士たち一人一人の人生を丁寧に紡いだ力作。会津藩に取材した多くの作品を発表してきた著者が、新たに〈日向内記の真実〉〈郡長正の自刃前後〉という2つの研究成果を増補して加筆。白虎隊の実像と全体像に迫った決定版。 -
白虎隊士飯沼貞吉の回生 第三版
会津飯盛山で集団自刃した白虎隊。隊士はなぜ自刃したのか? 奇跡的にただ一人生き残った祖父飯沼貞吉が手記を残していた! 手記は今なお続く「落城誤認説」を否定していた。さらに、自刃後の貞吉には生涯誰にも明かさなかった空白の2年があった。 この謎の2年間に、あろうことか長州に連行され、養育された。 死に場所を探していた貞吉はこれを転機に回生し、当時の最先端国家事業・電信架設に邁進する。 日清・日露戦争で、日本が超大国中国(清)とロシアに勝利した理由は何か? それは日本独自の情報戦略だった。 貞雄は日清戦争で朝鮮に出征し、電信架設を成功させ、勝利の影の立役者となった。 日露戦争では「無線」で敵を圧倒し、バルチック艦隊壊滅の布石作りに貢献し、旭日章を賜った。 12年前に発刊した第二版に新たに発掘した資料を加え克明に跡付ける。 会津藩家老西郷頼母を叔父とし、東大総長山川健次郎をはじめ山川家の兄弟たちを従兄弟にもつ貞吉の数奇な生涯の全貌が今明らかにされる。 波乱に満ちた生涯は、正に「史実は小説よりも奇なり」である。 それにしても、貞雄の死から18日後の会津日報に「いきかえるような切腹の仕方は会津武士らしくない」との記事が掲載されたことは筆者の胸に刺さっていまだに消えることがない。 貞雄の墓が飯盛山に設置されたのは、没後26年経った昭和32年である。 -
WhiteTiger ~白虎隊西部開拓譚~
戊辰戦争・会津若松の戦いに敗れ、自害した仲間とはぐれ生き残った白虎隊士・白石鶴之助。死に場所を探していた彼に、会津藩軍事顧問ヘンリー・シュネルは、会津藩主松平容保より命を受けたアメリカ移民計画・若松コロニーへの参加を提案する。当時のアメリカは西部開拓末期、荒野と銃の世界に幕末の武士が挑む。アメリカ・カリフォルニアに実在した若津コロニーの歴史をもとに世界の歴史をつなぐ壮大な大河ストーリー。 -
流刑地哭く
明治政府は道庁に囚人の強制労働を命じ、道庁は炭鉱や道路建設で囚人を酷使した。彼らは二人一組で鎖につながれ、重い鉄丸を引きずって仕事に追い立てられて大勢死んだ。遺体が路傍に埋められることも。クリスチャン典獄と白虎隊看守長の囚人保護の努力も空しかった。北海道開拓史上の拭いきれない一大汚点を集治監、監獄をめぐる挿話で明らかにする。