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南Q太傑作短編集 ぼくの友だち
短編の名手・南Q太が描く、心にあかりを灯してくれる珠玉の5作品。すべて単行本初収録! この世界のこの場所で いま きみがとなりにいること 【収録内容】 お互いの制服を交換し合った同級生との再会『ぼくの友だち』(描き下ろし32ページ)。隣に越してきた画家・カオルとの出会いで、灰色の「ぼく」の人生が色づいていく『キリフィッシュ』。妻から仕事から逃げた先の離島で過ごす優しい時間『幸福』を含む全5作に加え、軽やかな文体がオンリーワンの魅力を放つショートエッセイ「伯林滞在記」も書き下ろしで収録。 【もくじ】 ぼくの友だち ……003 キリフィッシュ ぼくの友だち(2) ……035 カルトッフェルン ぼくの友だち(3) ……075 サファイア ……113 幸福 ……145 【担当者より一言】 ないものにされかけていたその孤独を、見過ごさない。さみしさの中にも、やさしい光を感じる作品集。 南Q太ワールドを存分に堪能できる、2017年~2024年に描かれた珠玉の5編。 何度も読み返したくなる、宝物のような1冊になりました。 南Q太ファンはもちろん、余韻が深く感じられる物語をお求めの方にも、おすすめです! -
きみが死んだあとで
1967年、10・8羽田闘争。同胞・山﨑博昭の死を背負った14人は、その後の時代をどう生きたのか? 全共闘世代の証言と、遅れてきた世代の映画監督の個人史が交差する、口承ドキュメンタリー完全版。 1967年10月8日、佐藤栄作首相の南ベトナム訪問阻止を図る全学連が、羽田・弁天橋で機動隊と激突、当時18歳だった京大生・山﨑博昭さんが死亡した10・8羽田闘争。この〈伝説の学生運動〉に関わった若者たちのその後を描いた長編ドキュメンタリー映画『きみが死んだあとで』を書籍化。 山本義隆(元東大全共闘議長)、三田誠広(作家)、佐々木幹郎(詩人)をはじめ、当時の関係者への延べ90時間に及ぶ取材メモをもとにした、映画未収録インタビューを含む口承ドキュメンタリー完全版。「しらけ世代」の代島監督がいちばん憧れた「全共闘世代」のヒーロー、秋田明大(元日大全共闘議長)に迫る書き下し原稿も掲載! 若者は「10.8後」をどう生きたのか。あの時代の貴重な証言がここに。 【目次】 はじめに 「よく見比べてから判断したいので、いまは入りません」とお断りしました。──向千衣子さんの話 映画『きみが死んだあとで』を撮るにいたった動機 捕虜を撃ち殺す写真を見たのは大きかった。──北本修二さんの話 内ゲバは厭やね。だけど指令があれば、いや、わからないな……。──山﨑建夫さんの話 ぼくの話 1 だから「襟裳岬」をふと耳にするだけで胸がジンとする。──三田誠広さんの話 もうちょっとで山﨑の一周忌やなあと思ったんですけど、その前にやめました。──岩脇正人さんの話 ぼくの話 2 何の役にも立たない老人に、何の意味があるんだと思うでしょうけど。──佐々木幹郎さんの話 49歳ではじめて没頭したんです、いまの仕事に。──赤松英一さんの話 ぼくの話 3 大学では剣道部。もともとは右翼ちっくな少年だったんですが。──島元健作さんの話 わが子に「命」が何なのかを教えてもらいました。──田谷幸雄さんの話 ぼくの話 4 高校時代は何にでもなれると思ってたけど、何にもなれなかったっていうような人生ですね。──黒瀬準さんの話 エイッて、機動隊に追われてホームから線路に飛び降りたんですよ。──島元恵子さんの話 ぼくの話 5 私の救援の原点は、じつは子どもたちなんですよね。──水戸喜世子さんの話 ぼくの話 6 護送車のバックミラーに映った顔を見たら憑かれた顔で「これがハタチの俺なんやなあ」って。──岡龍二さんの話 ぼくの話 7 俺いなくなったら、絶対集まらないから待ってるしかない。だから、ひとりで待っているんだよ。──山本義隆さんの話 ぼくの話 8 終章 あとがき 登場人物紹介 本書に登場する用語の簡易解説 参考・引用文献 関連年表 -
幸せな結末 大滝詠一ができるまで
30年以上封印されていた音声、初の書籍化 「まあ、これが遺作だな。死後公開だ」 学芸会の劇ではいつも主役で、12球団全部のマークを自分で手描きした野球帽をかぶり、蓄音機でDJをやっていた少年時代。高2の夏の一目惚れから始まった一生の恋。岩手から上京し、細野晴臣の家に集い作曲を学んだ「はっぴいえんど」前夜。バンド解散後に手がけたCMソングがテレビで流れたときの喜び。ナイアガラ・レーベルを創設し、アメリカン・ポップスが大好きだった少年時代に原点回帰した「ロンバケ」の大ヒット。壁一面ビデオ・デッキで埋め尽くされた伝説の部屋。インターネットが一般的になる前からのめりこんでいたパソコン通信。放送直前に完成した完璧なドラマ主題歌―― 1991年8月、「死後公開」を約束に、親交のあった著者が聞き手となって福生の仕事場に三日三晩泊まり込みで行われたロングインタビュー。カセット・テープに録音されて30年以上封印されていた「軽妙洒脱な語り」をそのまま活かし、深い愛情を込めて綴った、POPの頂点を極めた大滝詠一の知られざる素顔。 教師をしながら一人親で息子を育て、欲しがる雑誌は全て定期購読し、ラジオを与えて「大滝詠一」の礎を築いた母。新婚時代、ラジオ局が激安で放出した大量の中古レコードを「全部買えば」と鼓舞した妻……ふたりの女性の格好良さにも痺れ、朝ドラのような展開に心が熱くなるノンフィクション! ぼくはこの3日間を記録した膨大なカセット・テープの山を棚の奥にしまい込み、内容をどこにも公開せずにおいた。 でも、大滝さんが突然逝去された2013年からもすでに10年以上。そろそろかな、と。 大滝さんの言葉をもう一度、まあ、超膨大な情報量のうちのほんの一部ではあるのだけれど、世紀を超えた今の空気の中に解き放ってみようと思う。(「第2章」より) 大滝さんは誰かを聞き手に立て、自分の考えを“証言”として残すことを好んだ。そうした意味で本書は、ぼくを聞き手に大滝さんが綴った記録帳のようなものなのかもしれない。(「あとがき」より)