小西真理子の検索結果

  • 歪な愛の倫理 ――〈第三者〉は暴力関係にどう応じるべきか

    歪な愛の倫理 ――〈第三者〉は暴力関係にどう応じるべきか

    ビジネス・実用
    5.0
    1巻1,815円 (税込)
    DV(ドメスティック・バイオレンス)に代表される、暴力関係から逃れられないひとには、実際、何が起きているのか。問題系を前提とした〈当事者〉ではなく、特定の個人に注目した〈当人〉の語りから議論を始めたとき、〈第三者〉は、どのようにして応答することができるのか。本書は、「なぜ暴力関係から逃れられないのか」という問いへの通説的な見解に対して、再考を迫る。あるべきかたちに回収されない異なるエートスを探求する、刺激的な論考。 【目次】まえがき 親密な関係に生じる暴力を問う――〈当人〉と〈第三者〉のあいだの亀裂/第1章 なぜ暴力関係から逃れないのか【通説編】――専門家らによる見解/1 加害者から離れたがらない被害者たち/2 専門家らによる代表的な回答/第2章 なぜ暴力関係から逃れないのか【異端編】――語られる歪な愛/1 分離以外の解決策の必要性――「離れたくない」/2 〈当人〉の言葉の真正性――「私は相手のことをよく知っている」/3 依存がもたらす救済――「依存によって生きのびられる」/4 欲望される暴力や支配――「私はマゾヒストである」/第3章 分離とは異なる解決策――DVと修復的正義/1 加害者との関係性切断を拒絶する被害者/2 DVにおける修復的正義の実践「サークル・オブ・ピース」/3 DVに修復的正義を適用することへの批判/4 日本の現状と今後/第4章 暴力的な存在と社会的排除――トルーディ事件を考える/1 トルーディ事件/2 トルーディの真正性/第5章 生きのびるためのアディクション――自己治療・自傷・自殺/1 自己治療仮説/2 日本における「生きのびるためのアディクション」/3 見えなくなっていく死(者)/第6章 介入と治療からの自由/1 〈第三者〉にできること:ドラマ『ラスト・フレンズ』から考える/2 自傷他害とパターナリズム
  • 抵抗への参加──フェミニストのケアの倫理──

    抵抗への参加──フェミニストのケアの倫理──

    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 世界的なベストセラー『もうひとつの声で』に自ら応答した本、いよいよ日本で出版!ケアの倫理は、フェミニストの倫理であると同時に人間の倫理である。ケアの倫理の金字塔『もうひとつの声で』の刊行から時を経て、ギリガンがたどりなおす抵抗の軌跡。出版後に向けられたフェミニストからの批判への応答に加え、ギリガンの半生の語りと、そこから紡ぎだされるケアの倫理をめぐるアカデミックエッセイ。愛の要求も民主主義社会における市民権の要求も、同じひとつのものだということを教えてくれる少女たちと女たちの声をここに読む!
  • 狂気な倫理――「愚か」で「不可解」で「無価値」とされる生の肯定

    狂気な倫理――「愚か」で「不可解」で「無価値」とされる生の肯定

    ビジネス・実用
    3.6
    1巻2,970円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 愚かな人生はある。不可解な生活もある。無価値な生もあるだろう。しかし/だから、狂おしい思いで、その狂える倫理を書きとめる。何かが狂う。何かが正される。そして何かが動きだす。若き友人たちの本ができあがった。  小泉義之(立命館大学名誉教授)
  • パチプロを哲学する 依存と偏見とケアをめぐる対話
    NEW

    パチプロを哲学する

    ビジネス・実用
    -
    1巻2,640円 (税込)
    パチンコは、多くの人々を引き寄せる「娯楽」であると同時に、賭博性や犯罪のイメージ、依存問題や青少年への悪影響などから社会悪として見なされてきた。10兆円を超える売り上げを誇る産業でありながらも、ネガティブなイメージで語られがちだといえるだろう。 では、パチンコで生計を立てるパチプロはパチンコとどのように向き合い、稼ぎを得て、生活しているのか。一方で、パチンコ障害の親をもつ子どもや依存問題の支援をおこなう現場の人々は、どのような思いを抱えているのか。 インタビューや座談会から、あまり語られないパチプロの声を明らかにする。そして、パチンコが社会に適合できない人のセーフティネットを担っていること、当事者も支援者も、依存と支援のはざまで共存を模索していることを照射する。 また、オカルト打法や「軽薄な遊び」としての側面を哲学的な視座から考察する。差別や偏見を伴う眼差しを向けられやすいパチンコの善悪二元論的な固定観念を溶かし、パチンコとともに生きる人々の理解に向けて、多様な回路を作り出す。

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