あらすじ
うつは今や「誰でもなりうる病気」だ。しかし、治療は未だ投薬などの対症療法が中心で、休職や休学を繰り返すケースも多い。本書は、自分を再発の恐れのない治癒に導くには、「頭(理性)」よりも「心と身体」のシグナルを尊重することが大切と説く。つまり、「すべき」ではなく「したい」を優先するということだ。それによって、その人本来の姿を取り戻せるのだという。うつとは闘う相手ではなく、覚醒の契機にする友なのだ。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。
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Posted by ブクログ
自分自身のぐるぐる思い悩む癖をやめたいと思っていたけれど、やめる必要ないんだと思えた。むしろ、いっぱい悩んで、いっぱい考えて、自分なりの答えを出すことが大切だと書いてあり、すごく救われた気持ちだった。
思い悩む事は、気持ちが沈むので良くないと思っていたが、本当に良くなかったのは、思い悩むことを止めようとする気持ちだった。たくさん考える事を肯定できたら、少し気持ちも軽くなったし、今までよりも考える事が楽しく感じるようになった。
Posted by ブクログ
従来の西洋医学的アプローチでは、「うつ」の症状をいわば「悪」とみて、それを抑え込み駆逐することを治療としていたが、このアプローチだけではうまく「うつ病」を治癒することはできないと筆者はいう。西洋医学的アプローチでは切り捨てられてきた「病が示すメッセージを読み解き、対応する」という視点からうつ病に取り組んでいくことが必要と説く。 すなわち、うつ病とは「脳内セロトニンのアンバランス」が原因とされるのを、それは中間要因として捉え、そもそもその「アンバランス」が何故生じたのかという主因をうつ病から読み解き、対応していくことが必要としている。
本書ではうつ病の主因を、一般的に使われる「頭」「心」「身体」という概念を使って説明している。
「頭」はシミュレーション機能を持ち、過去の分析や未来の予測を担い、「すべき思考」に基づき、外界だけでなく「心」「身体」もコントロールしたがるもの。
「心」は過去や未来ではなく「いま・ここ」に焦点を合わせ、「~したい」「好き」「嫌い」という概念に基づき、直感的に結論を出す。
「身体」は「心」とともに、生きものとして人間の中心にあり、一心同体の関係にある。
これらの「頭」「心」「身体」の関係の中で、有意義・効率的に働くべきとか、本当のモチベーションがないにも関わらず努力すべき、体調が悪くても頑張るべきといった、「頭(理性)」による「身体」「心」に対する強権的な支配が肥大しているのが現代社会である。そして「頭」の支配に対して、「身体」「心」が悲鳴を上げてストライキを起こす、または「頭」の支配によって「身体」「心」が消耗してしまった状態がうつ病であると説明している。うつ病の初期に生じる身体症状なども、「心」が「身体」を通じてSOSを上げている状況と捉えられる。このため、「頭」の支配から脱却して「心」や「身体」のメッセージを読み解き、「心」や「身体」をいたわり、主権を戻すことが必要であると説明している。
この考え方をベースに本書では、うつ病の療養のポイントや周囲の人たちに必要な認識、予防的観点や、うつが治るとはどういうことかといったことが解説されている。特に、自分にとって参考となった点は次のとおり。
・うつ病になる人は、「心」や「身体」が悲鳴を上げていても、「頭」でコントロールを続ける結果生じるので、ある意味では辛抱強い、精神力が強い人がなりがち
・うつ病の人を励ますことは、頑張るべき、自己コントロールすべき、死んではならないという道徳に基づき「頭」の支配をより強化せよというメッセージになるので、逆効果
・病前性格としては、メランコリー親和型の性格があり、その基盤として作業手順や社会的秩序を重んじる傾向がある。また、他者からの評価を気にし、自分自身を無条件に愛せないという自己愛に問題がある傾向がある。性格は、先天的な「資質」と後天的な要素としての「自己愛」の傷や心の歴史から成り立つ。この後天的な要素を見直す、即ち未消化な感情を整理し、認知のゆがみを取り、「資質」がプラスに働く様に仕向けていくことが重要。
・「心」に湧く怒りも、無理に押さえつけずに受容すること。外に出すのはコミュニケーションの方法の問題と、課題を区分することが必要。
・うつ症状で、外出できない、電話一本かけられないというのは、「心」が弱っていて心理的バリアが弱体化しているために外界との接触ができないということ。体力の低下ではなく、心理的バリアの問題のために、普通の人には何でもない様なことができなくなる。
・努力は自分の資質にあっていないことを我慢して頑張ることで、熱中は自分の資質にあったことに夢中になってやること。熱中して成功した人を見て、努力が大事と考える倒錯が生じ、努力信仰が形成されている。性悪説に基づき、「頭」主導の自己コントロールにより、努力することで、あるべき姿に到達すべきという人間発達モデルがあるが、この自己コントロールが支配的になっていることが問題。自己コントロールによる偽りのモチベーションを排しても人間は堕落しきらず、本当の興味により熱中できるものは必ずある。
・従来の発達心理学における人間の発達モデルでは、小児(ありのまま)→反抗期→適応的社会人という段階までの説明で止まっている。しかし、その先に一見逆行ともいえる適応的社会人→反抗(こうしたいという心の解放)→小児(ありのまま)という成熟のプロセスがあるのではないか。社会的に適応するとは、生物的自然から乖離した現代社会のゆがみに麻痺するということでもある。夏目漱石はそうしたゆがみに適応できないことを神経症といい、神経症のある人間でなければ信頼できないと言った。また、漱石は適応的社会人を他人本位といい、成熟の果ての小児を自己本位として自己本位に生きるべしと言っている。
・「頭」は「~すべき」というのを、「~したい」と言い換えてモチベーションを偽造することがある。「心・身体」がまだ疲弊しているのに復帰したいということや、うつを直したいと闘おうと考えることは、「頭」と「心・身体」が拮抗している状態で、真の休息を得られない焦った状態といえる。このため、病という「心・身体」が発するメッセージに従い、しっかり「うつ」をやってみて、しっかり休むというアプローチが治療の一歩となる。
・「何もしたくない」というのも、うつ病での「心・身体」の拒絶反応の現れ。これもしっかり「うつ」をやって休みをとれば、徐々に拒絶の対象が絞り込まれてくる。人間のマイナスイメージは、本当に拒絶しているものの周辺まで拡大していくものなので、治療の過程でこの肥大した拒絶のイメージを絞り込んでいく必要がある。拒絶の対象「~したくない」を絞り込まないまま転職などの判断をすると問題の本質を見誤るので、うつ状態では大きな判断はしない方が望ましい。絞り込まれた拒絶は、自分がこうありたいという中心的なこだわりに反することなので、そのこだわりを見極めて、社会復帰の方向性を検討することが必要。
・「頭」は過去や未来に捉われて、結果「いま・ここ」が疎かになり「心・身体」が阻害されてしまう。未来や過去に捉われて「いま・ここ」という生きることがおざなりになるという本末転倒な事態が生じているので、「心・身体」に寄り添い、いまを生きることが重要
(感想)
「頭」主導の自己コントロールにのみ傾倒せず、「身体・心」の声を聴き、内なる自然との調和をとることが必要と理解した。「心」では、今の仕事・都会での生活・一人での生活に限界を感じているので、それをどう調和させていくかが自分にとって必要だと感じた。仕事を中心として今のライフスタイルに対して、心のレベルでは強く限界を感じて拒否反応が生じているので、その拒否反応が生じる原因を慎重に分析して、何が拒否反応の元になっているかを明らかにし、それに応じて今後の取りうるキャリアを検討したい。その際、書籍にあった、拒否反応の中心に本当にやりたいことがあるということを参考に、やりたいことを探し出したい。また、自分の性格を分析して、自分の本来の資質と、後天的に得た心の傷や認知のゆがみについても振り返り、自分の資質を活かす道を探し出したい。
加えて、自身の白黒思考の裏側には、本書で指摘されていた「自分には価値がない」という自己愛の不全があるのかもしれない。子供のころに、「やり始めたことは最後までやる」「努力信仰」を強くしつけられた自分がいて、努力・鍛錬の結果で成功体験も重ねてきたのだが、良い子的な従順さに依存する傾向が強いと自覚している。このため、自己愛不全についても関連書籍を読むとともに、自分が心から熱中できるモチベーションを改めて確認して人間的にさらに成熟したいと思う。