あらすじ
本格ミステリの巨匠エラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイ、マンフレッド・リーという従兄弟同士の合作作家。プロット担当のダネイと小説化担当のリーは、毎回、手紙と電話で意見を交換しながら作品を創り上げたが、その合作の実際は長く秘密にされてきた。本書は二人の往復書簡によって、二つの異なるタイプの才能が細部の検討を重ね、時に激しい議論を戦わせながら、中期の傑作『十日間の不思議』『九尾の猫』『悪の起源』を完成させていく過程を明らかにした貴重なドキュメント。
「この書簡集を夢中になって読み終えた今、私は、フレッドとマニーがこれだけ争っているのに本が完成して出版されたという事実を、信じることができない。しかし、二人がそれをやってのけたことを神に感謝しよう!」
――ウィリアム・リンク(本書序文より)
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Posted by ブクログ
『十日間の不思議』『九尾の猫』『悪の起源』を全て読み終わったので、これらのネタバレあり創作裏話ともいえる、合作コンビふたりの往復書簡集を読んだ。エラリー・クイーンは、今となってはアメリカよりも日本での方が人気が高いという話を聞いたことがある。終章にはクイーン衰退についての言及もある。まあまあマニアックな本である。
私は探偵エラリー・クイーンが登場する長編をだいたい刊行順に読んできてやっと『悪の起源』までたどりついたところ。マイベストは…と考えると、いろんな評価軸があるからその時々で答えは変わるだろうなあと思いつつも、やっぱり『〜猫』はある観点でのマイベストにはなる、と思っている。しかし『十日間〜』あっての『猫』でもある。もっというとそれより前のエラリー作品あってのそれらである。つまり、これまで解説などで読んで知り得た範囲での作者側の事情や狙いも含めて、どれもこれも愛おしいなあと思う。なので、この往復書簡集はファンとして当然面白かった。思いもよらないような驚きや発見があったかというとそこまでのことはなかったけど、これを読んだ私になれたことは嬉しい(笑)。
以下備忘メモ。
■創作上の役割分担に関する言い争い
ダネイがプロット担当、リーが執筆担当。互いにどちらが主導権を握るのかに関する言い争い。麗しいだけの合作関係ではないのはまあ当たり前だよなあ。別にこれを読んでショックを受けたり辛くなるほどではなかった。万が一彼らの創作活動自体が映画化でもされることになったら(設定としてはけっこう面白いと思うんだけど)どれくらい美化されるのかされないのか注目したいところではある。
■作品内容についての言い争い
この推理には根拠がないとか(Cに関してとか)、こんなことするのはエラリーではないとか(Dへの興醒めとか、人種問題の件とか)、読者の共感を集まる人物にならないとか(Hの裏切りとか)、そういった指摘と反論の応酬。すぐ従兄弟喧嘩になるのはおいといて、内容的には、やっぱりそこ重要ですよねと感じるポイントが議論されていて、ファンにやにや。
■私生活への言及
家族や自分の健康について報告したり互いを心配したりするやりとり。特にお子さんの病状については胸が痛む。
■財政面への言及
人気作家とはいえ左団扇な生活ではないようで、高級雑誌に載ったり映画化されたりすると収入増になることから、雑誌/映画向きか否かという点でも議論が熱くなる。
Posted by ブクログ
2人のエラリー・クイーンの間で交わされた往復書簡集。2人とはもちろん、プロット担当のフレデリック・ダネイと小説化担当のマンフレッド・リー。これすらもペンネームなんだからね。
で、ここまでやり合うのかってくらい言い合う。日本人の感覚だと、ここまで言うくらいなら喧嘩別れする方がスッキリするのにと思っちゃう。これが欧米の交渉であり、感覚なのかと畏れ入るしかない。もっとも欧米からすると、日本人は突然キレるように見えるらしい。分かり合えないねぇ。
ま、傑作を生み出すには妥協なくとことん突き詰めることなんだと、当たり前のことに気づかされるんだな。
Posted by ブクログ
創作過程をのぞき見るというのはとても興味深く、まして取り上げられている作品が名作であるだけに、それを書き上げるまでの苦労などが目の前にさらされるとため息をつきたくなる。
深い理解とかレベルの高い成果とかは、安易な妥協や合意から生まれるものではないと理解はしているけれど、あれほどの傑作を生み出すためには、才能のある者どおしのこんなにも激しい闘いが必要なのかと驚く。その闘いは知的で生産的なものの範囲を超えて、ほとんど相手の人格否定にまで及んでしまうのがショッキングで、正直何度も読むのがつらくなった。
最終的には、やっぱりふたりが強い友情と深い信頼で結ばれていることが感じられるのだけれど、それでもつらい。僕はこんな思いをしながらものを作りたいとは思えないけれど、世界にあるすばらしい作品は、個人の中であれ複数の人間の間であれ、このような闘いを経て生まれてくるのだし、だからこそすばらしいのだと改めて実感させてもらった気がする。