あらすじ
安心・安全・安価な水――。水道水の「当たり前」は、もう通用しないかもしれない。水道管は老朽化し、人口は減少。対策として民間企業の水道事業参入が可能な水道法改正もなされたが……。水道の基本知識、「民営化」の懸念材料、小規模自治体でも持続可能な実践例などを、わかりやすく説明。住民・自治体双方に役立つハンドブック。
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Posted by ブクログ
水道法改正以後の水道のあるべき姿について。イギリスやアルゼンチンで進んだ水道民営化が失敗に終わったという認識の下で、2018年12月の改正水道法で導入されたコンセッション方式をどのように運営すべきかということが中心になっている。また、人口減少時代では水道代の上昇は避けられないため、必要に応じて既存設備投資計画の中止も視野に入れるべきとの著者の提言もなされている。
第一章では日本における、近代水道事業の歴史について触れられている。明治時代の1887年10月に横浜で水道が開業してから、1890年の水道条例によって、水道は衛生目的のために公営事業として行われることが2018年改正水道法までの日本の水道行政の指針だったことが強調されている(8-9頁)。戦後、1957年に厚生省(現厚生労働省)が水道法原案を作成し、同年成立したことにより、上水道を厚生省、下水道を建設省(現国土交通省)、工業用水を通商産業省(現経済産業省)が所管する体制が成立したとのこと(9頁)。
第二章では、著者は2018年12月に成立した改正水道法について、「どのような社会を作っていくのか」というヴィジョンが不明瞭であったことと、著者自身は、時の安倍政権が進めようとしていた「公から民へ・小さな政府」という流れに反対していることを述べている(10-12頁)。
著者はさらに、この改正水道法でコンセッション方式が認められたことについて、実質的な水道の運営責任が自治体から企業に移るため、自治体に水道事業に精通した職員がいなくなる可能性を懸念している(20頁)。また、このコンセッション方式が、2013年にアベノミクス第三の矢として、竹中平蔵氏の「水道事業のコンセッションを実現できれば企業の成長戦略と資産市場の活性化の双方に大きく貢献する」(本書21頁より引用)という言葉と共に政府によって推進されていることを強調している(21頁)。
第三章(25-34頁)ではイギリスのサッチャー政権によって1989年に水道民営化が実施されたことを嚆矢に、フランスやアルゼンチンでも民営化された水道が、イギリスでは経営に大きな問題が生じており、フランスとアルゼンチンでは双方ともに21世紀初頭に再公有化されたことを論じている。
イギリスの水道民営化の問題点は、水道事業の利益が役員報酬と株主配当に費やされていることである(26-27頁)。
“……保守党のマイ(←26頁27頁→)ケル・ゴーブ環境相は、「九つの大手水道会社は二〇〇七年から二〇一六年の間に一八一億ポンド(約二兆六二〇〇億円)の配当金を支払ったが、税引後の利益合計は同期間に一八八億ポンド(約二兆七三〇〇億円)であった」といい、水道事業会社は巨額の利益を上げているにもかかわらず、そのほとんどを株主配当と幹部の給与に費やし、税金を支払っていないと指摘しました。
たとえば、ユナイテッド・ユーティリティー社のCEOの報酬は年間二八〇万ポンド(約四億六〇〇万円)、セバン・トレント社のCEOの報酬は年間二四二万ポンド(約三億五〇〇〇万円)などです。
さらに「水道事業会社は収益を保証して独占運営する見返りに、経営を透明にし、責任を負わなければならない」と述べ、水道事業会社のガバナンス強化を「オフワット」のジョンソン・コックス議長に求めました。”(本書26-27頁より引用)。
また、アルゼンチン水道の民営化については、IMF、世界銀行、アメリカ合衆国からの強い要請の中で行われたものが、市民の反対運動を受けて2006年にネストル・キルチネル大統領によって再公有化されたことが述べられている(30-31頁)。
“ 二〇〇六年、アルゼンチン政府は、民間企業に譲った水道事業を運営する権利を取り消すと発表しました。キルチネル大統領は、「水が国民の手に戻った。再び社会の財産になった」と強調しました。その後、水道事業は公営に戻っています。”(本書31頁より引用)
ネストル・キルチネルは自身が学生だった軍事政権時代、軍事政権と戦うゲリラ組織モントネーロスのシンパだったということを述べていたが、そのような経歴を含めて、功罪について賛否は両論ながらも、やはり人民の大統領だったということなのだろう。
第四章、第五章、第六章は改正水道法下の水道の運用方法についての著者の分析と提言となっている。私はこの分野については無知ながらも、以下の提言には真摯に耳を傾けなければならないと感じた。
“ いま必要なのはダウンサイジングです。施設を減らしたり、小さくすることです。人口減少に直面する地方ほどダウンサイジングが急務ですが、都市部でも無縁な話ではありません。節水が(←35頁36頁→)浸透し、東京都水道局の料金収入は一〇年前から一三〇億円減っています。東京でも近い将来の人口減が予測されていますから、無用なダム建設などは今からやめるべきです。
水道は装置産業です。多額の固定費がかかっています。現有施設を有効活用すること、大事に長く使うこと、無駄な設備を廃止していくこと、計画中の施設でも今後有効に使えないなら中止にすることです。”(本書35-36頁より引用)