あらすじ
ただ対話するだけで、
どうしてこころが癒やされるのか?
オープンダイアローグ発祥の国フィンランドでは、
対話によって、精神面に困難を抱えた人の8割が回復。
学校や職場、家庭、議会でも「対話の場」が開かれ、
大きな効果を上げている。
実践に向けて、オープンダイアローグをハートで感じる書!
「その人のいないところで、その人の話をしない」
「1対1ではなく、3人以上で輪になって話す」
ただそれだけのことで、
どうして人は回復していくのか。
日本人医師として初めて、
オープンダイアローグの国際トレーナー資格を得た一人である筆者が、
自らの壮絶な過去とオープンダイアローグに出会った必然、
そして、フィンランドで受けたトレーニングの様子をつぶさに記すことで、
「オープンダイアローグとは何なのか?」
「ただ対話するだけで、どうしてこころが癒やされるのか?」
「どのようにして対話の場が生まれるのか?」
など、様々な疑問に回答する。
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Posted by ブクログ
本当に読んでよかったという気持ち。この本でオープンダイアローグについて知れてよかった。もっと知りたいと思った。このような本を書いてくださってありがとうございますという気持ち。日本でもっとオープンダイアローグが広がるといいなと思った。
対話の大事さ。難しさ。まずは、聞き切ること、話し切ること。
その人がいないところでその人のことを話さないというのは、本当にそうすべきだと思った。
対話によって救われる人がたくさんいるんだと思う。
Posted by ブクログ
オープンダイアローグに関心を持ち、斎藤環さんの本を読んだことがあるが、もう全然お手上げ状態。わからない。ついていけない。
けれど本書は全く違った。先へ先へと読み進みたくなる。
と同時に、日ごろの自分を顧みて、単純に「言葉が足りてない」ことを実感した。
家族に対して、日々言いたいことが山ほどあるのに、それらを全く言葉にしていなかった。
対話以前の問題である。
対話にならないような状況に、自分自身がしていたことに気づかされた。
精神科に通院中の子どもがいるが、やはり対話が全然足りていないことを痛感している。
私の人生において、本書を手に取り「オープンダイアローグ」一歩近づけたことは、とても大きなターニングポイントになりそうな気がする。
あと、「かもめ食堂」と言う映画を通じてフィンランドにはいい印象を抱いていたが、さらに好きになった。
Posted by ブクログ
精神科医である著者が、オープンダイアローグと出会い、患者への支援に取り入れるまでの流れを語ったエッセイです。
オープンダイアローグとは、フィンランドで発祥した精神病治療の手法のひとつで、「本人のいないところで、その人の話をしない」というポリシーを基本とし、その人に関わる複数の人がともに対話することによって問題の低減をめざすものです。
ここで言う「本人」とか、「その人」というのは「話題の中心である問題を抱えている当事者」を想定しています。
仮に引きこもりの子どもがいたとして、親や先生だけで精神科医に見解を聞き、当人なしでその人への対処を決める、というようなことはしない、というイメージです。
問題を抱えた本人が、話したいことを話し切ることこそ、回復につながる重要な要素と考えられています。
「当人の話を聴く」という点で似ているカウンセリングと大きく異なる点は、1:1ではなく、複数の人が同時に対話に参加する点です。
カウンセリングにおいてカウンセラーはクライエントよりも統合している(現実世界と自己の間に乖離がない状態)必要があります。クライエントの話を聴きながら、問題の把握とその原因の見立てをおこない、適宜質問を交えて、『気づきに導く』ことが期待されます。カウンセラーにとって、クライエントの話を聴くことは、相手に話してもらうための手段であり、治療のための情報を得るために必要なものだと言えます。
一方で、オープンダイアローグにおいて患者の語りとは、支援者側を『気づきに導く』ためのもの、と言えると思います。当事者が自由に話すことから、当事者が本当に求めていることを理解して、それに対して自分はどうしていきたいか伝え、またそれに答えてもらい…という対話になります。
精神疾患の患者自身は、症状により、話したいことを話せない状況にあることもあります。そのため、その支援者がせっかちに「こういう状態が正しいのに、今は正しくないのだから直さないと」と、勝手な解釈をして話を進めていくことで、治療が患者の意思からどんどん離れていくことが起こり得ます。
なぜそういう状況になるかといえば、本書の中でもたびたび著者も言及しているように、支援者側に時間がないから、の一言に尽きます。
精神疾患の症状が進み、脳の認知能力が低下している状態では、他者の言葉を理解したり、自分に関わるものごとを言語化したりすることが非常に困難になります。それが言葉になって出てくるまで、支援者側に待つ時間的余裕がないのです。そのため、本人がどうしたいのかではなく、支援者側が状況から判断した「たぶんこうだから、こうしよう」で患者をコントロールしていくことになるのです。そうやって支援者側の効率を優先した結果、患者は支援者への信頼を失い、さらに問題が悪化するという悪循環に陥りがちです。
一方、オープンダイアローグでは、支援者は強制的に患者の話を聴く時間を持ちます。患者が話すことを促し、すべて話し切るまで対話は終わりません。途中で中断しても、必ずまた対話を再開するのです。
ゴールは問題の解消ではなく、支援者の介入がなくとも、当事者同士の対話が続くことなのです。
現実社会では、1:1の場面はほとんどなく、複数の人が関わり合っている状況がほとんどです。
オープンダイアローグは、現実世界での理想的な対話を疑似体験するもの、と理解しました。
ここで、精神疾患の状態が重くなればなるほど、オープンダイアローグの場が成立する可能性が低くなるのではないか、とはいう疑問も湧きます。
フィンランドでこれがうまく行くのは、症状が軽度なうちから受診をするからではないでしょうか。日本では、生活に相当支障がある状態でなければ「問題」とは言わないので、この時点ですでに当事者が対話することが困難になっていることがほとんどではないでしょうか。
著者も何度か「日本の医療制度の中で実践することは難しい」と述べており、医師の診察というよりも、看護師やソーシャルワーカーがどう支援するかを考える場で取り入れている様子が見られます。
また、話の中心になる患者を「支援されるべき弱い人」とするのではなく、回復の当事者という役回りの登場人物として、お互いを対等に扱えることも、オープンダイアローグを成立させるために重要なことだと感じました。これについても、本書のなかで、『ケロプダス病院の7つのルール』として紹介があります。
オープンダイアローグが有効なのは、症状が比較的軽く、社会復帰を目指す段階のように思えます。例えば復職を考える際に、患者本人、看護師、心理士、家族、復職先の人事などの関係者が参加し、患者本人の話を聴きながら対応を相談していくのが、オープンダイアローグで実践できると、全員にとって納得感のある対応に向かえるように思いました。この場合も復職することがゴールではなく、復職後も患者本人と対話を続けるためのスタート地点としてオープンダイアローグを始めることになるように思います。
自分の場合では、どういう場面で活用できるだろうか?というのも、考えていきたいと思う。