あらすじ
「社会」という言葉は、様々な形で使われていて、普段は存在を意識しないが、その実態はとてもあいまいだ。では、どのようにすれば「社会」を理解できるのか? 複雑化、副作用、絡み合う因果関係など、その特徴をつかむ。
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Posted by ブクログ
社会学の位置付けを説明するにあたり、社会の緩さや意図せざる結果等をキーワードに議論が展開されている。社会では個々の構成要素が緩く繋がっており、故に多様な解釈を許容する、と説明されればその通りに感じるが、一方でこの緩さ故に社会学は厳しい目に晒されることも多いのだと邪推する。いわんや、社会学の知見を援用して経営の解明に尽力している経営学は尚のこと。
ただ、著者の言うように、全てを意図に還元したからといって、現象のメカニズム解明に至れるかと言われると、確かにそこには大きなギャップを感じる。逆に、意図を了解しそれを記述することだけが研究者の仕事なのであれば、それは実務家にどのような示唆を与えることに繋がるのか、疑問ではある。つまり、意図せざる結果は何か、そしてそれが更にどのような構造を形づくり、人々の行為に影響を与えるのか、という過程を丹念に紐解くことによってこそ、定性研究者は実務家に貢献できるのではないか(暗に想定しているのは経営学)。
本書の中では色々な例が取り上げられつつ、分かりやすい解説がなされているが、特に「フランス革命も歴史的には一度の出来事」という箇所は印象的であった。定性研究を希求していると、よく再現性(事象/手法の両方)を指摘されることがある。勿論、これに丁寧に対応していくことは重要だが、歴史的に一度しか起きていない、つまり今後全く同じものは二度と起こらない現象だからと言って、フランス革命のスタディは意味がないかと問われると、これは再現性を重視する実証主義の立場に立つ研究者からも否定の声が上がるだろう。それはこの現象が、人類にとって今後も重要な示唆をもたらすと期待されているためである。社会の緩さ故に、多様な解釈を(もちろん科学的に)拵えておき、その知見を活かす時期が来た際に差し出す準備をしておくことも、学問の1つの価値なのかもしれない。
以下、特に印象に残った箇所を引用
・ギデンズの社会理論である構造化理論も、その土台には存在論哲学があります。特にギデンズは、存在論を代表する哲学者であるマルティン・ハイデガーの研究をよく参照しています。ごくごくかいつまんでいうと、ハイデガーの存在論は、私たちが世界に「投げ込まれている」ことを強調します。これを「被投性」とか、「世界内存在」といいます。ここからギデンズは、私たちは生まれ育つ中で、自分の周囲の環境を自分で一から作るのではなく、すでに構築された社会環境に投げ込まれている、という見方を引き出します(p.69)
・構造化理論では、構造は行為の「意図せざる結果」として再生産される、と考えます(p.84)
・社会学では社会変動の説明を行う際に、意図に還元することにこだわらないからです(p.91)
・適切に社会を記述するためには、「意図(目的)と結果」という枠組みから自由に社会を記述することが重要です。社会記述というのは、ともすればすぐに「意図」に引き寄せられやすいものです。しかし意図に引きつけられた記述は、社会の厚みや広がりを考慮しない分、きわめて視野の狭いものになります(p.146)
・私たちが認識している社会は、実際の複雑でわかりにくい絡み合いの中のほんの一部です。いままで光が当てられなかった部分に光を当てる作業、つまり意識されない結びつきを明示する(記述する)という作業を行うことで、社会の理解は格段に進みます。社会の説明は、記述と密接に関連しています(p.167)
・偶然の要素の絡み合いに光を当てて解きほぐす(=説明する)ことが目的であるなら、その理論が説明する対象が歴史的に一回きりのものであっても説明は十分成立するからです(中略)たとえば「フランス革命」は、歴史的に一回の出来事でした(p.181〜182)