あらすじ
マタギたちが経験した山での不思議な経験を、長きにわたって取材し、書き下ろした実話譚29編を収録。
2016年に単行本として刊行され、数多くの読者の支持を得た書籍の文庫化。
解説「マタギと末裔たちの不思議な山語り」(高桑信一)。
(内容)
第一章 歴史のはざまで
マタギが八甲田で見た人影はなんだったのか/菅江真澄と暗門の滝の謎/尾太鉱山跡で見つかった白骨/雪男を求めてヒマラヤに行ったマタギ
第二章 マタギ伝説
山の神様はオコゼと男根がお好き?/老犬神社由来/サゲフリ/神様になったマタギの常徳/兼吉穴/「鬼は内ー、鬼は内ー」
第三章 賢いクマ
演技して逃げたクマ/クマに騙されたマタギ/トメ足をしたクマ/スイカ泥棒/真剣白「歯」取り/復讐するクマ/クマを育てる/クマはいかに岩壁の穴に入ったか
第四章 山の神の祟り
四つグマの祟り/大然集落を襲った山津波は山の神の祟りか/忌み数/クマ隠し/セキド石
第五章 不思議な自然
大鳥池の巨大怪魚/マサカリ立て/山が教えてくれた
第六章 人間の不思議な話
濡れ衣/呼ばれる/老マタギと犬
あとがき
文庫のためのあとがき
解説 マタギと末裔たちの不思議な山語り 高桑信一
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
不思議な世界に感じるが、100年も前のことではないと思うと感慨深い。
ゴールデンカムイで興味を持って読んでみたが、マタギを通して自然と付き合ってきた方々の事を深く知ることができて大変満足しています。
飄々とした文章で、昔話というかお伽噺を読んでいるみたいですがその文章からは生々しさも伝わってきてそれが決してフィクションでない事を教えられます。
読んで良かったです。
Posted by ブクログ
工藤隆雄『マタギ奇談』ヤマケイ文庫。
今月のヤマケイ文庫は、山の不思議を集めた作品が3冊も同時刊行というから何とも贅沢で嬉しい限り。ちなみに先月のヤマケイ文庫は矢口高雄と手塚治虫の漫画を3冊刊行している。
本作は、2016年に刊行された同名傑作の文庫化である。マタギたちが経験した山の不思議な体験を著者が長年に亘り取材し、まとめ上げた奇談29編が収録されている。
非常に面白い。自然と一心同体で生きるマタギにこそ、日本人本来の姿があるのだろう。物質文化に汚され、自然を蔑ろにする現代日本人の暮らしと、自然を畏怖し、自然の中に生きるための知恵と技術を研鑽し続けるマタギの暮らしとを対比するのも面白い。『第一章 歴史のはざまで』から見事にマタギの文化や風習、歴史の狭間でのマタギの活躍といったマタギの世界に魅了され、最後まで楽しめた。
『第一章 歴史のはざまで』で、最初に描かれた八甲田山雪中行軍遭難事件にまつわるマタギの奇譚は非常に興味深かった。確かに新田次郎の『八甲田山死の彷徨』では青森隊と弘前隊が山中で落ち合う約束の元、雪中行軍に向かったという設定であったのを覚えている。史実は違っていたようだ。
続く、50年間も東北や蝦夷地を巡った菅江真澄が幕府の密偵であったのではという話も面白い。幕府の密偵疑惑と言えば、松尾芭蕉がそうだったのではというのが有名であるが、弘前藩での菅江真澄の挙動を見る限り、疑惑はかなり深まる。
1972年の第一次ヒマラヤの雪男捜索隊にマタギが参加したという話も興味深く、マタギがその足跡から正体は猿ではないか、雪男の挙動から或いは熊ではないかと、現代の通説と全く同じ推理をしていたことに驚く。
『第二章 マタギ伝説』では、マタギの風習や文化や伝説・伝奇について描かれる
。マタギの風習や文化については、矢口高雄の『マタギ列伝』『マタギ』にも詳しく描かれている。
『第三章 賢いクマ』では、イタズの賢さや、マタギとイタズの知恵比べと死闘が描かれる。クマ好きには、なかなか面白い。
『第四章 山の神の祟り』は、マタギの厳しいオキテとオキテを破ったことで山の神の逆鱗に触れた話が紹介される。四つグマのオキテはクマが減少することを恐れ、無闇にクマを獲ることを戒めたものだろう。
『第五章 不思議な自然』は、タキタロウ伝説に山の木々が物言う話など奇談がてんこ盛り。自然の神秘を感じた。
『第六章 人間の不思議な話』は、マタギのオキテ破り、死者に呼ばれる話、老マタギと犬の感動の物語がつづられる。
『あとがき』に加えて、『文庫のためのあとがき』と高桑信一による解説『マタギと末裔たちの不思議な山語り』を収録。
本体価格750円
★★★★★
Posted by ブクログ
書名に"奇談"と入ってはいるが、山を舞台とするミステリーやいわゆる怪談の要素はほぼなく、主に白神山地のマタギの社会や風習にまつわるエピソード等が収められている。
著者が取材し、聞き及んだ内容を文章化したものなので、例えば久保俊治氏の、当事者たる猟師自身が体験し、感じ、考えてきた事柄がダイナミックに綴られた著作とはある意味で対極を為すルポルタージュだが、一歩引いた客観的な立ち位置から語られるからこそ、都市部に暮らす私たちの胸中にすんなり入ってくるという部分もあって、特に山津波に関する項は、却って静かな圧が増したような…。
ラストに置かれた小話、"老マタギと犬"は、まさしく本書の掉尾を飾るにふさわしい、普遍性を備えた名文である。
「国は、自然を守るというのは、誰も入れないことと思っている。そうなると、荒廃するだけでなく、動物が増えてたいへんなことになります。山のことを知っているマタギが調整してやらないとだめになります。それを知らないのですよ、机の上で考えているから見当違いなことばかりやっている。我々地元のマタギに話を聞こうともしない。白神が荒廃しないで今もあるのは、昔からマタギが守ってきたからなんです。それをわかっていない、というか、わかろうとしない」
1993年、白神山地は世界遺産に認定され、その11年後の2004年には全域が鳥獣保護区の指定を受けて、当地におけるマタギの文化は潰えたという。