あらすじ
刹那にリアルを感じる美しい妹・杏と、規律正しく行動する聡明な姉の理有。容姿も性格も対照的な二人は、小説家の母に対しても、まったく異なる感情と記憶を持っていた。姉妹にしかわかりえない濃密な共感と狂おしいほどの反感が招く衝撃のラストとは? (解説:綿矢りさ)
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Posted by ブクログ
七年ぶりの再読だったのだけど、以前読んだときとは自分がずいぶん違う感想を持っていることに気づいた。
それは良いことなのか悪いことなのか、奇しくも本書で書かれている通り、当時の自分と今の自分が別の人間で、人間の連続性というものを確証を持って疑わざるを得ない、とあきらめにも似た気持ちで肯定できた。
お人形のように可愛くて、おさるさんのように奔放な妹の杏は、何も考えずに今だけを刹那的に生きているように見えて、実は過去や記憶という雲の中でもがいている。
彼女は16歳で、これからきっともっと色んなことが雲の上から眺めることができるようになるだろう。
理有は、あれほど希求し理解したいと努めた相手、しかしそれを徹底的に拒絶されてきた母親の呪縛から、今ようやく解放されつつある。光也とのあいだに、穏やかでフェアな関係をこれからゆっくり築いていけるといい。
前回読み終えたときは、けっこう自分事のように捉えてしまって絶望的な気持ちになったのに、今回すごく晴れ晴れとした気持ちで姉妹の未来に希望が見えた気がする。
文庫の解説を書いているのが綿矢りさであったことには驚いた。
そして、「雲に預ける言葉」という題を目にした瞬間にすべてが腑に落ちたような、胸に渦巻く混沌を一言ですべてを言い表されたような不思議な気持ち。
Posted by ブクログ
記憶の中にしかいない人との思い出って、妙に美化されていたり、逆に思い出すのもしんどいくらいの嫌悪感しかなかったりするよね。
見る人によって、ひとつの事実やひとりの人間の印象って変わってしまう。理有が見てる現実と杏が見てる現実は全然違うけれど、どちらも間違ってないんだと思う。
Posted by ブクログ
作家さんが「生きる」ということを描く時、その視点は様々で、金原さんはデビュー当時から「痛み」「性」「刹那的な欲望と関係」に視点を置いて描いてきたように思う。
「マザーズ」で作風に変化が生じたとわたしは思っていて、それでも、その3点はいつも作品の中にちりばめられている。
本作品は、姉妹が交互に主人公になりながら進んでゆく。
感覚で生きる高校生の杏(妹)と、理性で生きる大学生の理有(姉)。
タイトルの「クラウド」というのは本作品においては”自分自身が生きていくために作り上げた記憶”といったところだろうか。
姉妹は、すでに亡くなった母親と、海外に住んでいる父親に対して異なる記憶を持っていて、読者も姉妹の言葉によって父母の姿を形作る。そしてきっとその姿は、姉妹の言葉の何を選択するかによって、読者に全く異なるイメージを作らせる。気がする。
なにか自分の中で処理できない出来事に遭遇して、でも生きていかないといけない日々の中で、人々は上手に、事実をうまいこと改ざんして、それを実際にあった出来事として、つまり記憶として保存する。クラウドに。そしてそれが、その人にとっての事実となる。
例えば、わたしは幼い頃に父との離別があり、ほとんど記憶がないにも関わらず、それはわたしに“父親”というものを美化させた。だから、わたしの記憶の中にある父親はいつだってトトロに出てくるお父さんのように優しいのだ。
一方で、一人になったわたしの母は、「この子がいるから専業主婦にはなれない」と嘆いている母親として、わたしのせいで仕事をしなければならなくなったと内心で思っている母親として記憶される。
いずれも誤った記憶かもしれない。二人は納得して別の人生を歩むことになったのかもしれないし、わたしは全く関係ないのかもしれない。
P162「最近、虐待のニュースを見るたびに思うんです。どうして母はこういう分かりやすいのじゃなかったのかなって。親に殴られた、暴言吐かれた、ネグレクトされた、全部誰がどう見ても可哀想。でも私たちは違う。(中略)殴られたこともなければ暴言を吐かれたこともなかった。(中略)どうして私たちだけこんなに惨めな思いしなきゃいけないんだって、しかもこんな分かりにくい惨めさ。」
作中の姉妹は、亡くなった母のことをクラウドにある記憶で形作るしかなくて、でもわたしの母は生きていて、だからわたしは勇気さえあえればいつだってそのクラウドの更新ができるのに、どうしてそんなに更新が怖いのだろう。一気に容量をオーバーしてしまうような気がするからだろうか。
もしこのまま更新しなかったら、わたしは父の記憶のように、母のことも都合よく塗り替えるのだろうか。それは「こんなに苦しめられた」という負の記憶か、それとも「優しいお母さんだったな」という、今は思ってもみない新しい記憶か。
分かってる。一番は、早いうちにクラウドを更新すべきだってこと。でも一方で願う、あくまでクラウド上の優しい母に、ありのままの自分を認めてもらいたい、とも。
正しいのはクラウドの更新だ。
でも必要なのは、誤ったデータだ。
生きるって切実。みんな冷静なようでいて、どこかしらちょっと狂ってる。
解説は、以前同時に芥川賞を受賞した綿矢りささん。
Posted by ブクログ
この人に「切実さ」を書かせたら右に出る者はいないと思う。
理有の静と、杏の動のコントラストでいつまで読んでても飽きないし、謎が解けていくんじゃなくて、だんだん深まる展開も面白かった。
Posted by ブクログ
痛みや悲しみを共感し合い、お互いの存在を恐れ憎しみ合う。対照的な姉妹が"秘密"にした母の死とは
読む程に何を誰を信じればいいのか分からなくなり読む手に力が入る。真実は誰にも分からない、きっと2人にも。じわりと痛みを感じる金原さんの文章だ〜好き。
Posted by ブクログ
4.0/5.0
登場人物たちがお互いに確定的な印象を持っておらず、全く相反する感情を同居して抱いているのが印象的だった。
そして、人や物事に対して連続性を認めない杏の考え方が非常に面白かった。他人に対して抱く感情は全て過去のものに対してであって、そのどこを切り取るかで全く見え方が変わるという記述に唸らされた。
Posted by ブクログ
大切だと思うことを大切な人が大切だと思っていないことに人は強烈に傷つく
地下鉄で読んでて数秒フリーズした
自分でできることを人にやってもらうことに意味があんじゃねーの?
うまいこと言うなぁ
金原ひとみ
頭はキレキレで一見ドライなようで時々すごい力で人の心を掴む作品をかく
ありがたい
次は何読むかな
Posted by ブクログ
自分の感情の赴くまま、自己中心的に生きる高校生の杏と、自分の欠落した部分に気づき、理性的に内面の再構築を試みている大学生の理有。この二人の姉妹が、交互に各々の章にて一人称で語っていくかたちの小説です。
仲が良く、内面的な結びつきの強い姉妹です。両親は離婚しており、小説家の母親と暮らしていたのですが、その母親はある日亡くなってしまう。それから姉妹は短い間、祖父母に引き取られますが、ほどなくして、新たな場所で姉妹だけで暮らしていく。それらは小説内で次第にわかってくる事情で、物語自体は妹の杏が彼氏の晴臣をボコボコに殴り散らすシーンから始まります。
洗練された文章だと思いました。序盤1/3くらいまでの間、文章の緩急や構成など、書く人にとっては教科書になるような、パキッとできあがっている美術品のように感じられもしました。そして中盤から終盤へと、深い気づきを得られる箇所がいくつも出てきます。
強迫神経症で鬱でアル中の小説家である母といっしょにいると、「時空が歪む」という理有のセリフ。あれ、こうじゃなかったっけ、何でだっけ、とか思うことが多くて、と(p160あたり)。これよくわかるんですよ。そういうタイプの人っています。たとえばうちの父と暮らしているとそうなので。これってけっこう世の中では特殊な例だと思いますが、それを著者は知っていて、なおかつここまでうまく言い表すのですから、すごいぞ、と思いました。たとえば強迫神経症(強迫症)は、一昔前には、その患者の家族がQOLを著しく下げることになる五大疾病のひとつとして、WHOで数えられていたそうです。度合いにもよるでしょうけど、この病気に持たれているイメージよりも実際はずっと大変なんですよね。本作の主人公である姉妹は、こういった影響下で育ちました。二人の抱える内的な問題の源流にあるのはおそらくこのような過去の影響です。でもですね、まだ姉妹で良かったんですよ。子どもを二人つくっただけでも親としてはフェアなことをやったほうだと思う。これがひとりっ子だとフェアにはいきませんから。
そんな理有と杏、正反対の個性ともいえる二人であっても、共通している価値観があったりします。
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人の裏にあるものを覗き見ようとしない人、人の隠したいものを暴き立てようとしない人、そういう人なら、結婚していようが、歳の差があろうが、いいような気がした。(p121・杏視点の章)
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光也にはデリカシーがある。彼は人の踏み込まれたくないところには踏み込まない。人が常に逡巡や躊躇いの中で生きていることを、よく理解している。(p169・理有視点の章)
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ここで言われている性質って、僕自身も他者とコミュニケーションするときに見ておきたいところですし、自分も他者に向けてそういうことの無いように気を付けたいところでもあります。
本作が金原ひとみさんの作品に触れたはじめての機会でした。人を描くのはもちろん、関係性の描き方に作者のそうとうな力量を感じました。関係を通して関係性をよく見ていて、そこからクリアかつ慎重に分析出来ていて、その知見が創造に使えるくらい消化されて血肉になっているような気がします。
さて、金原さんは文學界新人賞の審査員をつとめていらっしゃいます。WEBでは応募を募るためのコメントが掲載されていますが、「何でもいいよ! 小説書けたら送ってみて!」と、とても気さくで軽いのです。新潮新人賞でも審査員をつとめていらっしゃいますが、同じように、「本当に何でもいいよ! 小説書けたら送ってみて!」とある。出合いがしらでは、「ネタなのかな」とちょっと笑っちゃいもしました。
ただこれは、「大丈夫。この世界はあなたに対して、ちゃんと開かれているからね」というメッセージを含んでいると思うのです。表面的には軽いノリのコメントなのだけれど、小説を応募するくらいの人たちならば、たぶんそのような意味をくみ取っているのではないでしょうか。小説を書く人には、言葉にしていかないとこの世界で溺れ死んでしまうタイプの人もたくさんいると思います。言葉にしていくことが、浮力なのです。言葉にしないと、社会の海に沈んでいって溺死してしまう。そういった人たちに向けて、「何でもいいよ! 小説書けたら送ってみて!」は、あなたが生きていくのに向いているのかもしれない世界への門戸は大きく開かれている、と伝えるメッセージ。そりゃ、腕っぷしで生きていく世界、人生丸ごとぶつけるような世界ですから、めちゃくちゃ厳しい世界ではあるけれども、<開かれている>。それはとても大切なことなんだと思います。
Posted by ブクログ
全くタイプの違う姉妹の両視点より話が進む。タイトルのクラウドとは感情の比喩としてのものと記憶貯蔵のクラウドを意味し
姉の理有と妹の杏の異なる属性というかキャラクターが興味深い。記憶の連続性の中に生きない杏は彼氏に浮気されても気づけば許してしまう。ちょっと痛い感じのメンヘラ気質を感じなくもないが、実は杏は悪い娘ではない。我々の一生でも実は同じことが繰り返されてはいないだろうか?昨日の自分と今日の自分は全く違う人間なのではないだろうか?記憶の改竄も興味深い。
この作品も面白かった。
Posted by ブクログ
私達は巨大なデータベースで生きていて何を引き出して何を採用しているかで人生が決まっていく、みたいなフレーズがある。自分もあの時違う選択をしていたら、全く違う人生だったのかなーと考えさせられる。子供は母親の影響を大きく受ける。気をつけねば!!
濃いなーと思う内容だけど、読んでいくと止まらない感じ。
Posted by ブクログ
人間の内面の全ての部分をさらけ出す金原作品が好きだ。
全てが自分の人生とは全く相まみえないし生きてる世界が全く別物なのに何故か嫌な感情を持たず読んでしまう。
作者の持つ世界観、人生観を全否定出来ない自分に気付かされる。
最後はよく理解出来ないが、読み応えはあった。
Posted by ブクログ
結局、お母さんも、姉妹も、ちょっと病んでるのかしら?お母さんの死因は結局どっちがホント?お父さんとは離婚したから離れたのじゃないのね?死んだのね?
↑こんな感じが、普通の感想なんかも。
でも私は、こういうちょっと病んでる話、好きだなぁ。
杏の生き方憧れるわぁ
自由なようで病んでる。
理有も真面目に生きてるようで病んでる。
みんな誰かに必要とされたくて
誰かを必要としてるんだよな…
姉妹は共依存なんかな?
Posted by ブクログ
気がかりな、あけすけで憂鬱な文章によって読者を翻弄する金原ひとみの小説が好きだが、本作では中々巧みなどんでん返しが用意されており、小説技巧的にも読者を翻弄してくる。
またそのどんでん返しにより曖昧化された事件の真相を、読者が脳内で紐解こうとするその行為自体が、人の記憶のご都合主義的な性格に気づかされることに繋がっており、なんだかいろいろ巧みな小説である。