あらすじ
一九五四年十月三十日の夜。一人の中国人女性が羽田空港に降り立った。当時の日本にとって、数万人の残留邦人の引き揚げは急務。一方、建国したばかりの中国は、西側諸国との関係を築くための突破口を探していた。まだ日中に国交がない時代、綱渡りの外交の主人公を務めたのが女傑、李徳全だった。その滞在中の言動は行く先々で熱狂と波紋を呼び、両国間に奇跡が――戦後史の中に埋もれていた秘話を丹念に掘り起こす。
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Posted by ブクログ
日本と中国は隣国であるが故、古くは卑弥呼の時代の魏志倭人伝にあるように国同士の外交が行われてきた。それより時代をずっと遡れば、日本自体が大陸と地続きであるから、我々日本人の祖先が彼の国中国とは同一の血筋(モンゴロイドという広い括りにおいては)であったとも言える。厳密に言えば、縄文人の祖先は約1万8千〜3万8千年前に中国大陸の集団と分岐したと推定され、その後は渡来人の別集団が再び大陸を渡り混血した事で、現在の民族としての日本人である弥生人が形成された流れである(縄文人はシベリヤ方面と遺伝ゲノム的には近い)。話は逸れたが、国家としての中国と日本は前述した通り、古くから外交関係を築いてきたことは間違いない。近年その関係性が大きく崩れつつあることは日々のニュース報道からも伝わってくる。習近平氏と高市早苗氏の関係もそうだが、台湾情勢を巡っては互いに牽制し合い、歴代首相の靖国参拝で日本製品不買運動が巻き起きるなど、何かに付けて関係悪化が叫ばれる。元を辿れば全てはかつての日中間の戦争に行き着く。
本書はその戦争により中国国内に取り残された日本人の帰国問題を中心に、戦後の両国関係を外交面から見ていく内容となっている。その中心的な役割を果たしたのは李徳全(り とくぜん)という1人の女性である。外交とは国と国が行う政治的行為であるから、李徳全の来日に始まる、一連の日中交流は民間レベルのものであり、外交ではない。彼女は中国政府の要人(衛生部長)という立場にありながら、当時未だ国交が無い日本を中国の赤十字の代表(紅十字会会長)として訪れている。訪問団のメンバーは10名。その中には後々の日中関係に大きく影響を及ぼすメンバーが多数含まれ、特に副団長である廖承志(りょう しょうし)は江戸っ子並みに日本語を自由に扱える知日派として、日中国交正常化交渉では通訳の役割も果たすなど、現在に至る日中関係構築に大きく寄与した人物だ。訪問団の主な目的は、日中戦争(太平洋戦争)後に崩壊した日本との関係を修復し、共産党(周恩来)率いる中国のプレゼンスを西側諸国に示すことにある。その手土産として、戦後中国に取り残されていた日本軍の捕虜たちの帰国事業を起こす約束があった。当時未だ数万人の戦犯捕虜が中国国内に残留していたが、李徳全一行はそれら戦犯の名簿を携え訪日した。わずか14日間という短い期間ではあったが、その間に政財界民間問わず多くの人々と触れ合い、会話を繰り返ししていくことで、中国と日本の間の蟠りを解消し、その後の関係性の修復と発展に寄与することになる。当時熱烈に歓迎して受け入れた日本であったが、未だ中国に対して敵愾心を持ち、台湾を(唯一の)中国と認める保守的な人々も多く存在していた事から、表向き民間レベルの交流とは言え、警察予備隊(現在の自衛隊)なども出動し、一団を強固に護衛するといった厳戒態勢が敷かれる。実際に正体不明の車両が一団の移動時につけ回す、右翼団体が講義行動やビラを撒くといった妨害行為も行われ、李徳全だけでなく、訪問団メンバーは常に命の危険と緊張感に晒されていた。その様な中で、日本戦犯の帰国に向けた様々な行動や経済界との交流が、その後の日中経済関係の改善に齎した影響は測り知れない。
本書は李徳全を題材に戦争という過去の過ちから現在に至るまでの日中関係確立の背景と、それに大きく寄与した出来事、人物にフォーカスしていく。近年は日本は経済的には中国に追い越され、経済規模的にも世界における存在感としてもアメリカに次ぐ世界第2位の巨大な国家になった中国。隣の国でありながら、我が国日本は過去を引きずり同国との関係性は必ずしも良好ではない。同じアジアの隣国として、将来に渡り重要なパートナー、関係国であり続けることは間違いない。これからの日本が中国に対してどの様な外交政策を執り、良好な関係を再構築すること急務である。古の時代から常に関係を持ってきた両国の間に、再び平和的にも経済的にも強固な信頼関係を築いて維持していく必要がある。これまでの両国関係に於いて重要な出来事や人物を追いかけていく事で、多くのヒントが得られる一冊である。