あらすじ
顧みて恥ずべき何ものもない――敗戦後の経営の難局に立っても揺るがなかった信念と矜持! 150年もの巨大企業グループの事業の歴史を支え続けるDNAはいかにして形成されたのか。波乱の時代を生きた三菱の第四代社長・岩崎小彌太は、自らの宿命に従いつつも、信念を貫き通す人であった。グループ企業としての完成や経営理念の確立において、継承者が創業者を超えるほどの存在感を示した事例は、日本の経営史上においても稀有であろう。本書は、「理想なしでは一歩も動けない人」「理想家にして実行家」といわれたその希代の経営者による「継承と創造」の事跡に、三菱グループの研究を長年重ねてきた経済史家の視点から迫った経営者伝である。企業の社会的責任について一貫した姿勢・考え方を維持し、社会のニーズに対応して需要者・消費者の利益に奉仕することを企業目的としたこの事業家から、時代を超えて、現代の企業家・リーダーが学ぶべきところは多い。
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Posted by ブクログ
「頼まれてもいない原稿を書いた」(263頁)という武田先生の勘違いから生まれた本。ただし,2020年という時代に,岩崎小彌太の評伝が新書で刊行された意義は大きい。
小彌太はこれまで,岩崎彌太郎の甥(彌之助の嫡男),三菱財閥最後の社長という捉え方をされていたかもしれないが,彼にとってそれは必ずしも本意ではなかった。むしろ,第一次大戦期から第二次大戦期に及ぶ日本企業の一経営者としてのポリシーに注目すべきであるという。それは,青年期に留学したイギリスで身につけた生活規範から生まれたであろう「社会的に恵まれた地位にある者が果たすべき役割」(250頁)であり,「企業が,その本業において果たすべき社会的責任」,「事業の収益を広く社会に還元すること」(245頁)であった。そうした悠久の理想と信念は,死期が近づいても衰えることはなく,終戦直後に三菱本社の解体がほぼ決定的な流れとなった中でも,一般株主への配当実施に強く固執していた。
著者の武田先生は,「岩崎小彌太の経営理念が持つ現代的な意味を問うことを主題に」(264頁),本書をまとめたと述べているが,その意味は,まさにコロナウイルス騒動の非常時・有事において,企業経営ならず,政治行政のうえでも十分に発揮される。
評者自身の三菱研究は,まだ彌太郎・彌之助の時代を抜けきれず,ようやく久彌が登場してきたに留まる。本書では,分系会社の事業発展として,主に重工・商事・鉱業・銀行を捉えてきたが,小彌太の時代の地所史についても,早急に分析をしていきたいと思った次第である。著者による20世紀前半日本の経済的枠組を理解するには,武田晴人[2019]『日本経済史』有斐閣の第4~5章を参照されたい。
なお,本書に対するリクエストをあえて付すとすれば,小彌太の経営者としての実像「以外」の部分を,もっと垣間見たかった。そのエピソードがこれ以上無いのだとすれば,それもまた小彌太らしいエピソードなのかもしれない。