あらすじ
ある晩、父が失踪した。少年ジェムは、金を稼ぐために井戸掘りの親方に弟子入りする。厳しくも温かい親方に父の姿を重ねていたころ、1人の女に出会う。移動劇団の赤い髪をした女優だ。ひと目で心を奪われたジェムは、親方の言いつけを破って彼女の元へ向かった。その選択が彼の人生を幾度も揺り動かすことになるとはまだ知らずに…。 父と子、運命の女、裏切られた男……いくつもの物語が交差するイスタンブルで新たな悲劇が生まれる。ノーベル文学賞作家の傑作長編。
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Posted by ブクログ
トルコで初のノーベル文学賞受賞者となった小説家による2016年の小説。ギリシャの古典『オイディプス王』と、ペルシャの古典『王書』で共通して描かれるテーマが描かれる作品。読む前に悲劇、というのは知っていたけど、思ってたのとは違う形で悲劇が用意されていた。
これも雑誌「英語教育」のアジア文学特集で紹介されていて読んでみたいと思ったが(「井戸掘り職人」なんて職業の小説、なんか東大の小説問題で出てきそう、とか思ったり)、この前のタイの小説、『パンダ』の時よりもインパクトが強く、この小説家の作品をもっと読んでみたいと思った。あとこの翻訳した人が本当に違和感ない日本語にしているところも読みやすい。
(ここから多少、ネタバレに近いものがあります)悲劇、というのは知ってたから、どこで事件や事故が起こるのかを考えつつドキドキしながら読むけど、たぶんこういうことだろうな、という予想していて、そしたらそうじゃなかったのか、という驚きと、そういう悲劇が起こったのか、という展開だった。そして最後に、この設定全体がそうなってるのか、という驚き、そして訳者による解説で、実はタイトルや元になっている2つの古典についても実は…という事実があったりして、なんか作者に手玉に取られる感と、文学の読解って色々知ってないと難しいんだな、と思った小説だった。でも個人的に「どんでん返し」が楽しめた感があって、好き。あとは井戸掘り途中でやめられない、なんて認知バイアスのコンコルド効果ってやつだよなあ、とか、最後で語られる母の息子への思いってすごいリアル過ぎて、ある意味こっちの方が怖いかもな、とか関係ないこと思ってた。(24/02/12)
Posted by ブクログ
p11
ところで話は変わるが、そもそも私たちがよく口にする「考える」という行為はいったい何なのだろう?
p15
辺りにはまだ甘い火薬の匂いが漂っている。
p150
イラン人は、西欧化するあまりに過去の詩人たちや物語を忘れてしまったトルコ人とは違うんですよ、と彼女は言いたかったのかもしれない。確かに彼らイラン人は詩人のことを決して忘れないから。
p163
つまるところ私は、頼りがいのある父親から、人は何をすべきで、何をすべきではないのかを教えて欲しかったのだ。
p167
私たちはいまさら勇者とかロスタムとかが出てくる古い物語を読んで喜ぶような世界で暮らしていないもの。
p264
どちらがどちらを殺したところで、私には涙が残されるだけなのだから。
トルコのノーベル文学賞作家の本作。
父と子、母と子、東と西、井戸と文明化、父殺しと子殺し、詩人と作家、罪と罰、いくつもの切り口で語れそうな作品。
トルコの小説を読むのは初めて。
キャリアの長い作家らしく、翻訳もうまいので、異国の匂いや情景や人々の暮らしが香ってくるかのような文章。
第一部は寓話的な語り口、第二部で時の流れと静かに老いていく様子を淡々と描いている。妻と作った会社の名はソフラーブ。子が父を殺し、妻から取り上げるのは。
途中出てきた夢に関する本は、ボルヘスかと想像したが不明。あとは、どちらが原点かわかりませんが、テヘランの死神に似た話もトルコに伝わっているのだな、と。
死神に会った召使いはテヘランに逃げるが、死神はテヘランで会う予定だったと言う。運命からは逃れられない。むしろ運命に引き寄せられるように物語は進む。
すべてが必然という小説としてはかなり緻密に、手堅く作られている印象を持ちました。偶然は男と女が出会うときに使われる。そして、それも運命。
訳者あとがきの「赤い髪」の表記が地毛ではなく、染められた髪という解説も納得。ぼかされた邦題が良い塩梅です。