【感想・ネタバレ】隠された奴隷制のレビュー

あらすじ

マルクスの『資本論』には「隠された奴隷制」というキーワードが登場する。一般に奴隷制と言えば、新大陸発見後にアフリカから連れて来られた黒人奴隷が想起され、すでに制度としては消滅している。しかし著者によれば、「自由」に契約を交わす、現代の私たち労働者も同じく「奴隷」であるという。その奴隷制はいかに「隠された」のか。格差社会はじめ諸矛盾が解決されることなく続く資本主義にオルタナティブはあるのか。マルクス研究の大家である著者がロックから現在に至る「奴隷の思想史」350年間を辿り、資本主義の正体を明らかにする。

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Posted by ブクログ

奴隷貿易の時代から奴隷の解放、その結果自由意志を持ったはずの労働者が如何にして搾取される存在となったのかを説き起こします。その結果が「自己責任」の名の下でブラック労働に従事させられる現代労働者。これからどうすべきなのか明確な答えはありませんが労働者一人一人が考えてみる必要はあると思います。

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2020年01月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

この本の「隠された奴隷制」というタイトルは、マルクスの『資本論』の「ヨーロッパにおける賃金労働者の隠された奴隷制は、新世界での文句なしの奴隷制を踏み台として必要としたのである」という文章に由来している。「隠された奴隷制」とは、黒人奴隷の「むき出しの奴隷制」に対して賃労働で働く「自由な労働」を指している。マルクスが何故に自由人の賃金労働を「隠された奴隷制」と呼んだのか。著者は啓蒙思想からアダム・スミス、ヘーゲル、マルクスを経て、新自由主義まで、この「隠された奴隷制」という言葉の謎を解くために奴隷制の思想史を丹念に追っている。
アダム・スミスもヘーゲルも資本主義経済が発展する中で、今でいうところのワーキングプアやマイナス成長や経済格差といった問題の多くを知っていた。知っていたにも関わらず、「自由な労働」に基づくものであるからと黙認をしている。これに対してマルクスは「自由な労働」を「隠された奴隷制」として批判した。「自由な労働」が「公正」であること、その”「公正/不正」という判断そのものが「自然的」なものではなく、歴史的・社会的に制約されたもの”であること、これこそがヴェールに隠された秘密なのである。
終章で著者は、ヘーゲル、マルクスに倣って私たちにも自らを解放する絶対的な権利がある。しかしそのためには自らが闘わなければならないと言っている。”私たちが自分の時間の主人公になること、「自由な時間」を手に入れることができるようになること”こそが大切だと締めくくっている。
マルクスの考えていたことは私たちから決して遠くない。確かに一つ一つの論理は難しいところもあるが、マルクスが考えたこと、マルクス後のことを丁寧に書いている。ミステリー・ストーリーのようにも読める本だ。

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2019年11月10日

Posted by ブクログ

マルクスの資本論に書かれていた”隠された奴隷制”とは。
マルクスの時代と構造的には何も変わっていない現代の資本主義社会。
そして、その社会は”隠された奴隷制”がなければ成り立たないという現実。
つまるところ、奴隷制はまだ続いているということを丁寧に解説してくれている。

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2024年12月04日

Posted by ブクログ

労働者の賃金は「彼ら自身の維持と再生産が行われる」最低限の水準に保たれているため、彼らは日々の「個人的消費」によって「生活手段をなくしてしまう」。
つまり彼は、スミスの言う意味で「財産を取得できない人」なので、生活を続けるためには自分の労働力を労働市場で販売し続けることを「強制」されている。


隷が受けるのが暴力的な「直接的強制」だとすれば、「自由な労働者」は雇用されて働く以外選択肢がなく、失業したら生きていけないという経済的な「間接的強制」を受けている。

マルクスの「経済学批判」の課題とは、資本主義生産様式の構造を解明するにとどまらず、資本主義的生産様式を「公正な」ものとして正当化する自由主義的「神話」そのものを解体すること、自由主義イデオロギーから労働者を解放して、彼らが「並外れた意識」を獲得するのを助けること。

「資本主義は不正」なのであり、したがって「隠された奴隷制」のもとにある賃金労働者にも、かつての奴隷と同じように「自らを解放する絶対的な権利」がある


奴隷制=自由労働(わずかな賃金であれ契約したのなら)


奴隷制がなければ、資本主義はなかった。
近代資本主義世界システムが成立するためには、奴隷制プランテーションが不可欠だった。
そして今もなお、「自由な労働者」というヴェールに覆われた「隠された奴隷制」がなければ、資本主義はなりたたない

グレーバーによれば、資本主義は奴隷制に支えられていると同時に、コミュニズムにも支えられている。
それが二重の意味での「資本主義のスキャンダル」だった。
私たちは、自分自身の労働力の所有者として、奴隷の主人として、自分の奴隷を資本家にら企業に売り渡す。
そして資本家のもとで、企業の中で奴隷として労働する。しかし、その職場の中で私たちは「コミュニズム的に」協働している。

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2022年06月22日

Posted by ブクログ

奴隷制から逃れるためには、個人が自分の時間の主人公になること。
そのための手段として「階級闘争」に勇気をもって挑むことや「労働組合」に参加する、ポールメイソンの言う「協同組合的ネットワーク社会」の構築など様々ある。
共通して言えるのは他人任せにせずに「主体的に動く」という事と「選択の幅を広げる」ことだと思う。

資本主義経済から今すぐに脱却することは不可能だが「
自分の時間を確保する」ことを意識し、時間はかかるかもしれないが徐々に社会主義的な方面へ関わっていくのが良いのかもしれない。

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2021年07月11日

Posted by ブクログ

近代資本主義における奴隷制について紐解く一冊。

明確な結論はなく難しく感じたが、勉強にはなった。

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2019年08月13日

Posted by ブクログ

かつての奴隷度今の労働者にどんな違いがあるのって問う本。正直身も蓋もない話。

アダムスミスのころの社会における奴隷感をはじめ奴隷の状況や奴隷について書かれた思想など広範囲にわたる側面から「奴隷とは」と論じられるのを読むと、改めて奴隷とは自由とは労働とはについて考えたくなる内容だった。

面白いのは奴隷労働が真っ盛りだった当時、”自由”な市民よりも快適な生活環境の奴隷が多くいたりした状況でも「自由」があるから市民は奴隷よりも良い環境にいるといった考えが博愛的とされる人の思想だったりすることで、価値観や物の捉え方考え方は同じ言葉であっても時代が変わると変わったりすることに注意を払わないといけないのだと思う。

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2020年10月12日

Posted by ブクログ

端的に言えば、労働に対する賃金が等価より低いとき(ブラックなど)は奴隷とみなせるというような話。
自由に職業を選択したようでそれは奴隷状態。
ただ、労働に対する評価、賃金の解釈は人それぞれ。人に欲がある以上は、完全な等価は実現不可能である。
共産主義が実現しないのと同じになってしまう。
これからはAIなど人が介在しないシステムを作っていくしかなさそう。
(AIも全く人が介在しないということはないけど。)

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2020年07月27日

Posted by ブクログ

新大陸における黒人奴隷によるプランテーション経営の成功が、イギリスひいては先進諸国の大規模工場での賃金労働につながった。そういう意味では賃金労働者は隠された奴隷なのだ・・・と言えなくもない。

しかし、そこから一気に新自由主義は資本家階級によ(隠された)奴隷制の強化とつなぐのはあまりにも短絡的ではないか。工業化社会以降は資本と労働はときには闘争状態、ときには協力してここまでやってきた。いたずらに「資本家VS奴隷」を強調するのはマルクス・レーニン主義あるいは全共闘的。共産主義国家の失敗や国内であれば革新政党の弱体化など要素はあまりにも多い。

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2020年01月14日

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