【感想・ネタバレ】嵯峨野明月記のレビュー

あらすじ

変転きわまりない戦国の世の対極として、永遠の美を求め〈嵯峨本〉作成にかけた光悦・宗達・素庵の献身と情熱と執念。壮大な歴史長篇。

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Posted by ブクログ

辻の著作という事で小説というカテゴリーに入るのだとは思うが・・そう言った隔てを借る家具飛翔する、秀作。
述べる言葉、綴られる情念、感覚・・ありとあらゆるものが日本人という枠に収まりきない世界に冠する作品だ。

光悦、了以、利休・・それぞれの持つ芸術の極致が大同小異の感覚で結ばれている・・そこを克明でなく、改行なく、淡々と述べられていく・・読み続けることは苦にならないが、生活に戻れないほどのどっぷりとつかった読書の7日間になった。

17世紀初頭・・信長登場、戦を重ね、覇権を確立。
当地の血なまぐさい世界の表裏をなすがごとく広がって行く「嵯峨本」の世界。

流麗の光悦・侘び寂びの利休・・そして裕福な了以の資力。古今東西問わず、軌跡はトライアングルのなしたその時に起こるという様な震えすら感じさせる。

正直、読み始めの辛さは自分の限界すら覚えた・・中盤を越え、引き込まれるような「私」のモノローグのうねり・・もはや竹林の庵に座して茶を飲みほして行く様な壮大なフィナーレに声が出ない。

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2025年07月27日

Posted by ブクログ

今年の夏の長編読書は辻邦生の嵯峨野明月記.しばらく前に買ってあったのだが,まったく,改行のない文章の密度に,なかなか読み始める機会が来なかった.
さて,実際に読み始めてみると,小説世界にすっかり入り込み,電車の中で,あるいは夜の時間に,本を開くのが楽しみでならなかった.

一の声が本阿弥光悦,二の声が俵屋宗達,三の声が角倉素庵.この三つの声が,交互に語り合うことで話が進む.信長の時代から,秀吉を経て,江戸初期に至る時代を背景に,自分の芸術,学問の獲得に格闘する三つの声.はじめは全く違うテーマを奏でているのだが,それに少しずつ響き合う様子が生まれてきて,三人の力で嵯峨本とよばれる豪華な装丁の活字本を作るクライマックスに至る.この構成を考えた作者はきっと,バッハを意識していたと思う.

緻密で理知的な文章,難しい漢字(私には読めない,意味がわからない漢字がたくさんあった.何度,漢和辞典を引いたことか!)と,本書を読むにはいろいろ高いハードルがあるが,最近の小説に物足りなさを感じている人や,辻邦生の初期の「夏の砦」「回廊にて」を好きだった人には,大きな読書の楽しみを約束する本である.

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2017年09月19日

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同じ時代を生きた3人が、それぞれに感じる苦悩や喜びを、互いに重なりあるいは離れた場所、時間で語る形式ですが、私には「沁みる」という表現しかできません。芸術や技能、事業といったそれぞれの分野において、高いレベルにあるとは言えない自分が登場人物の内面まで理解できるのかといえば、分かりえないのかもしれませんが。
辻邦生の作品は、大げさな技巧などは使わないのに、繰り返して読みたくなる魅力があると思います。

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2012年06月09日

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時は、戦国末期から江戸時代初期。
場所は京。
そこに、性格も生まれも異なる三人の男たちがロマンを求めて結集する。
書の本阿弥光悦、絵の俵屋宗達、出版の角倉与一だ。
天才二人に対して、角倉与一には、ビジネスマンと営業マンの血が流れていて、親近感を覚えさせる。

ある境地を求める三人の波乱に満ちた人生を通して、作者辻邦生の理想を目指す。
辻によるこの理想追求の姿勢は、「西行花伝」で更にレベルアップすることで、一つの達成を見たと言える。
その意味では、本書は「西行花伝」に向けての大きなステップだと言えるだろう。
すべてを一人称で語る本書のスタイルは「西行花伝」でも踏襲される。
但し、それは複数の一人称だ。

辻には恋愛小説家としての血が脈々と流れている。「西行花伝」では、西行と待賢門院との恋愛が印象的に語られているが、本書では、本阿弥光悦と月明の女との恋愛、角倉と梅毒の太夫との恋愛が物語に彩りを与えている。
さすが恋愛小説家の面目躍如だ。

芸術に燃える三人ばかりでなく、主役は京の街と人だ。
信長の天下取りと没落、秀吉の天下取りと没落(朝鮮出兵の悲惨) 、家康の台頭という、兵馬が行き過ぎる時代の中で、京の街と人は、いかに逞しく生きたか、という物語でもあるからだ。
京都人には、藤原定家が宣言した「紅旗征戎我がことにあらず」の伝統が脈々と流れているのだ。

戦乱の時代を生き切り、すべてを見た男が、次々と不要なものを捨てていく中で、森羅万象に解き放たれ、一体化する喜悦の境地に至る。
それが、辻邦生の理想とする境地なのだ。

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2024年04月19日

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辻邦生 「 嵯峨野明月記 」

面白かった。

著者の人間観、事業観、死生観を 素庵、光悦、宗達の人物設定に取り込みながら、三人の精神が 近づき、結びつき 嵯峨本の創作に至る物語。

権勢者の移り変わりに 虚無を感じた 創作者や民衆の 華麗、荘厳、簡素な世界を求める心が 嵯峨本につながった事を示唆


著者の人生観(今という虚無感、存在感)
*日の光〜今日あって明日は もう消え果てて存在しない
*自分の生命に充実があれば それでいい

一の声=私=本阿弥光悦
*もう十分生きてきた〜戦乱に生きた人達を思い出す=自分の生涯をもう一度生きること
*刀剣の鑑定〜代々の家訓を畏れ謹んで生きてきた〜政略軍事に関与しない家訓
*母の落ち着いた慈悲と燃える心情
*私には 平衡のとれた 静かな 端正な生活が必要

二の声=おれ=俵屋宗達
*おれは何も持っていない〜ただ絵筆を握るだけ
*人間として生まれたのか疑わしい〜心に焼きついているのは 棄丸の輝く大きな眼
*華麗で枯淡、幽玄、荘厳で簡素な世界を描きたい

三の声=わたし=角倉素庵
*古書や歌巻に生きるのが 使命
*自分の中に争う二つの魂を感じる

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2019年04月06日

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元亀天正の信長の勃興から、本能寺の変、関ケ原をへて徳川の御代へと大きく揺れ動いた時代、日本書誌上、もっとも豪華と言われる本が出版された。「嵯峨本」とも「角倉本」とも称される書物。恥ずかしながらこの小説を読むまでまったく存在を知りませんでした。
本書はその嵯峨本の成立に深くかかわった三人の男たちの物語
流麗な書をものした本阿弥光悦、下絵は琳派の俵屋宗達。二人の天才を結びつけた版元は高名な企業家を父にもつ角倉素庵。
物語は、三人の男たちの独白で織りなされる。一の声は「私」こと光悦。二の声は「おれ」の宗達。三の声は「わたし」素庵。
私たち読者は、闇につつまれた一室で、彼らの声に耳をかたむけることで、信長や光秀、秀吉といった為政者の興亡や世の中の動きをたどりながら、三人の内面の深化や美への情熱を追体験する。
このあたり、遠くヨーロッパからやってきた宣教師の視点から信長の生涯を追った「安土往還記」と手法は同じで、美しく端整な文体で読者を物語世界に引き込んでくれる。
三人の語りの色彩の違いゆえ、最初は読み進めるのに苦労するけれど、中盤以降、その違いが逆に物語に深みをあたえ、フィナーレに向け大きな流れを形作っていく。
夜の帳、月を眺めつつ読むには最適の一冊。

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2018年06月27日

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俵屋宗達、角倉、本阿弥光悦の3人の語りが織り成す群像劇。戦国から江戸政権の成立までの激動の時代を生きた3人がそれぞれの立場でそれぞれを語り、時には重なり合い、同じことを別の視点から語る。同じ出来事を別々の視点で語る藪の中とは違い、人生の一部においてそれぞれが共に過ごした時があり、その人生の一部として語られる。
辻邦夫は何度再読しても味わいが深い。

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2011年06月25日

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「嵯峨本」と呼ばれる豪華本の制作にたずさわった本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵の三人の物語です。

三人の登場人物が交替に語り手を務めて、戦国時代から江戸時代にかけての激動の時代を彼らがどのように生き、それぞれの立場から芸術に対してどのようにかかわっていったのかということがえがかれています。

現実の事象をえがきとるのではなく、みずからの心のなかに生じるかたちを筆によってえがきだすことをめざす天才肌の宗達と、実業家として学問や芸術へのみずからのあこがれを抑えつつ、優れた芸術をこの世界にのこすために力を尽くした素庵の物語がわかりやすいのに対して、光悦の物語はすこしむずかしく感じました。土岐民部の妻との関係などは、ややメロドラマ的な印象もあって読みやすいのですが、そうした移ろいやすい現実に対して、彼のなかで芸術の世界がどのように位置づけられていたのか、もうすこし明確に叙述してほしかったように感じました。

三人の語りが交互に織り成される構成もおもしろく、いつかまた読み返してみたいと思える作品でした。

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2021年08月16日

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嵯峨本を刊行した角倉素庵、俵屋宗達、本阿弥光悦を通した美の追及話。文章が綺麗。でもちょっと冗長過ぎるな。

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2015年01月01日

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信長・光秀・秀吉・家康への権力の移行期に本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵という美を追求した3人の文化人の心の内面が語られる。そのゆえに現代に生きる芸術家のような親近性を感じるのが不思議。3人は別々の語りをしながら、彼らの書・絵・そして装丁の才能が美しい本の実現に結びついていくお洒落な作品である。京の人々の権力に対する恐れが噂を通してリアリティに富む。光悦が月の明るさに誘われて池の畔で出会った土岐民部の妻、そして光悦自身の妻が魅力的。彼女たちの描写に日本語の美しさを堪能する。

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2014年10月06日

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