あらすじ
東北の大震災後、水辺の災害の歴史と土地の記憶を辿る旅を続ける彼は、その締めくくりとすべく、大震災と同じ年に台風12号による記録的な豪雨に襲われた紀伊半島に向かった。バスの車窓から見える土砂災害の傷跡を眺める彼の胸中には、クラシック好きで自死した友・唐谷のことなど、さまざまな思いが去来する。現代日本における私小説の名手が、地誌と人びとの営みを見つめて紡ぐ、人生後半のたしかで静謐な姿。
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Posted by ブクログ
山海記(せんがいき)
佐伯一麦著
2019年3月20日
講談社
奈良県橿原市の大和八木駅から和歌山県の新宮駅まで、高速道路を通らない路線バスとしては日本一長いバス路線がある。距離166.9キロ、停留所数167、所要時間6時間30分、乗車料金は5250円。私も最初に大阪から車で十津川村~新宮へ取材に行った時、十津川沿いの、車がすれ違えないような細い国道168号で、反対側から「大和八木」行の奈良交通バスがきて、八木まで行くの?とスタッフと一緒に目を丸くした覚えがある。
この小説は、東北に住む主人公の「彼」が、東日本大震災の数年後の3月11日に、奈良県を訪れ、八木から新宮までのバス旅を試みる話。実は、震災と同じ2011年、夏に十津川村は台風で大洪水に見舞われた。十津川村は明治22年にも大水害があり、村で生きていくことを諦めた人たちが大挙北海道に開拓移住して、新十津川町をつくったという歴史がある。それに匹敵するような大洪水だった。
主人公は、全国各地の水害の被災地を回って、最後に十津川村を訪ねる旅に出た。バスに乗りっぱなしで、停留所を通過するたびに、その土地にまつわる歴史や水害のこと、そして、それから連想される東北での震災被害(水害)のこと、また、1967年の岐阜県飛騨川バス転落事故など各地の水害のことを綴っていく。歴史でいえば、十津川村は天誅組が来たところ。この話題が一番たくさん出てくる。旧大塔村(現五條市)の護良親王についても出てくる。そして、明治22年の大水害。幻の鉄道となった五新線も出てくる。それぞれとても念入りに、丁寧に調べ上げていて、村としては日本一面積の広い(東京23区より広い)十津川村にこんな歴史があったのか、という興味と驚きを関西以外の読者は持つことだろう。
ただ、それがはたして小説として面白いのかどうか、という点では疑問を感じた。単なる知識、博覧強記の世界に入っていないだろうか?とも感じる。
小説として、3分の2までは「彼」が主人公で、残りの3分の1は、その「彼」が「私」という一人称で語っている。最初の旅の2年後に、再びバス旅をしたという設定だ。実は、最初の旅で「彼」は体調不良のためにあと2時間というところで旅を断念していた。だから、もう一度訪ねた。
有名な谷瀬の吊橋(日本一の吊り橋)や、十津川温泉などの旅情も出てくる。そこではバスを降りている設定だ。
著者の佐伯一麦は仙台一高卒業後、雑誌記者や電気工などいろいろな職を経て作家になった。今回の主人公も仙台の高校を出て、幼少期の性犯罪被害のトラウマからはやく街を出たくて進学せずに東京で就職したという設定。電気工の経験ありとなっていて、作者とダブる典型的な私小説だ。今回は、高校時代の親友が最近、自死をしたという心の傷も抱えながらの旅という設定でもある。
この人の作品を読むのはじめてだが、無理して格調高い日本語を使おうとしているように感じた。もっと簡単に言った方がずっと綺麗なのにと思えるところがいくつもあった。そして、日本語として疑問に思うところも。例えば、
「耳触りのよい」という日本語が使われていたり、
「人々は、神仏に命乞いを縋るしかなかった」という文があったり。
縋るにはルビがないので、普通に「すがる」と読むのだろうけど、縋るは自動詞であり、「命乞いを縋る」は変だ。「縋(す)る」とでもルビがあれば別だが。
全体として、少し空回りしている小説でもあった気がした。
でも、よく売れている本のようだけど。