あらすじ
心が生涯求めつづける究極の存在とは? 「他者」なき現代人を襲う病理とは? 他者との関係性のなかで「自己」の構造をとらえなおしたコフート。フロイトの精神分析をぬりかえ、90年代アメリカで隆盛を誇る理論でよみとく現代日本の病理。(講談社選書メチエ)
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Posted by ブクログ
人は何かを想わなければ生きてはいけない。それがなんにせよ、心という現象は、繋がり合うことを求めている。本書に書いてあるような心理病理は、現代だけの特殊な現象ではない。何かを失い、そして何かを得るというのは、歴史的な必然だからだ。ただ、何かを失ったとき、人が陥る寂しさや、苛立ちを、素直に受け止められるような優しさが必要だということだと思った。
何かを失うというのを、悲観視するのは少し早計な気がする。何かを失った時の心の空洞は、もうすでに、次世代への希望の光に変わっていくのだから。
Posted by ブクログ
コフートの自己心理学を、和田秀樹が解説しています。併せて、現代日本人の心理とコフート理論の有効性についての著者の見解も語られています。
コフートは最初、フロイトの精神分析の枠組みを用いて、自己愛パーソナリティ障がいの研究をおこなっており、『自己の分析』はその成果として刊行されました。このなかでコフートは、「鏡転移」「理想化転移」「双子転移」という3種類の「自己愛転移」をとりあげて、それによって自己愛が傷ついた患者の治療をおこなうことができると論じています。
その後コフートは、フロイトの精神分析の枠組みを否定して、独自の「自己心理学」を確立するに至ります。彼は、フロイトの自我/超自我/エスのモデルに代わる、双極性自己のモデルと、それを基礎にした「悲劇人間」という人間観を導入しました。人間は、「私は完全である」という「誇大自己」と呼ばれる規制によって自己の野心の極を、また「あなたは完全であるが、私はその重要な部分である」という「理想化された親イマーゴ」と呼ばれる規制によって自己の理想の極を、ともに満たされることで、健全な自己愛を確立することができるようになります。これが、コフートの双極性自己のモデルでした。彼は、自己愛は克服されてやがて対象愛へと移行するのが正しいと考えたフロイトとは違い、むしろ未熟な自己愛から成熟した自己愛へと発展していくことをめざすべきだと考えたのです。
こうした理解に基づくコフートの人間観が「悲劇人間」と呼ばれることになります。われわれの自己は、二つの極が満たされることで、この悲劇的な人生をどうにか歩みつづけることができるのです。
またエピローグでは、こうしたコフートの自己心理学が、土居健郎の「甘え」理論ときわめて近い内容をもっていることが指摘され、「甘え」理論の現代的意義についての考察がおこなわれています。