【感想・ネタバレ】ルポ プーチンの戦争 ──「皇帝」はなぜウクライナを狙ったのかのレビュー

あらすじ

ハイブリッド戦争の内幕とは。毎日新聞モスクワ特派員が両国政府と親露派の要人を取材、砲撃と空爆で破壊された街に潜入して、戦闘員と市民の声を聞く。激動のロシア情勢を伝えるルポルタージュ。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

 2012~2015年の3年間、モスクワに暮らした身としては、懐かしさと共に、欠けていたパズルのピースがひとつひとつハマっていくような快感すら覚える好著。冒頭から最後までワクワクしながら読み進むことができた(かなりの文量、情報量だけど)。
 ソチ冬季五輪が終わってから急転したロシア=ウクライナ関係。干渉から内戦へ、あっという間(という気がした)クリミア併合、マレーシア機撃墜、次々に強化される西側の制裁。国民生活にも直結する事態でもありながら、最終的には、それなりの安定を取り戻していく大国の度量に畏れ入ったと感服していたが、そうとうに用意周到にコトが運ばれたことを、時系列で推移を追ってみて改めて思い知らされる。
 “皇帝”の剛腕の凄み。北方領土が還ってこないのは、まだいいほう。その気になれば北海道くらい簡単に掻っ攫われそうだ。

 ウクライナとロシアの歴史的関係、地域的な文化や言語、民族の違いなども丁寧に解説されていて、たいへん勉強になる。
1991年に初めてロシア(当時はまだソ連)の地で暮らしたときに仲良くなったタタール人の一家がいたけど、当時は不勉強で、彼らがどんな立場、どんな歴史を経てロシアの地に居るかを知っていれば、また違った接し方があったろうか。いろいろ考えさせられる。
 そんな歴史的背景を踏まえ、ロシア側、ウクライナ側、親露、ノンポリ、市民、軍人、政治家、地方記者、学生、etc. 立場の違う多くの当事者、関係者の意見、見方を拾い上げているところが本書のなによりの読みどころ。とはいえ、

 “「冷戦の勝者」を自認する米国の一極支配にあらがって多極的な世界を構築し、ロシアがその一極の座を死守することー。 それがプーチン政権の目標”

 とし、プーチン元側近アンドレイ・イラリオノフから、プーチンの狙いについて

 「ソ連崩壊後の世界を修正したいと考えている。その一環がクリミアであり、ドンバスだ。彼は『ルースキー・ミール(ロシア的世界)』と呼ばれるものを復興させようとしている。その基本理念は完全には明確ではないが、現在のロシアの国境線を膨張させる考えだろう」

 との発言を引き出し終盤に配するあたり、誰がなんと言おうと、ウクライナでの一連の動きは、ロシアの、つまりはプーチンの野望とも言える構想の中で展開されたということを強く印象付ける。
 俯瞰的に見ればそうと思えるが、それなのに、本書でインタビューされた立場の違う多くの人が、それぞれの思惑、狙い、感想を持っている事実こそが、これこそ情報戦も含めた、ハイブリッド戦争だということを、本書は不気味に浮かび上がらせる。 皇帝の視座からは、全てが見えていたのかもしれないが、市井のレベルでは、あらゆる価値観が存在し、それぞれの正義に基づいた“事実”が存在する。
 著者と行動を共にし現場へ入ることの多い地元記者ヤナ・トカチェンコの言葉に、こんなのがあった。

 「砲弾がどこから飛んできたのか、はっきりしないことには注意した方がいい。前線の両側から弾が飛んでくる。人々はみんな自分が信じるように語っている」。

 内戦や紛争が起こっている現場の状況を語ったものだが、「砲弾」を「情報」という単語に置き換えてみると面白い。それぞれに自分の信じる真実がある。これが近代の戦争の姿、あるいは世の理(ことわり)ということだ。
 可能な限り、立場、階級、思想を跨ぎ越えて、多くの証言を縦横に駆使して本書は構成されているが、それによって、ひとつの真実を炙り出しているのではないという気がした。

 ♪様々な角度から物事を見ていたら、自分を見失ってた(『イノセント・ワールド』作詩:桜井和寿 Mr. Children 1994)

 平成の世がはじまった頃に流行った歌の詞であるが、ひとつ元号を終え、四半世紀の時を経て、情報伝播の速度が格段に加速した今の時代、様々な角度から様々な見方があるどころか、このイノセント・ワールドには様々な物事、様々な真実すら存在することを、改めて認識させられた。

 真実が、ひとつなどと思わないほうが良いという示唆、強烈な警鐘が本書からは聞こえてくる。

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2019年06月17日

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