あらすじ
かつて実習留学生としてやってきた私の妻・小翠(シャオツイ)。表示されない海沿いの街の地図を片手に、私と彼女の旅が始まる。記憶と存在の不確かさを描き出す、第160回芥川賞候補作。
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『温かくて粘りけのある液体は、およそ人の体内にあったとは思えない質感だった。粘る水分を指先ですくい取って鼻先に近づけると、先ほどまでいた市場のにおいが流れ込んできて私の頭(心?)の中にひろがった』―『居た場所』
二冊続けて同じ作家の本を読む。東南アジアの空気感と生活臭がたちまち湧き上がる文章。けれど「ラピード・レチェ」でもそうだったように、そこはどこなのか、その存在の輪郭は薄い霧のように曖昧で、もどかしさ(?)が立ち上がりそうにもなる。
それがどこであろうと、一見関係のないように、ミステリーのような物語は進行するが、実はそこに潜む隠喩は情報過多の世界における正義感に繋がっているようにも見受けられる。つまり、糺されるべき不正があり、それは立場を秘匿したまま糾弾したとしても、正されなければならないものである、というニュアンスが隠れているようにも思えるのだ。一方で、そういった言説にありがちな表層的な価値観は、アジア圏特有の空気の描写によって現実的な裏付けを得て、単純さを超えて混濁した深さを伴うもののように響いてくる。つまるところこれは描写であって主張ではない。視覚的に捉え得る世界こそが、言語や思考を通して再構築される現実を超えた意味を構築する。そんなことを具現化する稀有な文章と思う。
『人が観測できるのは、世の中のたくさんのことの、ほんの一部の事柄だけだ。観測したことで、あるいは観測したからこそ、この人が苦しんでいるのだとしたら』―『蝦蟇雨』
まさに。ここにシュレーディンガーの猫のパラドックスの比喩を読み解くのではなく、例えば「天気の子」で描かれたような因果を見出すこと。「意味」とは自分のものであって、同時に他人のものでもある。そんな考えがこの作家の基底にあるものなのかも知れない。解決のないミステリー。あるいは、そもそも無意識の内に読み取ってしまう謎自体に、意味などないと作家は言うのか。その変わった手触りは癖になりそうな予感がする。
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表題作と2つの短編が収録されている。表題作「居た場所」は、中国南部や東南アジアから介護を学ぶために来日している小翠(シャオツイ)と語り手の物語。結構難しい作品だった。小翠が経験したことや住んでいた場所の変化が何を示すかあまり理解したとは言えないし、フェレットのような小動物の存在なんかも、分かりそうで分からない。ただし、淋しさなんかを作品から感じた。
その他の短編では、「蝦蟇雨」は文字になっていない部分を想像するとホラーに近い印象。もう一つの「リアリティ・ショウ」は地獄だけが“リアル”だったのかもしれないと解釈した。
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高山羽根子は変な生き物を書くのが上手くて、表題作でもタッタという、犬や猫と同じ位の大きさの愛玩動物(田舎の人は食べたりもする)が出てくる。なんとなく、ショーン・タンの『アライバル』に出てくる生き物を想像した。毛が生えているらしいからちょっと違うけど、奇妙で不気味でしかも愛らしいイメージ。
表題作は家業を手伝ってくれた研修生の外国人女性と結婚した男が、彼女の希望で、彼女がかつて住んでいた町を二人で訪ねる話なのだが、その家業が何なのか、彼女はどこの国の人なのか(中国人みたいだけど)、その町はどこなのか、全ては曖昧にしてある。はっきり書いて、きちんとオチをつけたら、ホラーかSFミステリになりそうな話なのだが、それがないので、多分大抵の読者は置いてきぼりをくらったような気持ちになるのではないか。
高山羽根子はこういう書き方をする作家であり、私はその書き方も含めて好きだが、今回はそれでもちょっと置いてかれた感があった。
小翠(シャオツイ)という女性が子供の頃に住んでいた島で体験した出来事が、また、地図から消された町がどう全体に繋がって行くのか、たとえきっちりわけが分からなくとも、何らかの意味が感じられれば良かったのだが、よく分からなかった。私の読みが浅いからかもしれない。
表題作が中編くらいのボリュームで、あと二つ「蝦蟇雨」「リアリティ・ショウ」という短編が入っている。「リアリティ・ショウ」は現代を風刺したディストピアものという感じで、以前他の作品を読んで感じた諸星大二郎っぽさが強い。「商社の赤い花」的な。
全体に嫌いではないが、次の作品に期待したい、と思ってしまった。
Posted by ブクログ
中短編集。SF?ファンタジー?
『行き先は特異点』で「太陽の側の島」を読んだだけの著者。
第一印象から変わらず、ノスタルジックで奇妙な雰囲気の作風。
表題作は、最後まで謎だらけのまま終わる不思議なお話。ホラーチックなシーンがあったり、民俗学・生物学的な謎があったり。とにかく変な作品という印象が強い。
個人的には、「蝦蟇雨」の不条理な世界観と清らかな描写が絶妙で、とても好み。
この著者の作品は、自分で想像を膨らませながら読むのが良いのかな?