【感想・ネタバレ】恋愛制度、束縛の2500年史~古代ギリシャ・ローマから現代日本まで~のレビュー

あらすじ

【悲報】日本人、恋愛もガラパゴス化していた?! ――西欧の恋愛制度が確立していく歴史を追うとともに、それが日本に輸入され、いかに変質したのかを、気鋭のプルースト研究者が軽妙な筆致で綴る。 古代ギリシャ、古代ローマの恋愛/キリスト教と恋愛/中世宮廷恋愛/ロマンティックラブとは?/明治期から大正期にかけて――日本における「恋愛」の輸入/西欧における恋愛肯定論と否定論、精神分析のヴィジョン/現代日本の恋愛

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Posted by ブクログ

ネタバレ

最近ジェンダーや環境の性格形成への影響、その時代変化など知りたいと思ってたので、恋愛制度の変化というより、価値観の違いに興味をもって読んだ。図書室で発掘。

やはり時代、場所によって恋愛、また結婚の制度は様々であり、その「型」にはまって人間は生きている。
恋愛=結婚ではないし、恋愛に肉体的欲望を結びつけなかったり、過去に同性愛が推奨されたりした世界もあった。
戦国時代なのか、貴族社会なのか、政策によって求められる人々の考え方は変わる。
私の価値観は今私が生きている現代日本の「型」である。
他の時代や国の価値観を否定しても、それは自分がその世界に生きていたら当たり前の価値観である。
身近な人々の感覚さえ分からないことがあるのに、その国、時代の人々の感覚は言葉で説明することは難しい。

倫理の教科書で理解出来なかった、恋愛は自分が幼い時の親のイメージを追い求めてするものというフロイトの考えがわかったし、納得した。

これからの恋愛がどうなっていくのかワクワクする。
もしかしたら
結婚制度が無くなるかもしれない。
浮気がいけないことでなくなるかもしれない。
自分の生きる世界の当たり前を、自分を正当化する理由にすることは正しいのか。
相手の価値観とのすり合わせが大切。

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2021年10月13日

Posted by ブクログ

愛とは何か?著者によれば、仏教的にもキリスト教的にも、そこから生まれたロマン主義的にも束縛。その束縛からいかに逃れるのか、考えさせられるた。日本のキャラ論については、まだ消化不良。

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2018年12月20日

Posted by ブクログ

今の日本の恋愛制度がいかに西欧の過去の恋愛観に影響され、そのごった煮になっているかということを歴史的に辿った本。

「ロマンティックラブ」「浮気はいけない」「レディーファースト」といった概念は江戸時代までの日本では見られず、明治以降に西欧から輸入された中世宮廷恋愛やロマン主義的な価値観に影響されたものだ。

それまでの日本は「農村では盆踊りで乱交」「夜這いでできた誰の子かわからん」「できた子どもを村のみんなで育てる」「村にはおばさんが性の指南役をしていて、若者の筆下ろしを手伝う習慣がある」みたいなことが当たり前で、明治以降の文明開花によって「なんて野蛮な。なんて恥ずかしい。これはヨーロッパの人たちにはお見せできない。日本の劣った文化、風習である」と考えるようになったらしい。

こうしたヨーロッパ・コンプレックスの裏返しとして、当時の知識人たちは恋愛宗教の信者になったふりをしていったのだが、古代ギリシャ時代から2000年以上の年月をかけて築かれたヨーロッパ流の恋愛制度をすぐに昇華できるわけもなく….

ーーーーーーー一以下、抜書きーーーーーーーー
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西欧には西欧の歴史があって「恋愛」というものがあるのに、日本はそんな歴史を無視して、西欧の恋愛をごちゃっと輸入してしまった、というのが本書の主張の一つです。
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つまり、日本語に、「ジュ・トゥ・エム(続けて発音し『ジュテーム』となる)」に対応する表現はないと言っていいでしょう。「ジュ・トゥ・エム」は「愛してる」とは訳せない。後に見るように、明治、大正期の知識人は、これが訳せなくて苦しんだわけですが、今でも事情は大して変わっていません。言い換えれば、「ジュテーム(私はあなたを愛してる)」が表現するような「フランス的愛」、さらにはヨーロッパにおける「愛」と、日本における「愛」とは、言葉の用法が違い、使う場面が違うので、必然的にその意味もどこか違ってくる、ということになります。
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日本人は外来のものが好きで、特に知識人は文化先進国の思想を輸入して、権威づけに利用する、ということをもう 1000年以上続けています。そのように輸入された思想、概念は、古来日本的なものとあまり相性が良くないのですが、日本という文化空間は不思議なもので、それらがあまり反発し合うことなく、自然に同居してしまうのです。
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そんなジェンダー論、クイア論が好んで参照するのが古代ギリシャの愛です。なぜかというと、古代ギリシャでは、愛の形が今とはだいぶ違っていて、現代の人はみんなびっくりするからです。 先回りして言ってしまうと、古代ギリシャのある地域では、立派な成人男性は今でいう「ゲイ」でなければいけませんでした。立派な少年は立派な大人と寝るのが普通だったんですね。そして、大人になれば少年を愛するのが普通だった。立派な男だった。男とはそうあるべきだった。そんな歴史があります。
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古代ギリシャでは花の代わりに鶏だったんですね。鶏をあげるのは、告白の一般的な形式で、お目当ての少年を口説く時にはよくある贈り物だったのです。
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ローマ研究の権威、ポール・ヴェーヌなどは、ローマ人の「強姦力」なんて言い方をしています。経済力で男の価値を測る、という基準が現在のジェンダーにはありますが、経済力の代わりに「強姦力」だったわけです。
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ヨーロッパにあって、この性的快楽の追求が罪である、という考え方は長らく続く習慣で、長い歴史を通して彼らにとっての「自然な」考え方になっていきました。これは、キリスト教でいきなり出てきたわけではなく、古代ギリシャから、ストア主義の考え方、グノーシス主義、などを経て、キリスト教で総括され、長い間人々の考え方の基礎となった、と言われています。
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中世宮廷恋愛からは、女性のワガママを聞いてあげてこそ立派な男、というジェンダー観が立ち上がります。逆に女性は、命を賭けて自分の欲望を満たしてくれる男、「本当に」私を愛してくれる男を見つけてこそ、立派な女である、という価値観が持ち上がります。こうして生まれたのが、レディファーストの伝統です。  
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19世紀のロマン主義の出現とともに、恋愛が理性の側から狂気の、情熱恋愛の方にシフトします。そのような経緯から、恋愛に情熱的で狂気に陥るくらいのすごい価値が付与されて、恋愛至上主義が生まれていきます。
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イデア論やギリシャ、ローマ神話、キリスト教の神の次元、そんなものが一体となり、革命を経たロマン主義によって、こうした「崇高さ」ができあがります。この「崇高なもの」ですが、実は当時の日本人にはさっぱりわかりませんでした。
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性愛のパワーは、とにかくものすごいので、それをコントロールする枠は必要でしょう。だからこそ恋愛の制度は必要だともいえます。同時に、恋愛制度の歴史を見ることは、なんらかの制度から解放の可能性にもつながるはずです。

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2024年07月07日

Posted by ブクログ

ロマンティックラブの成立から日本への入り込みの節が白眉。現代日本恋愛の解釈がキャラ論のみで手薄なのがマイナス。熱海のゲストハウスで出会った恋愛カウンセラーのお兄さんの良いオススメ。

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2021年05月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

日本の「恋愛」は欧米のそれとは異質なものである。欧米恋愛観は歴史の変遷に伴って変化し、今の形があるのに、日本はその土壌を無視して輸入してしまった。らしい。
人を愛する気持ちは人類共通だと思っていたので、恋愛の枠組みさえ文化に決定されているというのは非常に衝撃的だった。

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2019年07月26日

読みやすく面白い

日本が恋愛を取り入れるまでの流れが詳しく書かれている。
話し言葉で読みやすい。

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2019年01月30日

Posted by ブクログ

古代ギリシャ時代にふつうだった、男性が少年を愛する恋愛、イデアの恋愛からはじまり、ローマ時代の価値観としての女性をモノ扱いとする恋愛を解説し、続いてキリスト教による禁欲的な恋愛(神への愛が根本)、騎士道的な中世宮廷恋愛(女性への献身的な精神的愛)、それが発展したロマンティックラブへと西欧での恋愛の歴史を追っていきます。それから恋愛が日本に輸入されて当時の日本人の知識人が格闘しながら不完全な形で一般化をみる過程を見て(日本には色恋という独自の性愛観があったので、西欧から輸入された恋愛は誤解されて普及していく)、現代日本で一般的なキャラ文化などを考えながら恋愛状況を考察する本でした。

愛や恋というものは、自然と人間の内側から湧き上がるようなものなのに、それを西洋人は言葉で論理的に体系化しようとします。なんでも言葉でつまびらかにできる、という態度が西洋文化の特徴です。それがゆえに、恋愛もまたその時代その時代で言葉で意味づけられて制度されてしまいます。「恋愛とはこうであるべき」と決めてつけてしまうので、恋愛は束縛され、恋愛感情は抑圧されてしまう。窮屈なのだけど、それがその時代の空気なので「当たり前」となってしまい、疑義を挟む余地もないどころか、下手をすると疑いの想いも浮かんでこないことになります(これは現代も同じで、私たちには気づけないような現代ならではのおかしな点というのは必ずあります)。

さて。女性の商品化批判としてアイドルのあり方が書かれていました。可愛さを追求するのがよからぬジェンダー教育になってもいて、これによって女性のモノ化が進む、と。でも実際、アイドルファンはもっと人という存在を愛でているのではないでしょうか。尊い、なんて言葉を使うくらいですし。女性アイドルの在り方を女性ファンがその可愛さにつられて真似をしたりするというのはジェンダー教育としてのモノ化につながる面はあるのでしょうけど、そういった面にとどまらないファンは多い気がします。

次に興味深かったのが、「重い愛」について。「重い愛」なんて言い方のある愛情がありますよね。では、軽い愛ってなんなのでしょうか。相手がちょっと壊れたり劣化したりしたら取り替え可能な、ポイ捨てできる関係としての愛でしょうか。それだったら確かに軽い愛といえます。そんな軽い愛こそが重宝されがちなのはやっぱり身軽でいたいからなのかな、と思えたり。それは人間性を見ているのではなく商品として見ているのだ書かれていました。

「重い愛」にもいろいろあって、不安から来る束縛という手段を取るケースは多いのかもしれません。また、これも不安から来ると思うのですが自己中による重い愛もありますし、ブレーキが効かなくなってストーカーになる重い愛もあります。こういった重さと軽い愛との間の領域が丁度いいのでしょうか。自律できる、つまり制御が利く範囲で関係性を育んでいけるものが理想かもしれません。これが、恋情がつよい段階だと制御がままならなくなってあと先考えられずに突き進むことがあります。こう考えていくと、愛は衝動ではないし、恋は衝動であるし、となりますね。

次に「へぇ!」と声が出そうになったトピックはキスの起源についてのもの。奥さんが飲酒していないかをチェックするために生まれた手段がキスだったというのです。ときはローマ時代で、車を運転するわけでもないのにどうして飲酒の是非を確かめたのかというと、女性が酒を飲むと堕落していろんな男と浮気をするからだと信じられていたからだそう。そうやって発明されたキスが、それ以上の行為になったのですから、人間は甘美さに負けた、ということでしょうか?

最後に。現代日本人の「キャラ化」についての部分で考えたことを。日本人、とくに若い人のなかで当たり前になっている「キャラ」を持つ生き方。また、西欧から輸入されながらも個が確立していないがために誤解されガラパゴス化した日本人の恋愛。そして日本の知的層でやたら流行ったポストモダン。これらはすべて表層的なものであり、いわゆる「バブル」と喩えても的外れではない感じがします。

どうしてこんなに表層的で吹けば飛ぶような在りようなんだろうか、と考えてみて思い出すのは、「ヨーロッパは石の文化で、日本は紙の文化」というさるミュージシャンが以前ぼそっと語っていた見方でした。西欧は石で構築するスタイルだから、どんどん積み上げていきます。かたや日本は木や紙の文化であり積み上げたりはしません。その違いがあるんです。

日本でも城は石造りだけれど(石垣だけかもしれませんが)、江戸時代なんかの町並みを考えれば木や紙の文化といっていいのだと思います。そういった文化、環境に住まうことによってできあがる精神性があるでしょう。また、地震や台風などの猛烈な自然災害に見舞われやすい風土からも、積み上げていく姿勢への諦めがあるかもしれませんよね。

「バブル」という表層的でもろい在り方のものを扱うのって、日本人らしいんだろうなあ、と。バブル経済という在り方も日本人の精神性と親和性があったんじゃないかなあと考えてしまいました。浮き世ですね。



では、引用をひとつ。恋愛方面での理想主義の話です。
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 世紀病とは、一言で言うと、単なる憂鬱な気分のことですが、ロマン主義者たちにかなりの程度共有された感覚で、ロマン主義的な考え方の一つの特徴です。
 平たく言えば、ロマン主義は、とんでもない理想の世界、イデアの世界に憧れます。いわゆる「中二病」もびっくりの、激しい理想主義です。当然、それだけ激しい理想を胸に抱けば、現実は絶えざる幻滅の世界ということになります。ここでロマン主義者は憂鬱になるのですね。これが世紀病です。
 言ってみれば、自分で理想を立ち上げたはいいけれど、現実の中ではその実現は難しいので、幻滅の連続となりヘソを曲げている、と思っておけば外れてはいません。
 現代日本語に翻訳するなら、夢見るヘタレ、恋愛系引きこもり、とでも言いたいところです。
 ただその理想のあり方、夢想の肯定の凄まじさは、なかなか日本人には理解し難いところがあります。しかもそれを自己正当化するので、ある意味で手に負えないところがあります。(p219)
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→恋愛に限らず、理想主義者ってこうだなあ、と気づける箇所でした。というか、こういうタイプの人ってまあまあ見受けられますが、みんな理想主義者だったんだな、と気づけるといったほうがよさそうです。理想ばかり見ていると、それを自己正当化してしまい、迷惑な人になってしまいます。

といったところです。総合的にいうと、著者の言い分や分析をそのまま飲み込めないところはけっこうありました。それでも、「なるほど!」と考えさせられる箇所も多く、学びは多かったです。あと、ここには書きませんが、本書の後半にあるスタンダールとプルーストの恋愛観の違いについてのところはなかなかおもしろかったです。

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2026年05月22日

Posted by ブクログ

恋愛というものがどう生まれ、どう世界で扱われてきたか
恋愛という概念が日本に入ってきて今に至るまでどう変化してきたか
内容というかテーマはとても興味深くておもしろかったんだけど、恋愛を歌った歌詞を取り上げておいてそれが女性歌手ばかりなのはどうなん?という気持ちになった
だったら男性歌手の歌ものせんかい!それにその歌詞の取り上げ方とか指摘も、なんというかズレてるなーという印象なので、批評したいならもうちょっとちゃんとやってください

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2026年03月23日

Posted by ブクログ

あとがき「古代ギリシャ、ローマからキリスト教、中世宮廷恋愛、ロマン主義的恋愛というヨーロッ パの恋愛制度の発展、そしてそれが日本に入ってきて、ヨーロッパのロマン主義的恋愛に圧 倒されつつも、奇妙に混ざり合い、日本の恋愛制度が独自に発展してきた過程」
期待せずに読んだが結構充実。
軽めの文体の割に引用や参考も多く、中世西洋の宮廷恋愛からロマンティック・ラブに通じるロマン派の各国の需要と西洋的価値観転換の契機となった流れなどイメージし易い。著者はプルーストを中心とした19世紀フランス文学の専門家だそう。

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2026年03月14日

Posted by ブクログ

「恋愛」に制度!?

現代を生きる自分には、正直ピンとこないタイトル。

古代ギリシャから現代日本に至るまで、「〜だと思わなくちゃいけない」という
心理的束縛が存在し、恋愛の制度化という罠が常にあることに対して著者は警報を鳴らしている。

"正しい"「恋愛」は、人生を豊かにするうえで欠かせないドラマ。

恋愛感の歴史的展開やヨーロッパと日本の比較から、自分なりの「恋愛」の答えを再確認してみては?

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2021年02月20日

Posted by ブクログ

恋愛・セックスの文学史。ってな感じ。類書がないのでとてもえらい。



まあこうなるだろうな、っていう並び。オウィディウスやカペラーヌスの内容とか新書レベルで紹介してるのははじめてちゃうかな。どれくらい本気なのかわからんけど、がんばってほしい。小谷野先生とかに対してはリファレンスするべきじゃないかな。文献リストは項目ごとの脚注みたいな形で、リストはなくて見通しがわるい。でもこれでかなりこの分野の理解が進むね。偉い。



検討中。うしろの方はすこし問題があるように思う。



というか、なんでもかんでも「似たようなもの」になってしまう。それでいいのだろうか。

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2020年06月15日

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