あらすじ
「念仏を称えれば、死後には阿弥陀仏の本願力に乗じて、善人も悪人も平等に西方の極楽浄土に往生すると説く浄土教。死を直視する教えはどのように変容してきたのか。インドで誕生したブッダの教えが、その後中国から日本に伝わり、法然により大きく展開された。結節点である法然を軸に浄土教の教えに迫りつつ、死を隠蔽し、科学の知を万能視して自我の肥大化が進行する、苦悩に満ちた現代社会を強かに生き抜くヒントを提供する。
序 章 現代社会における浄土教の意義
第一章 インド仏教史
第二章 浄土教の誕生
第三章 インドと中国における浄土教の解釈
第四章 鎌倉時代までの日本仏教
第五章 法然の浄土教
第六章 親鸞の浄土教
第七章 一遍の浄土教
第八章 近代以降の浄土教
終 章 浄土教が浄土教であるために
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Posted by ブクログ
インド、中国、日本の三国における浄土思想の展開を概観している本です。日本にかんしては、大きな発展の見られない近世は省略される一方で、近代における動向についても簡単にではあるものの説明がなされています。
もちろん浄土思想を紹介することが本書のねらいですが、大乗仏教の成立や日本における仏教の受容についても一通りの説明がなされており、仏教についてなにも知らない読者が、とりあえず浄土思想にかんする全体像を把握することができるように書かれています。おおむね仏教学の研究者らしい客観的な解説とみなすことができますが、「はじめに」で著者が述べているように、法然によって理解された浄土教の「選択」の思想が、大きなターニング・ポイントになっているという見かたが採用されています。
またその一方で、現代を生きる人びとにとって、浄土思想や仏教そのものがいったいどのような意義をもっているのかという問いに対する、著者自身の考えも盛り込まれています。そして、曾我量深や金子大栄らが「異安心」を弾劾されたのに対して、現代の宗門からは「異安心」が問題にならない現状は、宗門の伝統に挑戦するようなあらたな思想的立場が生まれていないということではないかという問いを提出し、現代における浄土思想の停滞を打ち破るような、浄土思想およぶ仏教の活性化が実現されることへの期待を語っています。