あらすじ
恋と政治に揺れる東大生を活写した青春小説。
昭和20年代後半、文学への志を抱えながらも東大・経済学部に進んだ倉沢明史は検事である父の呪縛に抗いながら、己が人生を模索していた。
朝鮮戦争、血のメーデー事件、米国によるMSA援助の見返りとしての日本の再軍備問題と、時代は熱い政治の季節――。
その一方で家庭教師先の人妻・麻子に胸を焦がし、自らの欲望に悶々とする。そして、失ったはずのかつての恋人・棗との再会。
“内向の世代”を代表する作家・黒井千次が「春の道標」の後日譚として、彷徨する生真面目な青年の内面を繊細に描いた自伝的青春小説の完結編。復刻記念に著者のあとがきを特別収録。
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Posted by ブクログ
中盤で明史と木賊がザインとゾルレンについて話し合い、「とにかく、切実なものだけが切実なんだよな。」「同義反復には、常に多少の真実が含まれているからな。」というやり取りが印象的だった。
全体としては棗がやや虫が良すぎるのではと感じたが、それは終始主人公の明史にも言えるし、その我儘さや苦悩こそが青春の色なんだなとも感じ腑に落ちた。
前作の『春の道標』に引き続き、とても楽しく読むことができた。
Posted by ブクログ
主人公は大学生で、家庭教師先の人妻に心惹かれる(というかほとんど欲情という感じ)。それは、高校時代におそらく大恋愛の結果別れてしまった恋人への喪失感ゆえの反動と言えなくもない。また、時勢は日本の再軍備に反対する学生運動が活発な頃で、主人公は学生運動に身を置かねば「ならない」と思っているのだが、どうしても思い切った行動が取れず、「安全な」後方支援的な活動にとどまっている。父親が検事であり国家権力側の人間であることから、父親への反発心もある一方で、万一逮捕された時の父親が失職するかもしれないという可能性への恐れもある。また、それ以外の要素として主人公は小説を書こうと同人誌活動も行なっているものの、そちらもやはりどっちつかずの印象が否めない。
政治的活動に関心があり、文学的野心で何か成し遂げてやろうという気持ちもある。父親への反発から父とは別の方向に進みたい。一方で踏み出しきれず、家庭教師先の人妻へのことで頭がいっぱいになっている。後半はさらに、別れたはずの元恋人も戻り、肉体的な関係にもなるところで物語は終わる。
このような迷いや人間的な弱さは、おそらく誰もが学生時代に感じるところであり、特に東大生として何かやらなければという筋違いの使命感のようなものは、個人的にも共感できるところが多かった。政治的にも文学的活動にも身が入らず、結局のところ女のことで頭がいっぱいなのである。
しかも、再軍備反対にも理論的というより、徴兵制になり自身の身が危ういという危機感が根底にあるようで、あくまで個人的な動機が中心なのではないかと思った。
もちろんそうした不徹底さこそが大学生なるものであるという点で面白かったのだが、小説としては女性関係に筆を割きすぎではないだろうか。また、人妻も元恋人もやや物分かりが良すぎるようにも思う。あくまで主人公の内面においての苦悩の様子が詳しく書かれていたが、特に父や、元恋人と論争したりする場面はあまりなかった。前作に当たる小説にそれが描かれているのかもしれないが。
しかしいずれにせよ、自分自身の学生時代を振り返ってみると、それでもこの小説の主人公の方が、十分に政治的文学的に活動を行なっている。時代背景だろうか。いや単に、自分が情けないだけだろう。