あらすじ
本書は、マスクの伝記ではない。
彼の動きとその背景を読み解くことで、21世紀の産業・社会が予想外に速く
構造転換しつつあることを浮き彫りにするものだ。
地球の温暖化防止と火星への移住法の確保という人類規模の壮大な目標を掲げるその個性は
現代の起業家の中でも突出している。
ベンチャーとしては極度にリスクの高い重厚長大産業で新たな手法に次々に挑み、
米国のものづくり復権の最先端を走る。
「マスク・エフェクト」は単に自動車や宇宙産業の中にとどまらず、
広く交通、エネルギーのインフラ、都市開発全体、さらには政治にまで及ぶ。
本書はマスク本人の素顔からその影響までを幅広く描き、
社会の変化の方向性を見極める助けとなることを企図している。
マスク本人についての書籍は、すでに何冊か出ている。
しかし、シリコンバレーの空気感や時代背景、マスクのインパクトまで分析した本はまだない。
「日経の現地特派員」ならではの視座にもとづいた力作だ。
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Posted by ブクログ
マスク氏が見据えている遠い未来とは一体どんな世界なのだろうか。彼が稀代の天才であることは間違いない。
1990年代、インターネット勃興期の情報化革命から時を経て、現在に至っているという今の社会。
GAFAMやBATなどの巨大企業が、システムやソフトウェアによって世界を席巻した。
一方、マスク氏が活動している拠点は、いわゆる昔ながらの製造業の世界だ。
しかし当然彼が目指しているのは、製造業ではないし、モノづくりだけではない。
大きな目的があってそれを実現するためには、超進化したソフトとハードが必要となるために、同時にそれらを作っているということだと思う。
例えばテスラ社を「電気自動車を製造販売する会社」とだけで認識していると、完全に見誤ってしまう。
例えばテスラであれば「超自動化された自動車工場そのものが事業の核である」とマスク氏自身が豪語している。
別な場所では堀江貴文氏が「テスラの本質はバッテリーマネジメント会社」と言っていたのも核心を突いている。
これだけを見てもただの電気自動車会社ではないのが分かる。
マスク氏は、一つのテクニカルな要素を徹底的に横展開することが特長だが、そこが正に彼の天才と言える所以だ。
実際にテスラの技術は、宇宙ロケットでも、太陽光発電でも、地下採掘でも活かされている。
ソフトウェアを効率的に利用するのはイメージがつかめるが、ハードウェアについてもその技術が横展開されている点が非常に面白い。
特に宇宙事業については、すべて最先端の技術が使われる訳で、それは制御されるシステムから、機器から、実際にロケットに使用される素材にまで多岐に渡る。
この技術は当然テスラの自動車に有効的に活用できるものは多いと思う。
もちろんそれだけでなく、製造のために数々のロボットを作成し、自動化を図る訳であるが、このロボットシステム自体が大きな可能性を秘めている。
如何に人間を介在させずに、ロボットだけで自動化するのか。
これが実現した時には、単なる専門ロボットということでなく、汎用性を持ったロボットが出来上がるだろう。
それはまさにマスク氏の描く未来世界である。
ロボットがロボットを製造し、ロボットがロボットのメンテナンスをする。
それらロボットが数々の自動車やロケットを生み出していく。
マスクが手掛ける事業は、1990年代からの情報化(ソフトウェア)の流れとは、完全に異なるまた別の流れだ。
だからこそマスク氏は事業の核を、全く別の視点で見ていると言えるのだ。
誰が汎用性ロボットを最初に作り出すだろうか。
そこでは難しいハードウェアの部分もあるが、ロボットの頭脳に乗せるAIも大きな要素となる。
マスクはAIの未来について否定的な発言をしたこともある。
しかし一方で、OpenAiの初期段階から関わっていたりと、AIについては我々よりも何手も先を見ているはずだ。
今すぐに汎用型ロボットが出来て、火星に人類が移住することはないかもしれないが、その実現が数十年先程度で実現するとしたら、案外すごい話だ。
もしかするとマスク氏も私自身も生きている間にそんな世界が実現されてしまうかもしれない。
そういう前提でテクノロジーを追いかけていく必要性があるということなのだ。
やはり流れを正しく見ていくことが大事なのだ。
(2023/2/10)
Posted by ブクログ
2020/12/28
イーロン・マスクは起業家精神と技術者としての頭脳を併せ持った稀有な人物。もっと早く知っていれば、テスラに投資したのにと悔やまれます(笑)
Posted by ブクログ
テスラに代表されるイーロンマスクだが、
著書が多角的に分析している様に、
いろいろな世界の最先端の縮図を実現しようとするエネルギーは凄い。
また一口に宇宙と言っても、様々な技術を結集した中で、真に居住地として考えている、世の中の動きにも驚かされた。
その一つ一つの内容の濃さだけでなく、ベージ数も多く、読み進めるのを躊躇してしまうが、
とても読み応えあり、読み終えられて満足感が高い。
著書の構成·編集、非常によく作って戴いたお陰と感謝。
Posted by ブクログ
テスラは巨大な自動車メーカーに成長したが、ちょっと前まで誰もがテスラの成功を信じていなかった。
自動車メーカーの者ほど、テスラの構想を鼻で笑っていた。
「年間1万台の達成が試金石で、それを乗り越えることはできないだろう。
仮にそれを達成しても、年間10万台の達成は、不可能ごとだ。」と。
それが、2023年の販売台数は180万台に達している。
テスラは何故それほど売れたのか?
EVだからではない。
乗りたい車だからだ。
そのために、デザインも性能も妥協しない。
そして、生産に関して、徹底的な革新を実行した。
一度運転してみると、今までの車とは全く違うことが実感できる。
加速は、フェラーリを軽く越える。
ボンネットを開けて、そこに荷物を積むのにも、最初は驚く。
室内のパネルの大きさにもビックリする。
後部座席でもよく見えるようになっているのだ。
ネバダのギガ•ファクトリーでイーロン•マスクと会ったことがある。
その日の午後、会う予定になっていたが、いつ工場に到着するかは、工場の誰も知らなかった。
いつも、一人でフラッと車でやってくるという。
気がつくと、入り口からイーロンがやってくる。
日本の企業だと、大体、運転手が車を運転して、秘書が付き従っている。
それが、イーロンは一人で、自由に行動している。
従業員も他の従業員に挨拶するように「Hi」と手を上げるだけだ。
カリスマ性とかオーラは全く感じさせない。
(スイッチが入った時だけ、爆発的なエネルギーを発揮するようだ)
どこに宿泊しているのか、と工場の人に訊くと、工場に問題がある時は、工場に泊まるという。
部屋にベッドでもあるのか、と訊くと、屋上にテントを張って、必要であれば1週間でも泊まり込んで
解決を図るという。
明らかに、尋常ではない。
その尋常ではないことを本書は、取材に基づいて暴いてゆく。
イーロン•マスクは新たな夢を語る。
だが、その夢は夢ではない。
明確なプログラムに基づいて一歩一歩着実に歩むことで、達成可能な目標となる。
夢を実現可能な目標にするのは、アメリカの知的遺産とパワーを結集するからだ。
そのためには、超人的な努力を必要とする。
それを出来るのは、一人イーロンだけではない。
イーロンのライバルで且つ夢を共有化するジェフ•ベゾスもそうした超人だ。
さらに、イーロンとペイパルを創業し、第一次トランプ政権でマスクの夢を後押しした盟友のピーター•ティールもそうだ。
つまり、イーロンが仮に失速しても、彼の作り出した流れは止まらない、というのが著者の主張だ。
次から次へと「超人」たちが出現して、夢は瞬く間に実現されていく、ことになる。
イーロンの齎した衝撃とは何か?
IT産業が起こした革命を自動車、エネルギー、交通、宇宙、脳科学にもたらし、それぞれの分野で革命の波を作り出したことだ。
アップルの狙っていた自動車、エネルギー管理の分野でイーロンは先行している。
地球を覆うスターリンクは、通信の概念を覆した。
スペースXのロケットは打ち上げられた後、発射台に戻り、コストを大幅に削減した。
今やアメリカ合衆国の宇宙戦略は、NASAでもボーイングでもなく、イーロンによって支えられている。
イーロンは、「工場が最大の製品」と語る。
そのイーロンの途轍もない革新性を、本書ではトヨタを対称軸として描く。
そこでは、残念ながらトヨタは、旧態依然のメーカーでしかない。
テスラの最初の大衆車「モデルS」はギリギリの設計に基づいている。
そのギリギリさの持つリスクを恐れてパナソニックは、リチウム•イオン電池を供給しなかった。
応じたのは三洋だけだった。
(現在、山洋はパナソニックに吸収合併されたので、テスラに電池を供給するのはパナソニックだ)
EVは部品点数の少なさから参入障壁は低いと言われるが、自動運転により複雑性は増す。
(「モデル3」のハンドルは通常よりハンドルよりも小さい。それは、自動運転を想定しているからだ。)
新車の量産は通常半年から一年かかる。
これをテスラは三ヶ月でやろうとする。
マスクの経営は人を追いつめ、通常では考えられない力を発揮させようとする。
(だから、それについていけない従業員はドンドン辞めて行く。だが、テスラで働きたい人は引も切らない)
ネバダ州にあるギガ•ファクトリー。
野生馬(ムスタング)が駆け回る不毛の大地に突如出現するのは、近代的なファクトリーだ。
半分はパナソニックのリチウム•イオン•電池(LiB)の工場。
円筒形のバッテリーは生産されると、中で繋がっているテスラのアセンブリー工場に自動で送られて、そこでEV車に組み込まれる。
稼働前のギガ•ファクトリーでイーロンが自慢していたのは、完全無人工場だった。
本書で語られる、「工場が最大の製品」というのは、そのことだ。
だが、稼働した後に、ギガ•ファクトリーを再訪した時、テスラのアセンブリー工場には、無人工場とは全く異なり、多くの労働者が行き交っていた。
当然、組み立ての部品を運搬する自動運搬機が行き交っている。
自動組み立て設備は、動いていた。
マネジャーは、タブレットを持って、すべての工程に目を配り、ボトルネックが発見されると、すぐそこに向かう。
何かの加減で自動組み立てに不具合が発見した際、マネジャーは即座に労働者を招集、手作業での組み立てを開始し、ボトルネックを解消する。
繊細な組み立て工程は、部品の微妙な差異で上手くいかないことがあるのだ。
ところが、人の手作業は部品の微妙な差異をも見事に乗り越えてみせる。
イーロンは、オートマチックとマニュアルの融合がベストだ、と前言(全オートマチック)を平然と否定してみせる。
これこそ、テスラの凄さだ。
全てを根底から疑い、ベストの回答のためには、過去をも平然と即座に否定することを辞さない。
イーロンの作り出した組織の目的は温暖化を回避し(地球の延命を図って)、火星に移住する体制を整えること。
それを本気で信じている。
従業員の一人一人も信じている。
誰もが、そうした崇高な使命を持って働いていることにプライドを持っている。
「イーロン教」と言っても良いだろう。
崇高な目的を達成するために、技術革新を高速で起こすことが最重要の経営課題なのだ。
組織の保全や利益を出すことは二の次なのだ。
このミッションは、通常の資本主義の企業のミッションとレベルが違う。
そうした企業が次々と生まれて行く。
アメリカのダイナミズムはそこにある。
(追記)2024年のアメリカ大統領選で、リアリズムのビジネスマン、トランプが勝利して、再びアメリカ合衆国を指導することが決まった。
この大統領選で、トランプ勝利に貢献したのがイーロン•マスクだ。
次期トランプ政権の閣僚となることも決まった。
EV補助金削減を政策に掲げるトランプを最大のEVメーカーを率いるイーロンが支援するというのも不思議に思えるが、イーロンの視線は常人の及ばぬ遠い先を見ている。
それは、トランプの見ている将来の、ずっと先のことだ。
イーロンがトランプをどのように操作するのか、見守る必要がある。