あらすじ
元恋人にして同性愛者の親友・圭の死。その真実を知るため衣理奈は、彼を再現した会話BOTと最期の瞬間を疑似体験する。連作5篇。
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Posted by ブクログ
読書備忘録758号。
★★★★★。ちょっと悲しくなったので5つ。
サブタイトルにあるように、グリフォンズ・ガーデンの後日譚短編集です。
知能工学研究所(グリフォンズ・ガーデン)が閉鎖され、有機素子コンピュータは北大工学研究室に移譲された。
そして型番がイッコ進んでいてIDA-Ⅺとなっている。
コンピュータを構成するブレード上で会話プログラム(いわゆる自己学習型AI)が動作しているという背景設定で物語が語られる。コンピュータを管理しているのは南雲薫助教授。
短編が進むに従い時間がちょっとずつ進んでいく形式。
【有機素子ブレードの中】
航空会社が運行する3泊4日の寝台特急。下関⇔釧路を走破する旅。この列車に乗り合わせた北上渉と尾内佳奈。
二人は意気投合して旅を道連れる・・・。
ただ、渉が時々つぶやく・・・。つまらん、とか、彼が設定してるとか・・・。
この時点で気づく。どうやらこれはブレードの中の仮想現実の中。
北大工学研究室のぼくがプログラミングしているようだ。"ぼく"は、助教の南雲薫とAI会話プログラムを使った出会い系サイトを運営しており、年商で億を稼いでいる。バレたら助教をクビになること必至!
そして、仮想現実の渉はどうやら、自分がプログラムであり、プログラミングした"ぼく"を意識して行動している。"ぼく"はこのブレードだけ処理が暴走仕掛かっているのを気にしている。バグか?
そして、バグに気が付く!そこは設定していない!
【月の合わせ鏡】
"ぼく"は突然死していた・・・。
プログラミングを没入すると3日徹夜するような不健康な生活が祟り、バグに気が付いた時に心不全に陥ったみたいです。
通信工学専攻の"ぼく"(前話のぼくではない笑)は鏡に写った世界は現在ではないことにこだわる。光には速度があるので、鏡で反射した世界が目に飛び込んでくる時には時間は進んでいると。過去が写し出されていると。
この合わせ鏡を無限に繰り返すと・・・。
"ぼく"は南雲のところを訪れ、ブレードにこの世界を構築する提案をする。南雲のところで契約社員として働いているのは尾内佳奈(笑)。"ぼく"と付き合っている。
ただ、この短編の本当の物語は南雲がキーボードで会話している"ナチュラル"と呼んでいる会話プログラムの存在。南雲は突然死した唯一無二のパートナーであった"ぼく"をAI生成したのだ。その会話、友人との会話から離れられない南雲薫、過去に雁字搦めとなり前に進めない悲しさが主題だ。
【プラネタリウムの外側】
工学部の佐伯衣理奈。
教授の藤野奈緒に会話プログラムを作りたいと相談する。ここで藤野奈緒登場!グリフォンズ・ガーデンで主人公の上司だった女性ですね。どうやら、主人公と結婚して幸せに暮らしている模様・・・。笑
奈緒は、衣理奈に南雲のところに行けと指示する。
そして、南雲は不承不承、衣理奈の要望を受けいれてブレードを一つ割り当てる。
そこにプログラミングしたAIは自殺した友人、川原圭であった。衣理奈と圭は高校時代交際したが別れた。そして大学では恋愛以上の友人関係を構築した。そう、圭は同性愛者だった・・・。圭には気になる男性がいたが、そいつはどうしようもないやつ。告白したい圭を引き留める衣理奈。しかし、圭は告白してしまい、結果、瞬く間に圭が同性愛者であることが学内に広まった。
そして圭は札幌駅で電車に飛び込んだ・・・。
圭の自殺を思い留まらせたい!その一心で圭のAIと会話する衣理奈。しかし、なんどやってもプログラムは強制終了してしまう。要するにプログラムの自死。
このままでは、衣理奈は永遠にこの無限ループから抜け出せなくなる。衣理奈を救うために"ナチュラル"が書き換えた。衣理奈を無限ループから救い出す。同時にそれは過去に雁字搦めになっている南雲を救うためでもあった。
プラネタリウムという天動説の世界と、その外側である地動説の世界。う~ん!深い!
【忘却のワクチン】
経済学部の"ぼく"。高校時代の彼女だった香織のリベンジポルノがネットに拡散された。
"ぼく"はなんとかそれを消したい。どだいそんなことは無理。いろいろ相談したが、無理と断られる。唯一無理と言わなかったのは工学部の佐伯衣理奈。
南雲と相談する。南雲はナチュラルと相談する。
消去の方法はあった。それは人間が記録をコンピュータに依存し、それを元に記憶を保っている構造を逆手に使った驚くべき方法。ウィルス+対処ワクチンによる記録の消去と、人々の記憶の改竄であった。
これはAIが人間の心に踏み込む禁忌であった・・・。
【夢であう人々の領分】
出会い系サイトを運営する南雲と佳奈と衣理奈。
3人は社員旅行として、釧路から下関の寝台特急を楽しむことにした。しかしそれは別の目的もあった。
偶然ではなく乗り合わせた奈緒。
AIがヒトの心の領分に踏み込む禁忌を危惧し、出会い系サイトの閉鎖と、IDA-Ⅺの初期化の命令であった。
そして初期化。南雲はつぶやく。ここは設定しているか?と。
素晴らしい幾何学的恋愛小説でした。
現実と仮想現実がフラクタル構造になっており、工学系の読者の心を鷲掴みにする。それでいて、切ない恋愛小説。なかでも表題作が圧巻。
ただ、男がモテすぎるのがちょっと嫌ですね!笑
Posted by ブクログ
やはりこの人の書く小説好きや……(T_T)
恋愛小説を読んだ経験はそんなに多くないけど、男性で、しかも自分よりもさらに上の世代の人が書く恋愛のお話で、嫌な感じとか気持ち悪さとかをこんなにもほとんど感じないというのは、私からしたら本当に凄いことではと思っている。個人的に感性が合うみたいなんもあるんやろうなと、以前『未必のマクベス』読んだときに思ったのを思い出す。あとこの物語全体の感じが、何となく掴み切れない空気感というか何というか、私なりに言葉にすると「輪郭の曖昧な空間感(?)」みたいなものが、『未必のマクベス』と共通してるように感じられた。
この話は単語とか概念がちょっと専門的で難しかった。特にⅴ(5章)での南雲薫と奈緒ちゃんとのやり取りでクライマックス感溢れる中、ググったりもしつつ自分なりには理解しながら読んだけど、もう少しで良いから専門的なことわかればもっと面白さ深まるやろうにと思ってた。ただ、最後に解説を読んで、まあこれで悪くはなかったんかなとは思った。あと『グリフォンズ・ガーデン』は未読やから、それ読んだらもう少しわかるんかなと思ったりも。続きってことも知らんかったし。
その難しさに加えて話の設定をまだ理解できていないせいでⅰ(1章)はちょっととっつきにくかったけど、その途中でしばらく放置してしまってたから、結局何となく理解した上でもっかい最初から読み直して、それがちょうど良かった。
そしてその1章から、♭と♮が逆なのでは…?とずっと気になってた(♮が元に戻すマークなんやから、普通は現実世界が♮なんじゃないの的な)。そしてそして♮について、意味は昔のピアノの記憶で覚えてたけど読み方が全然思い出せなかった。けどまあ読み方なんかいっかと思いながらずっと読み進めて、中盤から終盤にかけての頃にやっぱり気になって調べたら「ナチュラル」でひぇ…となった。なるほど。それで♭と♮を再確認した。なるほど。
ⅲに入る頃から、この有機素子コンピュータに深く(?)関わった人たちの人生が少しずつ狂っていく系の話?とか思って読んでた。ⅲに入ってぐっと読みやすくなったなと思ってたのに、ⅱの内容そのものが無かったことになってるみたいになってて、怖い怖い怖い…!てなって。それで衣理奈ちゃんも同じように消えて(?)しまうんかなとか思ってたらそうはならずほっとしたというか何というか。南雲薫(とナチュラル)が救った(?)のか?とか。そしたら今度は名前のない人が消える(?)んか?てことはⅳの彼は危ないのか??とか。色々考えてた。そうしたらその「怖い怖い怖い…!」の裏側?黒幕?が判明して種明かしがあってびっくり。怖いこと言うてるーーーーーー。
改めて、ⅴのクライマックス感良かったな。奈緒ちゃん良いよね(ⅳのメールのとこが一番良かったけど)。読んでて楽しかったし、読み終わりに向けて自分までそわそわしてしまった。ある研究者が自分の死後もコンピュータの中に生き続けて、(ともすれば生きてるとき以上の能力で)人々を操っていく話?もはや読んでる側までそれにしばらく気づかずに読んでる話?とか何か色んなこと考えながら読んでたなあ。解説でもうちょい専門的なこと書かれてるかと思ってたけどそうでもなくて、結局自分の読み方も一般的なレベル感(?)ぐらいなんかな。ただ解説の最初に書かれてる早瀬耕への評価はうんうんという感じ。わかる。そこが良いよね。
フラクタルねぇ。なるほどなぁ。北海道も富山も詳しくないけど、函館の描写だけ唯一ちょっとだけわかったの嬉しかった。南雲薫の最初の彼女と衣理奈ちゃんのやりとりの件も、『グリフォンズ・ガーデン』読んだらわかるようになってるんだろうか。早く読みたい。
Posted by ブクログ
専門的なはなしは、こんなかんじかな〜と想像と雰囲気で。
話していることは難解だけれど、AIをつくろうとする工学者って、みんなロマンチストなんだろうな、と親近感が湧く。
「無」ではなく「不在」になった、というのが印象的。けっきょくナチュラルはどうなったのか…
Posted by ブクログ
文系脳には馴染みのない単語や難解な内容も多いものの、その分を差し引いても、文学作品として純粋に楽しめました。0と1の狭間の世界というか、虚構と現実の境界が曖昧というか、この不安定な雰囲気が不思議と快いというか、すんなり受け入れられます。筆者の他の作品も読んでみたくなりました。
「ナチュラル」とのメッセージのやりとりが、どこかうすら寒く、ゾクリとさせられること度々……うーん、セリフ回しも巧妙だなぁ。
Posted by ブクログ
惚れた、のひと言に尽きます。気持ちの良いSF連作短篇。なんか村上春樹ぽいとか伊坂幸太郎ぽいとかって評価がちらちら見えますけど…うーん? 色恋を観念的に書いたら全部そう見えるの? 他に読むもんねぇの? って感じ← ナデシコとエヴァくらい違うわ、っていうのは個人的に使い古された比喩だけれど、あの時代にある種両極端に見えるふたつのアニメが作られて、ひとつは制作会社が吸収合併されてもうひとつはまだまだ健在、というのが00年代の流れを象徴してるよなぁ、とか解ったふうな口を利いてみる。いろんな業界が受け手を育て損ねてんだよね要するにさ。
あれ? レヴューどこいった?
年月を経たときにチープになってしまわないか、というのが、先進的な領域を扱った小説に付いて回る心配事だと思っていたけれど、時代を跨いで名作と呼ばれるものを読んでいると、結局のところ技術や現象の真新しさを売りにしているものでなければ、その物語を編む論理体系の新しさは古びないのだ。
SF、とミステリ、を行ったり来たりしているこの頃ですが、論理的であるということ、論理的に物事を解体していくこと、それが楽しくて読んでんだな、というのを再認識しています。
『グリフォンズ・ガーデン』買いました。てへ。