【感想・ネタバレ】大間違いの織田信長のレビュー

ユーザーレビュー

Posted by ブクログ 2020年01月27日

以下、本書より。

【本能寺の変の黒幕は誰か】
最近の学界では、長曽我部元親黒幕説が有力視されています。
本能寺の変は、黒幕がいたのか否かの他に、光秀の動機が謎とされています。
その有力な動機として、信長の四国政策の変更を多くの人が主張しています。
曰く、それまで信長は明智光秀を取次とし、長曽我部と...続きを読むの連携で「四国切り取り次第」としてきた。
ところが、羽柴秀吉の仲介で敵であった三好を重視するようになり、遂には長曽我部打倒作戦を発動するに至る。
ここに光秀の面目は丸つぶれ、秀吉に出世競争で抜かれると思った光秀は将来を不安視し、謀反を起こすに至った。
さらに念入りに、光秀の年齢は通説の五十五歳ではなく、六十七歳だった。
人生の終焉を前にして、子孫の将来に不安を抱いていた、と付け加えられたりします。

申し訳ないですが、こんな動機で殺されたなら、信長に同情します。
これでは戦国時代どころか、現代日本のサラリーマンも勤まらないでしょう。
私自身がこの目で見聞した話ですが、「二秒で経営方針を変える会長」も、「十二時間に一回、敵と味方が入れ替わる社長」も実在します。
信長のみならず光秀だって、あの世から名誉棄損訴訟を起こしたいでしょう。
「俺は、そんなにヤワな人間ではない」と。
戦国時代なのですから、強くなりすぎた長曽我部を叩く方針に切り替えるなど、不思議でもなんでもありません。
それで、いちいち謀反など起こしていては、それこそお家が守れません。
長曽我部の為に、なんでそんなリスクを取るのか。

対四国政策が光秀にとってどれほど大きいか。
一族の総力をあげて戦わねばならないとしたら、それに値するしがらみの証明が必要です。
それは同時に、明智一族に食い込んでいた長曽我部のインテリジェンス能力の証明も必要でしょう。

そもそも、光秀が秀吉に抜かれたのか?

いわゆる〝方面軍〟の実態はさておき、北陸に柴田、関東に滝川、四国に丹羽、中国に羽柴と五大幹部のうち四人は地方に飛ばされています。
いわば、「地方本社社長」です。
それと比べ光秀は、信長の本領の美濃と京都の中間に位置する近江に所領を持ち、丹波(京都西北部)も本拠地です。
「近畿管領」と呼ばれることもあります。
つまり、「近衛師団長」なのです。
「本社副社長」です。
もっと言ってしまえば、他の有力者四人の誰か、あるいは複数が裏切って攻めてきた場合に、信長を体を張って守るのが光秀です。

なんで、「本社副社長」が「地方本社社長」に嫉妬して、身の危険を感じなければならないのか。

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sami42 2017年12月27日

歴史には嘘や誇大評価が多いものです。信長は超人伝説に彩られた戦国最大のヒーローですが、事実を眺めればいくさの勝率も低いし部下の離反、同盟先との手切れ等失策も多いという姿が見えます。そんな私の考えに応えてくれた一冊、面白いです。

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Posted by ブクログ 2018年08月24日

信長感が変わった。そして謙信感も変わった。謙信がワールドチャンピオンのようなドラえもんのような扱いだったんだなぁ。そして明智光秀が裏切った理由も気に入った。できたからやった。アムロの脱走みたいなもんかな。

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Posted by ブクログ 2018年06月22日

天才でもなく最強でもなかった信長。
極めて模範的な戦国武将で、商人肌。
色々異論はあろうが、相変わらずバシバシ言い切る倉山さんの語り口も面白い。

もっとも、天下取った辺りから急に調子こき出したという、その辺りからなんかいい加減感は否めない。

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Posted by ブクログ 2018年06月15日

天才でも魔王でもなく体育会系で人の良い熱いオッさんとしての信長。確かに独創というよりアレンジャーとしての側面が大きいし権威も利用していたと思う。筆者のいうとおり凡人であるが故の飛躍はあったのだろう。金持ちの二代目だとしても修羅場潜って全国統一に近づいたから凡夫と言い切るのはどうかと思うが筆者は努力し...続きを読むて近づこうぜというメッセージなので好感は持てる。

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Posted by ブクログ 2017年11月26日

織田信長と言えば覇王というイメージがあり、そのイメージの元、桶狭間の戦いとか、稲葉山城攻め、姉川の戦い、延暦寺焼き討ち、本能寺の変といった出来事が、大河ドラマなどで描かれていて、できれば近づきたくない上司のようなイメージがあったのだが、そういうイメージがついたのは戦後の話で、戦前以前の戦国大名と言え...続きを読むば豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信であり、織田信長はそれほど注目された武将ではなかったという。また、覇王とかワンマンというイメージもなく、権威を大切にし、ダメ部下にも根気よくあたり、ノルマのゆるい大名だったという。
別の観点から織田信長を見ることができてよかった。

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Posted by ブクログ 2017年10月08日

この数年感じることは、学校で習ってきた歴史上の有名な人達の別の姿が紹介されることが多くなってきた、ということです。有名な武将の二代目(豊臣秀頼、武田勝頼、今川氏真等)についても認識を新たにしました。

この本を読みえた今、、創造的破壊者・比叡山焼き討ちをした冷徹な人・長年仕えた部下も平気でリストラす...続きを読むる合理主義者、と私がとらえたいた「信長像」を、かなり見直すことになりました。と同時に信長は、他の武将と同じく、戦国時代を悩みながら生きていた、人間らしさを感じることができました。

著者の倉山氏も、たしかに信長が本能寺の変で、明智光秀に殺される前の数年間は、ひどい振る舞いが目立つ、と述べています。現在では、信長が家督を引き継いでからそこまでに地道に苦労していた部分があまり触れられていないような気がします。この本では、若き時代に、強い武将に囲まれて苦労した部分にスポットがあてられていて、新たな信長の時代を知ることができて良かったです。

以下は気になったポイントです。

・戦国時代の下剋上とは、上の権威をひたすら担ぎ続け、殿様が聞き分けのない無能者だったら、一族から別の人を立てて、言いなりになる人を据える(p19)

・戦国時代では抜擢人事をやった家は全て滅びている、豊臣家や織田家、明智光秀は信長と長男を殺しただけだが、織田家を滅ぼしたのは豊臣秀吉(p23)

・信長の魅力は、弱卒を率いて勝つこと、この差をどう埋めるかは、努力と根性(p26)

・農村余剰人口を軍隊に入れているのが当時の社会、傭兵と違って農民出身の兵隊は逃げたら帰るところがない、だから必死に戦うので強い軍隊になる(p28)

・秀吉の天才ぶりとして、有名な刀狩りと同時にやった「海賊停止令」である、海賊は存在そのものを認めないという立場を打ち出し実現させた、これに欧州が追いついたのは、1856年のパリ条約(クリミア戦争の講和条約)である(p30)

・今でこそ侵略は悪いと思われているが、当時は褒め言葉であった。どんなに速くても1919年のベルサイユ会議まではそんなことは言っていない。1928年の不戦条約で初めて公式に侵略戦争は良くない、と言われた(p39)

・戦国大名のうち、江戸時代まで残った大名の実に半数が愛知県出身、徳川300年の礎となった、なので世界でもまれに見る平和な時代になった(p54)

・組織を育てようとする場合、号令・命令・訓令の順番を飛ばしてはいけない。部下にどれだけ裁量を渡していくのか、という話である(p55)

・信長が功績のあった人にどれだけの恩賞を与えるかというと、今川義元に一番やりをつけた人と首をとった人の場合は、一生遊んで暮らせる程度(p75)

・総大将が習うべき鍛錬は、馬術と泳術である。逃げるのに必要なので。次いで、鷹・鉄砲・弓術・兵法(剣術)・相撲である(p95)

・下剋上が激しいのは、畿内周辺(四国含む)だけ、広がっても東海、北陸あたり。中国地方は毛利氏が乗っ取ったのみ、東北地方は信長の死後までなし、九州はない(p109)

・実際の戦いは、今でいえば選挙の投票日、確かに逆転のどんでん返しもあるが、大抵はその前に決着がついている。現代の選挙も戦国合戦も同じ(p113)

・籠城は、援軍が来てくれる時以外は、やった瞬間に負けなので(p116)

・信長の「天下布武」でいう「天下」は、畿内のこと。全国統一の意味で上杉謙信や武田信玄に送り付けたら、宣戦布告となる(p134)

・延暦寺にいた女子供を虐殺した理由は、退避勧告を無視して非戦闘員をそこにおいていたから、延暦寺の責任である(p160)

・信長が絶体絶命な危機を乗り越えた理由は、1)寝ないで働く、2)予想外に好転したときのことを考える、3)弱い奴からつぶす、4)進撃速度である(p183)

・長篠の戦で死傷者が多いのは鉄砲戦だからではなく追撃戦によるもの、追撃戦では武田方の殿軍にかなりの数を返り討ちにされている(p196)

・信長は仏教勢力の大半とは戦ったが、神社を攻撃したことはない(p214)

・1576年(天正3)11月には信長も、右近衛大将となる、武家の平時の最高職である。有事の際は、征夷大将軍である(p213)

・小姓と男関係を結ぶのは、当時の戦国大名の義務である、例外は、秀吉と家康(井伊直政を例外)である(p244)

・最大の脅威である上杉謙信の死を境に、本能寺までの3年3か月の信長は、ガラリと変わる。よく言われる「万人恐怖の信長」が始まる(p256)

2017年10月7日作成

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2017年09月16日

歴史の授業やドラマで描かれている織田信長像は本当に正しいものなのか?という視点で著者が史実を分析した本。
なるほどと思えるものも多く、興味深い内容だった。

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Posted by ブクログ 2017年09月08日

憲政史家の倉山満が織田信長を語る一冊。

信長の人気が出たのは戦後で、江戸時代から戦前までは一貫して秀吉が人気だった(特に明治維新後は朝鮮出兵というファクターもあり)とか、他の歴史家や作家が言及しないことに言及してて面白かった。

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