あらすじ
四国松山の中学生高浜虚子(1874-1959)は、当時帝大生であった正岡子規とその友人夏目漱石に出会う。師との短いが濃密な人間関係-「子規居士と余」。虚子主宰の「ホトトギス」に「吾輩は猫である」を発表し文壇にデビューしてゆく漱石-「漱石氏と私」。2人の希有な巨人との交流を綴る虚子ならではの回想録2篇を収録。
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Posted by ブクログ
高浜虚子による、正岡子規と夏目漱石の回顧録。
子規の母堂の言うように「升(のぼ:子規)は、清さん(虚子)が一番好きであった」この言葉から分かるように、虚子は若い頃から、子規が最も愛情を注ぎ、また自分の後継者にしようとした愛弟子であり、弟のようでもあった。その二人の濃密な関係が細やかに描かれている。
それに反して、漱石との回顧はかなり冷やかに描かれており、面白い対比である。
虚子にとっての漱石は、元々は尊敬する先輩であったが、虚子がホトトギスの編集を引き受けた後に、漱石に文の掲載を頼んだ。これが「吾輩は猫である」の誕生となる。この小説が爆発的なヒット作となり、それによってホトトギスの売り上げが伸びる結果となった。この事が漱石と虚子の関係に微妙な変化を与えてゆく。
つまり、売れっ子作家と編集者という関係に代わって行く。
またこの本では述べられていないが、虚子は元々俳人ではなく、小説家になりたかったのだが、中々上手く行かず、ポッと出の漱石が小説家として華々しくデビューしてしまった。この事が恐らく虚子の心の中に屈折したものを生み、漱石に対しての表現に繋がっているのだと容易に想像出来る。
この回顧録の中でも漱石の言動に対してかなり批判的な箇所が随所にある。(但し漱石も精神に異常を来たしているので虚子の言うような事実はあったろうと思われる)
そういう背景を考えながら、この回顧録を読むと、別の面白さが出て来るのではないだろうか。