あらすじ
同じ職場で同じ働き方をしていても、賃金に差が生じるのはなぜなのか? 労働者の三人に一人が非正規雇用となり、受け取る生涯賃金にも大きな格差が生まれている。本書はアルバイト・パート・嘱託・派遣社員・契約社員など「働く人の賃金」に焦点を当て、現代日本の労働問題を考察する。賃金というものさしから、いま働く現場で何が起きているのかを読み解き、現代日本の「身分制」を明らかにする、衝撃のノンフィクション。
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Posted by ブクログ
ルポ 賃金差別
竹信三恵子著
ちくま新書
2012年4月10日発行
読み間違えやすいタイトル。「賃金差別(さべつ)」が正解。「賃金格差(かくさ)」ではありません。
著者はジャーナリストで和光大学教授、元朝日新聞記者。ベテランらしく、読みやすく、整理された内容でした。
「現代社会福祉辞典」での定義、「差別」とは「人々が他者に対してある社会的カテゴリーをあてはめることで他者の具体的生それ自体を理解する回路を述断し、他者を忌避・排除する具体的な行為の総体」を引用しつつ、性別、組合活動との関わり、雇用形態(パート、契約)、所属会社の違い(派遣、下請け)などの違いでレッテルを張ってしまい、賃金が差別されている実体を取材、解き明かす。裁判になっているケースがほとんどなので、暴露もの、告発ものではなく、実体を広く知らしめ、国などに対策を求めていくという主旨の本でした。
それぞれのケースの実例が挙げられているが、最後に、「最悪の賃下げ装置」になっているのが、賃金差別だと結論づけています。経営側が賃下げをするが、労組の組織率が下がって交渉力が落ちているので、正社員も「あの人たちよりましだから」という目で賃金差別されている派遣やパートなどを見て、賃金抑制に怒らない正社員の群れが増えているというわけ。まあ、そうでしょうね。
だから、この本を読み、賃金差別を受けてきた人たちの実体を知り、「オレの方がまだましだな」と我慢してしまっては逆効果ではあります。
例えば、こんな実例。
近藤聖子さん(56)、福岡市、食品工場のパート。時給720円。正社員、派遣、パートが同じラインで入り乱れて働く。正社員が月20万円台以上、派遣が15万円、パートはめいっぱい残業しても10万円程度。熟練度が足りない派遣社員が「たったの15万円」と愚痴っているのを聞いて愕然とした。
会社側がパートの賃金を10円上げると言ってきてよかったと思ったら、正社員が猛反発。自分たちに回るはずの賃金をパートに回すのはおかしいと。時給730円になるだけなのに、それでも許せないというのは、仕事ではなく、パートという身分を見ているからだと思った。
あるいは、こんな皮肉な例も。
りそな銀行は正社員もパートも同じ職務には同じ賃金の「同一価値労働同一賃金の会社」として知られる。同銀行の社外取締役だった渡邊正太郎さんは、賃金体系の切り変えには、経営危機の影響が大きかったと分析している。同行は2003年、自己資本が足りなくなって政府から公的資金の注入を受け、社員の賃金水準を大幅に引き下げた。その結果、パートとの賃金水準が接近し、賃金格差を是正しやすくなったという見方だ。
男女差別をなくして、また復活させた例。
兼松江商は、1960年代にお茶くみ廃止、1977年に労組婦人部の求めで22才男女同一初任給に。しかし、1983年、「コース別雇用管理」を含む人事改定案を会社が示す。男女別賃金は廃止する代わりに、「一般職(他の企業の総合職)」と「事務職(他の企業の一般職)」というふたつのコースを設ける。男性社員は全員「一般職」に、女性社員は全員「事務職」にふり分けられ、これまでの男女別賃金とほぼ同じ内容に固定されることに。しかも、1977年に勝ち取った男女同一初任給は、コースが違うので初任給も異なるとして、ふたたび差がつけられた。
「ニュースステーション」(当時)が取り上げ、社内は大騒ぎになった。閉じられた差別の秩序の中では「当たり前」とされていた差別が、外の世界の風にあてられたとたん、そのいびつさをさらすことになった。
性差別禁止を乗り切る、というアクロバットの支えとなったのが、コース別を容認した当時の労働省(現厚生労働省)均等法指針だった。
情けないことする社員たちの実例
名古屋銀行で1年契約パート勤めを長年してきた女性が、職業病を患ったので労災申請した。銀行としては職業病が世間に分かるのを嫌い、申請を取り消させようとした。拒否すると、夫が勤める会社に行き「アカの工員がいる会社とは取引せん」と圧力をかけた。
労災が認められると、休ませて退職させようとした。しかし、銀行に出勤すると、周囲は口をきいてくれず、同僚が出張で買ってきたみやげの菓子も配られなくなった。
その他
先進国が加盟する経済協力開発機構(OECD)の2009年の調査では、「相対的貧困ライン以下(その国の中程度の所得の半分以下)の家庭のうちで働き手が2人以上いる家庭の割合は、日本は39%と、OECD加盟国平均の17%を大きく上回る。主要先進国中もっとも高い比率だ。既婚女性の多くが低賃金の非正社員で、共働きしても貧困から抜け出せない日本の現状を示す数字だが、ここにも賃金差別は影を落とす。
大学教授でもある著者が、2011年秋、大学の授業で、パートの賃金差別訴訟について講義、感想を書かせた。学生の一人から次のようなコメントが返ってきた。「賃金は会社が決めるものでしょう。働き手がいろいろ言うのは変です。会社は慈善事業じゃないんですから」。