【感想・ネタバレ】中央銀行が終わる日―ビットコインと通貨の未来―のレビュー

あらすじ

日本銀行の金融政策はなぜ効かなくなったのか? 仮想通貨はなぜお金として機能するようになったのか? 「金利付き貨幣」の出現は、経済の仕組みをどう変えるのか? 日銀を飛び出した異能の経済学者が、「貨幣発行独占」崩壊後の新しい通貨システムを洞察する。マイナス成長がもたらす大格差時代を生き抜くための必読書。 ※単行本に掲載の写真の一部は、電子版には収録しておりません。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

 本書の根幹にあるのは、「流動性の罠」というケインズ経済学の古典的命題である。金利をいくら引き下げても、人々は資金を使わず、銀行は貸し出さない――その結果、中央銀行がどれだけ通貨供給を増やしても、実体経済には届かず、投資も消費も動かない。まさに日本が長年経験してきたデフレ経済は、この「罠」の実証例である。著者の岩村充氏は、従来の金融政策はもはや「効かない局面」に突入していると警告し、現在の中央銀行は「将来の成長を前借りする」政策を繰り返すことで、制度としての正統性を徐々に失いつつあると指摘する。
 この制度疲労に対し、著者が注目するのがビットコインやブロックチェーンに代表される分散型通貨の可能性である。ここで重要なのは、岩村氏がそれを「中央銀行に取って代わる通貨」としてではなく、「中央銀行の制度的革新を促すテクノロジー」として捉えている点だ。例えば、利子付きデジタル通貨や「減価する貨幣」といった発想は、すでに近代経済学の中で提案されてきたが、技術的な実現手段がなかった。岩村氏は、ブロックチェーン技術によってそれらが現実味を帯びてきたと論じる。
 ただし、この議論には慎重さも必要だ。貨幣とは単なる交換手段ではなく、「信認の装置」である。国家や中央銀行が通貨を支えてきたのは、単に紙幣を印刷してきたからではなく、「最後の貸し手」として市場に介入し、経済危機時に人々の不安を緩和する役割を果たしてきたからだ。ビットコインがこの「制度的安心」の代替となり得るのかは、現段階では明確ではない。さらに、仮想通貨は価格変動の激しさやエネルギー消費、法規制との相克など、実用化にはいまだ多くの課題を抱えている。それでも本書が優れているのは、仮想通貨をきっかけに、中央銀行制度そのものを「与件」とせず、不断に問い直そうとする姿勢にある。通貨の本質とは何か。中央銀行は誰のために存在するのか。そして制度が機能しなくなったとき、私たちはどのような仕組みを望むのか。岩村氏の議論は、技術論を超えて、「貨幣とは制度である」とする政治経済学的な視座にまで踏み込んでいる。
 『中央銀行が終わる日』というタイトルは、破局の予言ではない。それはむしろ、「中央銀行が終わらないためには何を変えるべきか」という警告である。流動性の罠に囚われ、通貨供給のパイプが詰まった現代において、中央銀行は自らの存在意義を問い直さねばならない。そのとき、制度改革のヒントは過去ではなく、むしろビットコインのような「異物」に宿るのかもしれない。本書は、そうした異物に真剣に耳を傾けるための思考の出発点として、大いに読む価値がある。

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2025年07月12日

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