あらすじ
“民族”は、虚構に支えられた現象である。時に対立や闘争を引き起こす力を持ちながらも、その虚構性は巧みに隠蔽されている。虚構の意味を否定的に捉えてはならない。社会は虚構があってはじめて機能する。著者は“民族”の構成と再構成のメカニズムを血縁・文化連続性・記憶の精緻な分析を通して解明し、我々の常識を根本から転換させる。そしてそれらの知見を基に、開かれた共同体概念の構築へと向かう。文庫化にあたり、新たに補考「虚構論」を加えた。
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Posted by ブクログ
私は読書の効用の一つは「常識の破壊」だと思っています。
その点において、小坂井敏晶さんの本ほど常識を鮮やかに破壊してくれる本はないのではないか。そう思わせるほどの筆力があります。
今回読んだ『民族という虚構』においても、読みながら自らの常識がガラガラと崩れていく音が聞こえました。
その一つが、私たちは虚構に支えられているという事実。
虚構を暴くことが正義ではなく、虚構がないと生きていけない現実を直視しながら、世の中の不条理に目を向けなければならないと、背筋が伸びる読書体験でした。
私たちが何に支配されているかに気づく道具こそが“教養”なのだと思います。
小坂井さんの本は、間違いなくそんな教養を与えてくれます。
Posted by ブクログ
著者のファンなので議論の雰囲気は知っていたが面白かった
人種、民族とは何か、どのような意味で存在するのか
多民族・多文化主義と普遍主義の両者がもつ認識論的問題
今の情勢だからこその視点で読めた
誰でも変化を強要されれば頑なになるという話が深く刺さった
Posted by ブクログ
筆者の本を読むのは10年ぶり,自分の美意識と完全に嵌るまごうことなく最高の本だと思う(というか10年前に筆者に影響されて今の感覚がある気さえする)が,だからこそこれをそろそろ切り崩す必要があると感じる
Posted by ブクログ
タイトルからは想像もつかないほどに深い、良い本だった。
イデオロギーに利用されるもろもろの概念は「虚構」であって、「民族」という概念もまたそうである。
この概念はどこから生成してくるかというと、著者は「範疇化」という言葉を使って説明する。
「範疇化によって複数の集団が区別され、民族として把握される。同一性が初めにあるのではなく、その反対に、差異化の運動が同一性を後から構成するのである。」(p.29)
自己の集団への愛着・贔屓や、差別といったものもすべてこの「範疇化」によって生まれてくる。
そして、厳密にはものとものとはあらゆる点にわたって差異を持っているのであって、たとえば「黒人vs.白人」という2極化にしても、よく見れば鼻や眼の形等々の細かな個人差を捨象して、肌の色という一点で「範疇化」が行われているに過ぎない。ここに「虚構」が存在している。
しかしこうした「範疇化」「虚構」は人間の思考には是非とも必要なものなので、それを廃絶することはできない。虚構はうまく機能していないといけないから、常に虚構性は隠蔽される。
さまざまな知識を動員して、じっくりとした論調で著者はこのような「虚構」を分析していく。その過程が実に知的で、おもしろい。
さらに「常に情報交換していなければならない人間という存在」
「『意志』の意識は、行動を無意識に決定した少し後からおくれてあらわれる(これはノーレットランダーシュの『ユーザー・イリュージョン』にも書いてあった実験的な事実だ)」
「多数派ではなく、少数派が集団に対しより深層に及んだ影響を与える。社会の真の変革は少数派によってのみ可能である」
といった、実に興味深い話題も盛り込まれている。
こういう大変おもしろい本が埋もれてしまうのは惜しい。ドゥルーズなんか読むよりもずっと刺激的なのではないだろうか。
Posted by ブクログ
個人ー集合を連続させるものとして、人間という生きものの思考や認識の仕方そのものなどから、「虚構」といういわばシステムを洗い出し、ひとつずつ紐解いてゆく論著に感じた。人間存在の目は生まれつき脳によって「事実と異なってもその前後と連続する記憶」と事実をすり替えやすい構造を待ち、さらには育った集合によって、どうしてもバイアスがかかってゆく。しかしその錯視こそ、集合体をそれたらしめるものであるとのこと。個人的には、「前世代の戦争責任を後の世代が負う責任はあるのか」の章がとても興味深かった。共同体に属することによって利を得ている以上、その共同体の連続に(良しにしろ悪しきにしろ)寄与してきた過去の責任は構成員に受け継がれるだろう、というのが私の読んだ所感で、これはわかりやすかった。
ただ、その「虚構」によって構成される集合体そのものが、お互いに補完しあってまとまる様子から、霊的なものを「役割」に還元してある意味排除してしまうのは、ごく個人的な感想ではあるが、わかりやすくてももやもやが残る。
Posted by ブクログ
民族紛争や平和構築の分野に興味があり、そもそも民族とは何なのか、といったところから手に取った書籍。
民族とは主観的範疇であり、また、民族への同一性は「自らの中心部分を守っている感覚」であるという論旨は興味深く、勉強になった。
一つの都市に二つの民族が同居し生活区域から学校まで別々である地域に訪ねたことがある身としては、民族同一性の維持が異文化受容を促進するという論旨自体は、納得しきれない部分もあったが、全体的にはやはり面白い。
小坂井氏の他の書籍にもあるが、道徳や規範は、共同体内の人々の相互作用の沈殿物であるから正しいと形容されているに過ぎず、虚構である、という論旨は強烈である。
現在世界で叫ばれている正義について、今一度距離を置いて考えるきっかけをくれる。