あらすじ
「文章は話すように書け」「ひとの身になって考えろ」「編集者は、芸人でなくてはならない」「編集者にとって、字はいのちだ」「眼は高く、手は低く」
――伝説の編集者・花森安治はきわめつきの頑固でワンマン、そして自由でしなやかな精神をもつ、天才肌の職人だった。
「暮しの手帖」編集部で花森安治、創業者の大橋鎭子と6年間を過ごし、雑誌作りを一から叩き込まれ、だれよりも怒られた元編集部員がつづる回想。
NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」が、より楽しめる一冊!
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Posted by ブクログ
もとは1997年、晶文社刊。
1972年、24歳で入社、80年に退社。「暮しの手帖」編集室に8年いた。編集長の花森安治は78年の1月に急逝。彼のもとでの6年弱の日々を回想している。
話は71年暮の入社試験、面接での花森との問答から始まる。「暮しの手帖」は当時人気の出版社。とんでもない倍率をくぐり抜けるのだが、母親も自分も「暮しの手帖」を愛読しているから、内定は間違いないと思っている。底抜けの楽観。結局、4名が入社。
編集室は30人を超える大所帯、それが同じ釜の飯を食いながら(夕食作りは当番制)、仕事をする。花森編集長からは叱るに叱られ(ある時からそれが快感になる)、時には褒められ(これは超快感)、そうしたエピソードがいくつも出てくる。
とくに興味深かったエピソードが2つ。ひとつめ――テストした商品の保管場所が地下にあり、ある時気づいたのは隅の重い木箱。花森の私物で、自宅の火事で焼け残ったものらしい。こっそりなかを見たら、ハヤカワのポケミスが300冊以上! ふたつめ――花森は、健康のため自転車を勧められた。ところが、自転車に乗れなかった。それで特注で三輪車を作ってもらい、嬉々として東京の街なかを走り回った。歩道を走るのか、車道を走るのか、これで何度もおまわりさんと問答にもなった。三輪車を漕ぐ花森、おまわりさんと言い合いしている花森が目に浮かぶ。
(p.s. 花森はスカートをはいたことはなかったそうな(それを示す証拠写真もない)。うーん、そうなのか、私の記憶のなかではスカートをはいているんだけど。あれはキュロットだったのか。)