あらすじ
2011年3月11日、 14時46分。東北地方太平洋岸一帯をマグニチュード9.0の激震が襲った。この地震と、そのあとの巨大な津波により、福島第一原子力発電所は全交流電源喪失という非常事態に陥る。
戦後最大の危機にあって、政治家は、東京電力は、原発の現場は、自衛隊は、そして地域住民は、どういった危機に直面し、どのような行動をとったのか。事故後、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)を設立した国際的ジャーナリストが、危機に面した人々のストーリーに照準を合わせて、報告書の作成後も、さらなる取材を敢行。
リスクとは何か。リーダーシップとは何か。国家とは何か。福島第一原発の危機が問うた、日本の「国の形」、「戦後の形」を浮き彫りにするノンフィクションのマスターピース。第44回大宅賞受賞作。
下巻は主に、アメリカの関与から、菅直人首相が防災服を脱いだ2011年4月1日までを描く。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
福島第一原発事故に深く斬り込んだノンフィクション。
福島第一原発事故は現在進行形であり、未だに最悪のシナリオは続いている。
結局のところ、原発はブレーキの無い自動車を制限速度超過で乗り回すようなものであり、危機管理能力やインテリジェンスを全く備えていなかった東電、政府が被害をより深刻化させたのだということが良く解る。
Posted by ブクログ
上巻が刻一刻と過酷になっていくのに対して、下巻はアメリカからの視点も混じり、客観的で収束の見られる展開。
まあ、後からならば何とでも言えるけれど。
菅元首相に対して、筆者は不幸であり僥倖であったと述べている。自民党政権下であれば、きっと出来なかった決断があるだろう、と。
しかし、現在の民主党の状況を見る限り、福島第一原発をめぐる、このトラウマは非常に強く国民の心に根付いているのではないかと思う。
冷静さを失ったリーダーと、傍らで淡々と演説をぶつ枝野さんの姿が今も残っている。
あの時、福島から遠く離れた地にいる私でさえも、スマホを手放せず、新たな情報が流れてくることを固唾を飲んで待っていた。
日本は終わってしまうんじゃないか、と真夜中、考えた人はきっと少なくないはずだ。
だからこそ、原発という一企業の明暗に、これからも信頼を置くつもりである「多数」の方々の思いが分からないでいる。
もう一つ。吉田所長のことも、忘れられない。
彼を安易にヒーロー化するべきではないにせよ、彼の存在は非常に大きかったことが分かる。
吉田所長にそこまでの忍耐力と、正義感、判断力がなければ、それこそ、日本は終わっていた。
同時に、増田所長の存在も。決して楽観視出来ない状況であったことが書かれているが、当時のニュースはほとんどがF1のことばかりであった。
フクシマ関係の書籍を、定期的に読むべきだ。
原子力がある以上、100パーセントの安全はないのだから。