あらすじ
日本を代表する文豪・夏目漱石。
明治という日本の夜明けとともに、時代の精神を文学へ昇華させていった近代百年最大の国民的作家は、じつをいうと、損をしようが曲がったことが大嫌い、皮肉屋でありながら情にあつく、うるさい世間はご免蒙(めんこうむ)るがほっておかれるとさびしい、胃炎は怖くて仕方がないのに甘味はついつい盗み食い……という、人間味まるだしの人なのであった。
その49年(作家生活はわずか10年!)の生涯に残した「作品」「手紙」「俳句・漢詩」などの名言・迷言からは、愛すべき我らが隣人の姿が浮かび上がってくる。明治は遠い日々ではない。ふり向けば、私たちのすぐそこに漱石の「こゝろ」は息づいている。
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Posted by ブクログ
明治という時代背景の中で、いかに文学者として立つか苦悩していた漱石。彼の人生には、いわゆる文豪というイメージだけでは測れない、とても人間臭いものでもあったようです。個性的な、そして厄介な弟子たちのエピソードも漱石の懐の深さを感じる(というよりは単に断り切れなかったのかも)おかしさです。中でも晩年の弟子のひとりである岩波茂雄が無茶苦茶で面白い。金もなく、出版の経験もないのに漱石の「こころ」を出版させて欲しいと迫り、漱石に費用を立て替えさせておいてちゃっかり利益を折半するなど、呆れるほどの図々しさ。おまけに漱石自身に装丁をさせ、それを使って漱石全集でまたひと儲けするなど、なんともひとを食った人物だったようですが、それがあの岩波書店の礎となったんですからたいしたものです。それをーおそらく苦笑いしながらー許してしまった漱石の人柄が、日本の文学界を支えていたことは間違いでしょう。そんな話をはじめ、等身大の漱石の姿を感じられる、とても良い入門書でした。
随筆集「硝子戸の中」など併せて読むとしみじみ来ますね。
Posted by ブクログ
「隣から、また甲高い声が聞こえてくる。今日は奥さんを叱っているのだろうか、いや、一番下の子供だろうか・・・まったく、あんなにがなり立てなくてっても良さそうなものなのに。・・・(略)・・・それにしても、いったい、あの亭主は、なにをしている人なのかー学校の先生みたいだと近所の連中は言うが、朝から晩まで毎日出かけるってこともない。出かけるのは散歩くらいのものだ。・・・(略)・・・それから木曜日になると、大勢、大の大人がいっぱいやってきて、夜中には騒ぎが大きくなる。いったい、あの背の低い、偉そうな髭を蓄えている亭主は、どんな人なのだろうか・・・」
最初は、明治時代にタイムスリップして隣に住む人の生活を覗き見しているような感覚で、読み始めることができる。例えば・・・
・食い意地の張った、大の甘党の漱石。
・漱石にとって明治になり西洋から入ってきた「ヌード」とはどのようなものだったのだろうか?
・漱石は鏡子夫人以外の女性と恋愛したのか?
・漱石の懐事情は?
・・・等々と軽い感じで、ドンドン読み進んでいくが、いつの間にか、明治という時代を背負って、文学者として迷い続ける漱石がそこに立っているという感じに引き込まれていく・・・膨大な資料から硬軟織り交ぜてしかもサラリと読ませていく著者の力量は相当なものです。
実際のエピソードや作品、手紙から人間臭い漱石に迫る、肩の凝らない「漱石論」である。
この本を読み終えて思ったのは、10年以上前に買い求めて、未だ手づかずに本棚に鎮座している江藤淳の「漱石とその時代①~⑤」を早く読まなくてはと思う次第です。