あらすじ
19世紀末、霧の帝都ロンドンを恐怖に陥れた連続娼婦殺人事件。殺人鬼「切り裂きジャック」の謎を日本人留学生の美青年探偵・鷹原と医学生・柏木が解き明かしていく。絢爛たる舞台と狂気に酔わされる名作ミステリ!
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Posted by ブクログ
素晴らしい。わたしも鷹原と柏木くんと共に19世紀ロンドンに存在していた。
切り裂きジャックとエレファントマンは同じ時代だったんだ。
ここではジャックの正体より、この時代の退廃したロンドンとそこに生きる人たちを中心に描いている。
同性愛者であることを隠して生きていかなければならなかったスティーヴンとドルウェット、娼婦として生きて行くしかなかったメアリ、抑圧や鬱屈を排出できず爆発させてしまったトリーヴス医師、見せ物として晒され壮絶な人生を歩んできたにも関わらず感謝と敬意しか示さないエレファントマン。
そして語り手である柏木くんも絶賛モラトリアムである。
容姿端麗で頭脳明晰な完璧超人な鷹原ですら、実の母が娼婦であった過去を持つ。
非常に鬱々としながらも青春小説のような爽やかさもある。
そして何より、はじめと最後に老人になった柏木を置き回顧という形をとるのがエモすぎる。時代を超えたヴァージニアからの手紙。何十年越しに届くスティーヴン氏の手紙。そしてエレファントマンとトリーヴス医師の真実。
とても切なく、大きな存在感を残す作品である。
Posted by ブクログ
概要
1888年のロンドンを舞台としたミステリー。医学留学生としてロンドンに滞在していた日本人、柏木と、スコットランドヤードに所属する友人の鷹原が、当時ロンドンを騒がせた切り裂きジャックと呼ばれる連続殺人事件の捜査に挑む。切り裂きジャックの正体を追うミステリーとしての側面に加え、エレファントマンの人生や背景を通じて、ヴィクトリア朝時代のロンドンを緻密に描き、濃厚な物語が展開される小説
総合評価 ★★★★☆
切り裂きジャックをテーマにした作品。当時のヴィクトリア朝の世界を濃厚に描いており、柏木の視点を通じて、エレファントマンなどの時代背景を鮮やかに描いた上で、切り裂きジャックの正体を追うミステリーとしての要素も見事に組み込まれている。真相として、切り裂きジャックがトリーヴィス医師だったという展開にはそれなりのサプライズがある。ただし、ヴィクトリア朝時代の描写が多いため、ミステリーとしての楽しみがやや薄れる印象もある。小説としての完成度が非常に高いだけに、ミステリーとしての面白さが薄れる点が惜しい。個人的には好みとは言えないが、それでも十分に楽しめる内容であり、★4をつけたい。
サプライズ ★★★☆☆
この小説では、切り裂きジャックの正体をトリーヴィス医師としている。予想範囲内ではあるが、それなりに驚きはある。ラストのオチで、鷹原が日清戦争で死亡したとされながらも実は生きていたという描写は、少しニヤリとさせられる。全体的にはサプライズとして★3程度
熱中度 ★★★★☆
服部まゆみの筆力の高さが光る。768ページにわたる大作で、海外(ロンドン)を舞台としているためなじみにくい部分もあるが、柏木の目を通して描かれるヴィクトリア朝時代のロンドンの情景や深く掘り下げられた登場人物たちが魅力的で、熱中して読むことができた。ミステリーとしてのワクワク感よりも、小説そのものとしての楽しさを味わえる作品。たまにはこういった読書も悪くない。★4で。
インパクト ★☆☆☆☆
小説全体としては面白いが、特定のシーンや要素にインパクトがあるわけではない。叙述トリックや驚愕の真相はなく、切り裂きジャックの正体を追う以外のミステリー的要素も控えめ。トリーヴィス医師が人間味豊かに描かれているため、正体が判明した際も驚きより納得感が勝る。インパクトとしては★1程度
キャラクター ★★★★★
登場人物の描写が非常に深い。主人公・柏木の苦悩と成長、探偵役の鷹原の魅力、スティーヴンやトリーヴィス医師、エレファントマンなど、すべてが丁寧に描かれている。人間を深く描く小説特有の面白さがあり、★5をつけたい。
読後感 ★★★★☆
切り裂きジャックの正体がトリーヴィス医師だと明かされるラストは、サプライズ重視ではないものの美しい終わり方で、読後感は非常によい。★4で。
希少価値 ★★☆☆☆
服部まゆみの作品は「この闇と光」が注目されており、その影響で他の作品も手に入りやすくなる可能性がある。ただし、分量が長く内容も重いため、爆発的な売上を期待するのは難しい。それなりに手に入りにくい位置に止まりそう。
● プロローグ
1923年の東京。ヴァージニア・ウルフからの手紙を見て、1888年のロンドンを思い出す。
● 1 雪のベルリン
鷹原惟光がロンドンの柏木薫のところを訪れる。柏木は、エレファント・マンの存在を知り、エレファント・マンがどのような考えを持っているかを知るためにロンドンに行くことを決意する。
● 2 霧のロンドン
ロンドンで、柏木は暴漢に襲われているヴィットリア・クレーマーズ男爵夫人と名乗る人物を助ける。このとき、後に切り裂きジャックに襲われるメアリ・ジェイン・ケリーと出会う。
● 3 エレファント・マン
柏木がロンドン病院でエレファント・マン(ジョセフ・メリア・メリック)に会う。トリーヴィス医師、ヘンリー・ライダー・ハガード、ジェームズ・ケネス・スティーヴン、モンタギュー・ジョン・ドルイットといった主要な登場人物が登場。柏木は、エレファント・マンとの面会を続ける。
● 4 カオス
トリーヴィス医師がエレファント・マンを預かることになった経緯が紹介される。ウィリアム・スィック部長刑事が登場。トム・ノーマンという、エレファント・マンの見世物小屋時代の興行主にも出会う。フレデリック・ジョージ・アバーライン警部を紹介される。
● 5 売春婦が一人
切り裂きジャック事件の最初の被害者、マーサ・タブラム殺害事件が起こる。鷹原は、スコットランドヤードとともに同事件の捜査を行う。柏木は、ディケンズの『大いなる遺産』を読み、小説の魅力を知る。
● 6 スッシーニのヴィーナス
鷹原と柏木がアルバート・ヴィクター・クリスチャン・エドワード王子と食事をする。ハンテリアン博物館を訪れる。スティーヴンに会い、スティーヴンとエドワード王子がケンブリッジ大学時代からの知り合いであると知り、スティーヴンが男色家であることを知る。エドワード王子のコレクションの一つである「スッシーニのヴィーナス」(人体解剖の状態の蝋人形)を紹介される。学文本会で、クロッカー医師が『皮膚疾患―その1万5000症例の分析』と題する大著を刊行し、エレファント・マンについての見事な考察もあった。
● 7 クーツ男爵夫人の晩餐会
クーツ男爵夫人の晩餐会が行われる。柏木はヴィットリアに会うが、助けた女性とは違っていた。柏木が助けた女性はドルイット氏に似ていることに気付く。
● 8 売春婦が二人……
メアリー・アン・ニコルズの事件が発生。その捜査。鷹原の母が芸者であることが分かったり、スティーヴンが容疑者であることが分かったりする。
● 9 そして三人……
アニー・チャップマンの事件が発生。その捜査。ジョージ・エイキン・ラスクが自警団を結成する。
● 10 ジャックの手紙
レザー・エプロンと言われる容疑者、ジョン・パイザーが見つかり、保護される。スター紙のベンジャミン・ベイツが登場。「切り裂きジャック」という者からの手紙がスター紙のベイツのもとに届く。
● 11 三人……そして四人目
バーナード・ショーが登場。柏木と鷹原は、ヴァージニアが拾った猫(ビービ)を預かる。エリザベス・ストライドとキャサリン・エドウズの殺害が発生。書かれていた落書きは消されてしまう。
● 12 戦慄の都
切り裂きジャックから再び手紙が来る。捜査が進み、ブラッドハウンドという種類の犬を利用した捜査のテストなどが行われる。
● 13 再び手紙
日本から田中稲城という者が鷹原を訪ねてくる。「地獄より」という手紙が届く。柏木は、サットン医師という人物からトリーヴィス医師についての評判を聞く。
● 14 1888年10月
ラスクのところに脅迫状が届く。ラスクはすっかりおびえている。鷹原は、一連の犯行にフリーメイスンが関与している可能性があると示唆する。柏木はスティーヴン、ドルイットと会い、助けた人物が女装をしたドルイットであったことに気付く。
● 15 1888年11月
柏木と鷹原が帰国することを決める。メリック(エレファント・マン)を劇場に連れていくというプランが決まる。ラスクがメアリー・アン・ニコルズ殺害のときのアリバイがあることを知る。メアリー・ジェイン・ケリーの殺害。プリンス・オブ・ウェールズがエドワード王子のことを相談するために鷹原のもとを訪れる。柏木はスティーヴンを疑う。ジョン(ドルイット)は女装しているスティーヴンを閉じ込める。
● 16 1888年12月
ヴァージニアを通じ、スティーヴンは救出されたと思われるが姿を見せない。病院での送別会で、柏木はメリック(エレファント・マン)から「バベルの塔」という紙細工をもらう。鷹原と柏木の送別会で、鷹原は「指紋識別法」を利用し、これまで関係した人に、これ以上の殺人をしないように言う。メリック(エレファント・マン)を連れた演劇鑑賞。鷹原は柏木に証拠の指紋は嘘の指紋であり、本物のジャックに嘘の脅迫をしていたことを伝える。最後は船上で、鷹原は柏木に切り裂きジャックはトリーヴィス医師だと言う。
● エピローグ
柏木による回想。ヴァージニアからの手紙の中に、スティーヴンからの手紙も入っていた。「バベルの塔を解体すれば、誰が切り裂きジャックか分かる」と。バベルの塔の中には凶器のメスが入っていた。それはトリーヴィス医師のメスだった。その後、関東大震災で柏木の家が崩壊。1888年に書き始めた小説のラストを書いていると、そこに鷹原がやってくる。
Posted by ブクログ
本格ミステリでもパズラーでもない、
エレファントマンおよび切り裂きジャック事件を題材にし、
世紀末ロンドンの風景、文化、風俗、倦んだ人々をたっぷり描写する中で、
ひとりの青年が思い悩み作家になることを決意する、
いっぷう変わったビルドゥングスロマンだ。
いくつかの軸がある中でどこに着目するかで見え方が異なる。
BLというよりJUNE的展開もなかなかよい。
美形美形といわれる鷹原よりも、その鷹原や同性愛者異装者を惹きつけておいてのほほんとしている柏木のほうに萌え。
それにしても卑怯なネーミングだね。