あらすじ
「君が代」は議論の絶えない歌である。明治早々、英国王子の来日で急遽、国歌が必要になる。しかし、時間がないため、『古今和歌集』の読み人しらずの短歌に鹿児島で愛唱されていた「蓬莱山」の節をつけて間に合わせたのが「君が代」の誕生だといわれる。以降、1999年に「国旗国歌法」で法的に国歌と認められるまで、ライバルが現れたり、戦時下には「暗すぎる」、戦後には「民主国家にふさわしくない」と批判されたり波乱が続く。最近では、教育現場での「君が代」斉唱が再び問題視される。日本人にとって「君が代」とは何なのか? 気鋭の若手研究者がその歴史をスリリングに繙く。
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Posted by ブクログ
「右か左か」「愛国か強制か」といった不毛な政治的対立に晒されがちな国歌「君が代」の史実を丁寧に解きほぐし、その知られざる実像を鮮やかに描き出した傑作です。
本書の最大の読みどころは、私たちが「千年前から続く日本の神聖な伝統」と思い込みがちな「君が代」が、実は明治時代に突如として突貫工事で作られたハイブリッドな近代の産物だったという歴史を暴いていく点にあります。
平安時代の和歌をベースにしながらも、発案したのはイギリス人の軍楽隊長フェントンであり、その後、日本の雅楽師とドイツ人音楽家(エッケルト)の手によって和洋折衷のオーケストラ・吹奏楽用にアレンジされました。初期のフェントン版(初代「君が代」)が不評で差し替えられるという迷走劇を経て現在の形に至った経緯や、もともと個人間の祝い歌だった和歌が「天皇統治の永続」を願う歌へと転用されたプロセスを知ると、「不変の聖域」というイメージは鮮やかに覆されます。
さらに辻田氏は、右派と左派の双方が抱く「過剰なイデオロギー」をも冷静に解剖します。右派は太古からの神聖な国歌として神格化しすぎであり、左派は「軍国主義と侵略の象徴」として一律に恐れ排除しようとしていますが、どちらもこの曲に政治的物語を投影しすぎていると指摘します。
世界各国の国歌(血生臭い革命歌や威勢の良い軍歌)に比べて異質なほど静かで短く、意味的にも曖昧だからこそ、時代や立場によってあらゆる政治的意味を書き込めてしまった——これこそが「君が代」をめぐる論争が絶えなかった真相なのです。
本書は、歴史的ファクトを積み重ねることで「君が代」を政治の呪縛から解き放ち、近代史の波にもまれた「不思議で独特なひとつの音楽作品」としてフラットに向き合うための新しい視点を与えてくれます。