あらすじ
日本の官能小説に焦点を当て、戦後の表現のなかで官能・エロスがどう描かれてきたかを歴史的・具体的に見ていく。エロスをめぐる官憲とのせめぎ合い、そのなかで時代風潮を背景にエロス表現がいかに深化していったかなど「性」から見た戦後史!
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Posted by ブクログ
1945年から2014年にかけて、その時々の世相とともに、官能小説の世界で刊行された注目するべき著作などを取り上げ、その変遷を論じた本です。
まず、不満に感じた点について言及しておきます。著者のようにくまなく官能小説を読んでいるわけではないので、個人的な印象にすぎないのですが、とくに現代の官能小説を扱っている部分ではちょっとピンボケのように感じるところもいくつかありました。
一つだけ例をあげると、本書では橘真児を尻フェチの項であつかっていますが、彼の作品の一番の特徴は、なんとも表現しがたい味わいのあるユーモアではないかと個人的には思っています。小説家は、新しい表現やシチュエーションを生み出そうと日々努力していますが、そうして生み出された作品には笑ったり呆れたりするものも多く、たとえば『この文庫がすごい!』などの官能小説レビューで揶揄の対象になったりもします。橘という作家は、そうした状況をいわば逆手にとって、官能小説のシュールさをパロディ化しながら、どこかほのぼのとした味わいのある作品をいくつも手がけており、そこには彼が「フランス書院文庫」のような官能小説だけでなくジュブナイルポルノの作品も数多く執筆していることが影響しているように思うのですが、いかがなものでしょうか。
とはいえ、そうした読者一人ひとりの個人的な見解の相違は、本書の価値をすこしも減じるものではありません。たしかに本書は、作品の扱い方が恣意的なため、書誌的な意味のある仕事ということはできないでしょうが、そもそも官能小説という分野においては、そうした緻密な研究に乗り出すためのおおまかな方向性さえ容易につかみがたい状況にあるのではないかと思います。今後、巷の愛好家によってそのような取り組みがなされることを期待していますが、本書はそうした本格的な調査を開始するための羅針盤となるような仕事であり、長年にわたって官能小説のレビューをおこなってきた著者にしてはじめて書き得た本だと思います。