【感想・ネタバレ】すばらしい新世界のレビュー

あらすじ

西暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め……驚くべき洞察力で描かれた、ディストピア小説の決定版!(『BRAVE NEW WORLD』改題)

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Posted by ブクログ

ネタバレ

『100分de名著』の2026年9月の題材。「快楽と幸福で統治することもディストピアなの?」と思っていた。

『すばらしい新世界』で人は、試験管から生まれてくる。父や母、子どもという関係性も、家族という概念も廃止され、発達した科学技術によって老いることもなく、若々しいままで60代で死を迎える。
胎児期には酸素供給量を減らしたりアルコールや薬品にさらしたり、幼児期には電気ショックや睡眠学習を用いる。それによってあらかじめ社会階級を決定し、階級に応じた身体的・知的能力や好みを調整される。さらに、割り当てられた社会的な役割に満足して、他の階級と自分を比べても不満を感じることがないように条件付けされる。性的な関係へのためらいや、死への恐怖も、すべて幼い頃から取り除かれていく。
なにかの拍子に不安や不満を感じたら、副作用がないとされる「ソーマ」という合法ドラッグを服用すれば、すぐにハッピーになれる。『鬱かなと思ったら早めのソーマ』
社会階級は、上位のアルファとベータ、下位のガンマ、デルタ、エプシロンと分けられる。どの階級の人々も他の階級を羨むことなく、「自分はこの階級でよかった」と思っている。

すべての人々が自らの境遇に満足し、不安も不満もない社会。それはなにを犠牲にして成り立ち、なにを失った社会なのか。

バーナードはアルファ・プラス階級だけど、他のアルファに比べて身体が小さくコンプレックスを感じている。胎児期のアルコール混入事故が原因だとうわさされている。ソーマに依存する生き方に疑問を持っていたり、一人でいることを好む一方で、体制そのものを否定するわけではなく、社会の価値観に適合できない自分を憐れみながら、社会に認められることを諦められていない。
ヘルムホルツもアルファ・プラス階級で、感情工科大学創作学部の講師として働きながら触感映画の脚本家であり、プロパガンダや睡眠教育の韻文など大衆向けの文章も書いている。表現において自分がもっとできることがあると感じているが、それがなんなのかをうまく言葉にできない。
『ふたりの共通点は、自分は他人とは違うひとりの個人だと知っているところにある。』p100

この社会では、幸せの形が決められている。仕事をし、余暇には触感映画を観たり、スポーツをしたり、セックスをしたり、時にはソーマを服用して、そうやって幸せを感じている。その範囲を越えた生き方や、自分自身の幸せを探求することはできない。
ヘルムホルツはジョンの口から語られるシェイクスピアの物語に惹かれていくが、条件付けによって『ロミオとジュリエット』のような恋愛悲劇を笑ってしまう。苦悩や悲しみ、愛といった複雑な感情は、この社会では取り除かれるべきものだからだ。
社会の中に不満や苦悩、愛、悲しみなどの感情を経験する機会が人々から奪われているために、それを表現する言葉もまた、貧しくなっている。ヘルムホルツは、シェイクスピアを通じて、自分が生きる社会にはない感情や表現の可能性に触れていく。

そして、苦悩や死、不安といった、自分では制御しきれないものに向き合う機会が失われることで、神を必要とする理由もまた失われていく。ムスタファ・モンドは、神は「不在という形で現れる」と語っている。
これは、神がいなくなったのではなく、神を必要としない社会がつくられたということなのかもしれない。人々から不安や不満を取り除き、幸福を実現した社会。その幸福の中では、神さえも「不在」という形でしか現れることができない。

バーナードやヘルムホルツ、ジョンのように、社会との不一致を感じる人々にとっては、ディストピアとしての側面が大きい。一方で、大多数の人々は、与えられた生活に満足している。彼らにとって、この社会はユートピアなのだろう。
では、幸福であることと、自由であることは同じなのだろうか。自分の幸福を疑う必要がなく、別の幸福を想像することもない社会。これは「最大多数の最大幸福」を実現した社会なのか。それとも幸福の形を選ぶ自由が失われた社会なのか。

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2026年10月20日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ディストピア小説に挑戦中で、これはジョージ・オーウェル『1984年』の次、2冊目に選んだもの。

『1984年』よりも古いのに、西暦2540年を描いているから?今の社会と比べる感覚で読めるのが良かった。コミカルでおもしろくて不気味!

家族、老い、苦痛、忍耐がない世界。「母親」が卑猥な意味になる世界(なぜなら人は母体ではなく瓶で作られるから。妊娠と出産は卑猥でグロテスクなものとされる)

「条件づけ」や「睡眠学習」によって管理下で育つ人々は、恋愛や特定の人への執着はせずフリーセックスを楽しむ。新しい清潔なものだけを好む。出自や身分に不満を抱かない。死を重大なことと捉えない。達成感や感動を機械的に獲得できるよう、娯楽のシステムが整備されている。

現代的な、特に都心部の、気楽さと心地よさが極端に振れると実現しそうな世界にぞわぞわしながら読み終えました。

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2026年03月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

この物語のなかで起きていることに困惑したり嫌悪したりするのは、わたしはわたしで現実世界で条件づけ教育を受けているからだろうかと悩まされた。こうするのが正しくて道徳的だと信じ込まされているだけであって、違った理想が掲げられていればそちらを不思議に思ったりはしないはずだ。
終盤のムスタファ・モンドとジョンの会話が面白くて素晴らしかった。ジョンはジョンでいくらか偏った考えを持っていて、それ故にふたりのどちらにも共感できないのだけれど、どんな意図での言動なのかがわかりスッキリした。
麻薬がなければ新世界でもやっていけないのならまったく安定していないし、生まれる前から遺伝子を捜査されて階級が決められていることや、生まれたあとも洗脳を繰り返し、ひとりと深い関係にならないような仕組みになっていることや、発展のためにとにかく消費が求められることなど、受け入れがたい点が多い。
でも過去の戦争によって人々の意識が変わり、幸福な世界を望んだというならもうそれには反対できないと思った。現実に起きている戦争が頭にチラついてくるし、ジョンの攻撃性の高さを見ていると、これくらい管理されないと人間は争いをやめないような気がしてくるのだ。ジョンのラストは悲劇だった。

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2025年01月08日

Posted by ブクログ

ネタバレ

前半では社会のあり方やそこに生きる人の価値観を描き、後半ではその社会を外部から観察した際の違和感を野蛮人ジョンの視点から分かりやすく描いている。
苦悩や障害を超えることで得られる達成感が重要である、というジョンの主張のもとにディストピア社会を批判しているが、自分は社会に馴染めるタイプだろうなあと思いながら読んだ。苦労せず短絡的な快楽を得たいという思想と、何かを乗り越える過程にこそ意味があるという思想は優劣のつくものではなく、この作品でいうところの条件づけ次第で好むものが変わるという話なんだろう。
1984年は寡頭政治のトップが権力を握り続けること(権力は権力のために存在し続ける)を目的に社会を維持するのに対し、素晴らしい新世界では安定性とそのための民の幸福を目的として社会維持を行っているという差が大きなポイントだと思う。1984年を読んだ時と比べ興奮が小さかったのは、登場人物を通して感じられる社会の絶望感がそこまで強くなかったからだと思う。この社会では適合できなければ島に送られ同じ特性を持つ人間と暮らすこともできるし、そもそも社会の中にあって幸福度が高く抑圧されていない(一部の人間を除いて)。そういう意味で、ディストピア小説に求めるものを現代風な言葉で言うなら、キャラクターの曇らせなのかもしれない。感じたいのは絶望的な社会の完全性とそれによって与えられる絶望で、それを感じるためには抗うキャラクターが必要だから。曇らせというワードで考えてみると、ディストピア小説を書くのに必ずしもシリアスな空気は必要なく、分かりやすい社会の描写とそれに相対するキャラクターがいればいいという話だし。雰囲気はポップだけど中身はガチガチのディストピア小説とかあるのかもしれないし読んでみたいな〜。

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2025年12月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

1984と並んでディストピア文学の祖と評される。1984とは異なり全体的な雰囲気は明るい。ムスタファ統制官と野人の会話が、この小説で描かれている世界になぜ至ったのか、どう維持しているのかを分かりやすく示しており面白かった。

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2025年04月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

昔の小説かつ翻訳本ということで読み辛かった。。。
15〜16章の哲学弁舌対決の部分以外は正直面白さは感じなかった。
面白くなかった理由は物語全体を通して分かりやすい"主人公"がいないからかもしれない。

また"最大多数の最大幸福"を実現した未来世界は、野蛮人ジョンの視点からディストピアのように描かれているが、争いが絶えず格差が広がるばかりの現代社会よりかはマシなように思った。

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2024年07月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

社会の上層部が利益のほぼ全てを享受するユートピアを支えるためには奴隷の労働力が必要である。
とはいえ、奴隷にも幸せはある。労働後のささやかな報酬という形で。

そのような光景を描く本書はディストピア小説として今に知られている。労働力を自前で生産している点で、オフショア、グローバル化という言葉で奴隷の労働力のアウトソーシングを正当化した現代の筆頭資本者らよりも自助的であり、責任の所在を明確にしているといえる。非人道的な社会を描きあげた作家であっても、資本主義が要求する過酷なコスト意識を甘く見ていたか、見逃していた観がある。
つまり、現代はすでにハクスリーのディストピアを実現している。一部ではそれを超えてすらいる。

ボス敵と語る。
このシチュエーションはどこからやってきたのか考えたことがある。回答は得ていない。本書には相当するシーンがあり、考え抜かれた著者の思想を与えられたボス敵は揺るぎない。これも、よく見かけるものだ。主役は言い返せないが、勝たなくてはいけないので殴って勝つ。これもよく見かける。
本書の主役サイドの言葉はすべて理性的な反論を受ける。主役サイドはついに自らの言葉を失い、過去の権威にすがるが、それに対するこたえも考え抜かれている。ボス敵もまた過去に深く悩み考えた末に、現実を受け入れたのだと強く理解させられる。『ミストボーン』シリーズは最終的には好みではなくなってしまったが、この構造を持っていたことは好ましく覚えている。
主役サイドは言葉を失うが、殴りかかることはない。少年漫画ではないからだ。否、相手は絶対的な悪ではないからだ。その社会においては秩序善ですらある。

本書はまた、夢想家や革命家()に辛辣な言葉を投げかけているようにも見える。ある秩序の中で、その恩恵を受けながら、その秩序を否定する活動を行う。「働いてる感を出してるヒモ」という印象が、わかちがたくその印象に重なる。主役サイドはそちら側に属している。
人生は生まれにおいてすでに公平ではないと悟らせる以上の役割を果たせぬまま、主役の一人は去る。
宗教が信者に施す道徳教育は、ディストピア社会が社会を維持するために施した道徳教育と相似形である。いずれも他者を傷つけることもあるという点でもまた類似している。それを背負わされた主役サイドの一人は苦悩のあまり死ぬという物語の結末を担う。物語としての出来はよくないが、教訓としてはまあわかる。

本書解説には「学問のふりをする科学」について語られている。学問のふりをしたなにかが旗を振った結果が奴隷労働のグローバル化であるのなら、そこを改めない限り、いかに手を尽くしても虚しかろう。

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読中、超人ロックの初期のエピソードが想起されてきて、その名の通り『新世界戦隊』で発火したのかなと読み返してみたら『ジュナンの子』と『ロンウォールの嵐』だった。
『ジュナンの子』には、出生時点で身体的に不利な特徴が出現しないようコントロールするようになった社会で不利な特徴が出現してしまった人々の苦難が語られていた。この構図に相似形を見たのであろう。
『ロンウォールの嵐』には、ナディアという女性が登場する。やりなおしがうまくいかず記憶を失ったロックの恋人だが、体制側のいうなりにロックを売る。ありように類似性を感じてしまったのだろうが、よくある人物像ではある。
本書には多幸感を与え多用すると死に至ることもあるソーマという薬物が登場する。『聖者の涙』には、そんな偶然の一致ではなさそうな影響が見受けられるような気がする。

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2024年01月16日

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