あらすじ
本書は戦後の歴史をたどりつつ、歴史を変えることのできなかったリベラルな知識人の挫折の原因をさぐる「敗者の戦後史」である(「はじめに」より)。全面講和から安保反対、反原発運動に至るまで、日本の左翼は理想主義的なスローガンに終始し、保守陣営への対案を示してこなかった。2014年の朝日新聞の大誤報は、そんな「戦後リベラル」たちの終焉を示していたと言えるだろう。戦後70年を経たいま、「革新」という幻想はこれからどこへ行くのか。「敗者の戦後史」から逆照射すれば、未来の日本への道筋が見えてくる。日本を「普通の国」へと変える論点がわかる、刺激的な論考!
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Posted by ブクログ
池田信夫さんの新著。
いわゆる「戦後リベラル」なるものの影響力の低下について論評している。池田さん自身、学生時代は左翼系の団体に所属していた。仲間4人が殺されたとかなり衝撃の事実も書かれている。就職でも朝日新聞から内定をもらっていることからも池田さん自身もある程度は左寄りであったということも言えるだろう。
まず第一章は、慰安婦報道や福島原発の吉田証言報道の問題で地盤沈下も激しい朝日新聞から始める。朝日新聞の主張こそが、戦後リベラルをある意味で代表するものでもあるからだ。慰安婦問題については池田さんもNHK時代に初めに持ち込みネタとして取材を行ったということで曰くつきでもあり、その分相変わらず舌鋒も鋭い。実際に朝日新聞の問題は、構造的な問題であると指摘する。それが多くの社員が分かっている中で変わることができないのは、メインの読者層である六十歳代に合わせて記事を書くとそうなるという。池田さんが非常勤で教えているクラスではここ三年は新聞を読んでいる生徒はゼロだったらしい。その意味でも朝日新聞の行動は営業方針としては正しいという。またメディアはしばしば信念などというものよりも売上げによって記事を作るようになるとのことで、それは戦前のメディアで正しくそうであったという。また逆に信念に基づいていないが故に、ここまで対応が遅れたというのが見立てだ。
第二章は、ニュースステーションで論議を起こした古賀茂明などの「平和主義」について。特に憲法九条について、平和について希求するのであれば、論点が異なるとの見解。憲法などではなく「空気」に支配される日本という国の特色について述べ、「みんながボトムアップの「空気」で決め、少数派を排除する日本は「危険な国」なのだ」と締める。後の章でも、この実質支配をしている空気を変えることは憲法を変えることよりも難しいという。
第三章はやや古く、軍隊ではなくメディアこそが商売のために戦争をあおったということ。これがその後の章にも続く。
第四章は原発について。朝日新聞が日本経済に最大のダメージを与えたのが、原発稼働阻止の雰囲気を作ったことだと批判する。「「原発ゼロ」を打ち出したときも「できるかできないか考えないでゼロにしよう」という主張だった」と半ばあきれ気味に振り返る。元々は地球温暖化などの関連もあり、原発推進派だったのを民主党に迎合したとまで言う。それもまた営業方針としては正しいとするも、記者の方もわかっていないわけではないとも指摘する。
第五章は、派遣社員問題で、章題が「労働者の地獄への道は善意で舗装されている」としている。厚労省と朝日新聞が手を組む正社員の保護がますます格差を拡大しているのだとほぼ正しく指摘している。
第六章は、進歩的文化人について。原発問題への反応について、柄谷行人、中沢新一、内田樹、大江健三郎などが劣化した進歩的文化人として個人攻撃される。
第七章は、政治について。ここで池田さんは、小沢の没落については、残念に思っていることがにじみ出ている。
小沢の『日本改造計画』に書かれた小さな政府と彼の政治力に期待していた。民主党のときにも思い知ったが、政治家が選挙で選ばれる以上、誰がなっても地元利益や特定団体やゼロリスクを志向して痛みのある政策を実行できない。
第八章は「戦後リベラル」について。丸山眞男を援用して、共産党・社会党などの没落について解説している。
第九章は、左翼の敗北について。池田さんはピケティの解説本も書いているが、この章ではピケティの格差問題の指摘について、日本では問題は別のところにあり、それは社会保障問題であり、年金と医療費と政府債務の問題だと指摘する。確かに『21世紀の資本』では、政府債務にも言及しているが、それほど深刻な問題と取られらていないふしもあった。また、年金についても現状のペイゴー方式の問題にも触れられていが解決可能な問題として扱われていた。日本では、問題は認識されながらも解決を後回しにする力学が働くため、崩壊しきってしまうまで解決されないようになっているといつもの主張をここでも繰り返している。
最後に、小さい政府を目指して、普通の国になるべきだという主張で締める。
朝日新聞の件があって、慰安婦、原発、労働問題、などこれまでの「リベラル」批判の総まとめという感じである。池田さんの主張を一通り理解できる本。
個人攻撃に関してはもう少し穏健な表現があろうかとは思うが、それもまた営業方針としては正しいのかもしれない。