あらすじ
村落的な風景から普遍的な律令国家の世界への転換期にあった万葉の時代。人々は何を思い、感じて歌を詠んだのか。千年の時を超えて、万葉集をリアルに読む。
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Posted by ブクログ
『万葉集』において「歌」という文芸のジャンルが形成されたという観点から、そこに収められている歌を読み説く試みがなされています。
「写生」という理念を掲げて近代短歌の創成をおこなった正岡子規は、近代的な文芸としての『万葉集』の魅力を発見しました。もちろんこんにちでは、『万葉集』をもちあげて『古今和歌集』を貶める子規の見かたがそのまま受け入れられているわけではありません。それにもかかわらずわれわれは、近代文学に特有であるはずの普遍的な性格を『万葉集』のうちに見いだそうとする傾向を、いまもなお捨ててはいません。たとえば、天皇から東国の庶民にいたるまで、さまざまな身分や境遇の人びとの率直な思いが『万葉集』の歌に見てとることができるといった言説は、ひろく受け入れられています。
本書の議論は、こうした『万葉集』の見かたを解体するものということができます。現代のわれわれが『万葉集』の歌に、東国の庶民の心理をじかに感じとることができるように感じるのは、そこに採用されている歌が、中央の貴族たちのまなざしによってとらえられたかぎりでの、東国の庶民の心理だからなのです。そして、こうした普遍性を可能にしているのが、「歌」という文芸のジャンルであり、『万葉集』においてまさしくそうしたジャンルが形成されたのだと著者は論じています。
『万葉集』の歌に古代日本のロマンを求める読者の憧憬に水を差すような内容をふくんでいますが、著者のねらいはもちろんそのようなところにあるのではなく、文芸のジャンルがわれわれの思考や感情のありかたにどのように影響しているのかということを明らかにし、文学の成立根拠をも問いなおすような見かたを開くところにあるのではないかと考えます。