あらすじ
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。
『神曲』には、訳の古さ、原典の曖昧さ、訳語選択の問題など、それぞれに難点がある。しかし本訳は評価の高いペトロツキ版(1968年刊)を訳出の軸として、原典に忠実でありながら、平明な訳文を実現。訳注は、当該の見開き内に収め、読み易く編集。訳注、各歌解説には、世界的ダンテ学者として名高い故ジョルジョ・パドアンに師事した訳者が、『神曲』研究の最先端の成果を盛り込んだ。ダンテ『神曲』の訳本の決定版です。(講談社学術文庫)
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
映画「最高の人生の見つけ方(原題 The Bucket List)」は、一代で大病院経営者となったエドワード(ジャック・ニコルソン)と、終生自動車整備工として過ごしたがあらゆる雑学的知識を吸収して歩く辞典とまで言われるカーター(モーガン・フリーマン)とが、どちらも余命数か月の宣告を受けて偶然にも病室をともにするところから始まる。残りの人生でやりたいことのリストを2人で作り、エドワードの財力とカーターの知識とを掛け合わせて世界中を旅することで次々とリストを消していくのがこの映画の見せ場。だが旅の後半、カーターが気を利かせて、エドワードが諸々の理由から疎遠になっている彼の娘の家へと彼を連れていくと、エドワードの逆鱗に触れて喧嘩別れしてしまう。
エドワードも自覚がなかったが、実は死ぬまでに娘と会って仲直りしたいというのが彼の人生で最大の願いだったのだ。でも予想外にカーターに先手を打たれたので、自分の感情が弾けて制御ができなくなった。そして部屋に帰り一人になったエドワードは大泣きする。
次の日、病院の役員会議でもエドワードは上の空。そして会議の進行を断ち切るかのようにふいに彼は「神曲を読んだことがあるか?」と口にする。突然の発言に場はざわつくが、彼はかまわず「ダンテ・アリギエリが地獄を巡る旅の話だ」と続け、そして念を押すように力を込めて「神曲を読んだことがあるのか?」と再び問いかけた。
私は神曲を読んでいなかったので、このシーンで、なぜエドワードが神曲を持ち出したのかが全くわからなかった。本書は解説も含めると634ページもある分厚い本だが、これをきっかけに読んでみようと一念奮起した。
内容は恐ろしいものだった。だって生きている時に好き放題やっていた者が、それが原因で地獄に落とされ地上の何倍もの苦しみを背負っているのだから。つまり、私たち生きている者が何気なくする一挙手一投足が、生きているうちは楽しい思いによって欲や願いを満たすものであっても、死後に何倍もの苦しみへと転化されるのだ。これを恐怖と言わずになんと言うのだろうか。
だとしたらエドワードが神曲を持ち出した原因はおそらく、現世であるにもかかわらず、ダンテが遍歴した地獄に相当するような苦しみにはまったということだろうか?会いたい娘に会えないという苦しみが、会えるかもしれないのに会えない苦しみへと増幅され、今のままではその苦しみは生きている限り続く。想像の世界でしかないダンテの地獄をはるかに上回るリアルな地獄の苦しみだ。
その後、カーター危篤の連絡を受けたエドワードは、ベッドに横たわるカーターと会話を交わす。死の淵からかろうじて意識を戻したカーターは「思いっきり笑う」という願いをリストから消せるくらいの爆笑エピソードでエドワードを迎える。そして残していた手紙でエドワードにこう語りかけた-「人生の喜びを見つけてくれ。」と。意を決し、普段の強気さと正反対の不安に押しつぶされそうな顔で娘の家を訪れたエドワードは、“残りの人生でやるべきこと”リストのなかでもっとも実現困難だったものの1つを消すことが出来た。
エドワードはこう考えたのかもしれない――何をやったとしても結果的に地獄での苦役につながるのならば、死後の地獄での苦しみを受け入れるかわりに、現世では人生の喜びを見つける事だけを主眼に据えて生きたほうがいい。さもなくば今のままでは、現世にあってすでに地獄の苦しみを味わっていることになってしまう――と。
確かにダンテは私たちが生きるうえで無為に何かをした場合、それが誰かを結果的に傷つけることに結びつくという事実を、地獄の詳細な描写によって具体的に示してくれた。しかし、どの道そのリスクを負わなければ生きられないのならば、自分自身をありのままに開放し、自然体で相手に接することで、自分の苦しみを解き、その姿を見た相手の心の氷も溶かせるかもしれないという選択肢を選びたい。たとえその後に苦しみが待っているのだとしても。
エドワードが思い悩んだ挙句、疎遠になっていた娘へどういう態度を示したのかは映画を見てもらうとして、ダンテが描いた地獄模様をあらかじめ知るのと知らないのとでは、人生の岐路に立たされた時の選択肢の選び方も違ってくるのだという例を示してくれたのが、「最高の人生の見つけ方」だ。
私も今回神曲を読んで地獄の風景を知ったことだけで終わりとはしたくない。エドワードのように人生で最高の願いをかなえたい時、神曲で地獄の描写を見た経験を自然に応用できるようにしたいものだ。その後ならば、ほかの者と同じように私も地獄に連れられることになったとしても、覚悟を決められるとまで今では思える。
Posted by ブクログ
色んなところで史上最高傑作と評されている本作。数々の巨匠にも信奉者が多く、そんなに言うなら一度は読んでおくか、と評判の良さそうなこちらの講談社学術文庫の本を手に取りました。
内容としては、キリスト教の宗教観やギリシャ・ローマの古典文学、1300年頃までのイタリアの背景、ダンテ個人の状況など、色々な要素が織り重なっており、すべてを理解しようとすると一筋縄ではいきません。
ただ、本書では各ページに注釈が適度に配置されており、これまでの翻訳版を補って、誠実かつわかりやすく読者に伝えようとする姿勢が感じられて、良い翻訳に当たれたな、と思えました。
複雑な背景を抜きにしても、色んな著名人を好き放題登場させて、そんなことまでさせていいの…? と笑ったり、あれの元ネタはこれだったんだ!とニヤリとしたり、俗っぽい視点で楽しむこともできました。
なお、原文では全ての行が11音節からなり、三韻句法という特殊な形式で書かれていると知って驚きです。イタリア語で吟じるともっと魅力的な作品なのだろう。
続く煉獄篇と天獄篇もゆっくり読み進めていきます。
Posted by ブクログ
一読だけでは全体像が把握できなかったのでまた読み直したい。
書かれた当時までの歴史、有名人、思想などが多く取り込まれており、大作オーラが半端ない。
地獄に落とされているのは、ダンテから見た罪人なのだろうと思う。