あらすじ
天智天皇、天武天皇の時代を通じ、物部連麻呂は最下級役人だった。壬申の乱では大友皇子の側に立ったこともあり出世は望めなかった。しかし天武の没後、石上の氏族名に変わり、持統天皇、元明天皇の時代には徐々に位は上がっていった。和銅元年(西暦七〇八年)には、臣下の最高位である正二位左大臣にまで上りつめた。なぜ麻呂はそこまで出世できたのか。闇の部分に迫る古代史長編小説。著者絶筆。
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Posted by ブクログ
7世紀中葉から8世紀前半まで生きた、石上朝臣麻呂の伝記小説です。
爽やかな表現をすれば、一人の男のサクセスストーリーかな。
でもタイトルにも闇とある通り、男にはいつも翳が付き纏う……それが物部連麻呂こと後の石上朝臣麻呂の血に染み付いた宿命だったのかも知れません。
支族とは言え、当時「敗者」「負け組」と言う不名誉な言われ方・扱いをされていた物部氏に生まれた麻呂は、負い目を感じて成長します。
物部氏の祖・邇芸速日命の伝承もあいまいって、たびたび自分の内側の暗い血を意識して苦しみます。
その鬱積は屈折となり、麻呂の性格に影を落としていましたが、積み重なった屈辱は次第に反骨の糧となり、いつか麻呂の胸の中で燃え上がるようになった。
麻呂の出世欲に、火が点いたのです。
しかし、物凄い反骨精神ですね。
挫折、成功、また挫折の繰り返し。
しかも麻呂には、「裏切り者」「卑怯者」と言う白い目がまとわりつく。
普通なら卑屈になって身動きもとれなくなりそうですが、麻呂は転んでもただじゃ起きない性格でした。
まさに、鋼の肉体&心臓ですね゚д゚;
苦労しながらもコツコツと働き、官位を上げ、なんと最終的には臣下の最高位・左大臣まで上りつめるんです。
平の公務員から始めて、総理大臣になったようなものです。
とんでもない、叩き上げ人生!
立派としか言いようがないです。
しかも、苦労ばかりだったはずなのに、78歳まで生きて大往生してるし。
当時は40歳で死を意識したらしいですから、倍ぐらい生きてます。
ただ生きてるだけじゃなく、バリバリ政治も執って、妻を何人も持って子供も作ってたようだし…。パワフルだ。
しかし、臣の頂点まで上りつめた時の麻呂の胸中は……。
複雑。ものわかりの良い爺さまになった麻呂、いっきに小さくなった感じがしました。
詠了後は、本当にお疲れ様!ってつぶやいてしまいました。
実は(他の作品の影響や、やっぱ疑惑が多くて)物部麻呂はあんまり好きじゃなかったし、タイトルを見た時に、暗黒面のパワーで「おぬしも悪よのう」的に汚く且つセコくのし上がって行く過程を想像していたのですが、いい意味で裏切られました。
完全な史実ではないにしろ、その生きざまに、すっかり納得させられてしまいました。
本当に面白かったです。
ちなみに、この作品は黒岩重吾氏の遺作です。
人間を人間らしく描くって、当たり前のようでいて結構難しいと思うのですが、歴史物…しかも古代ものでそれをやってのける黒岩氏って本当に凄いと思います。
絶筆の作品に相応しい、スケールの大きい歴史人間ドラマでした。