あらすじ
英語ができれば「勝ち組に入れる」「国際人になれる」「世界の平和に貢献できる」――日本人にはびこるそんな妄想を、気鋭の社会学者がさまざまな角度から反証、そして打ち砕く。
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めっちゃ鋭い。英語熱への懸念は私も感じていたので、なぜ英語が出来るようになりたいのかを再考したほうがいい。語学習得の道のりを歩くより、日本をよく知ることで真のグローバルな人間になれる。
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薬師院仁志 「英語を学べばバカになる」 2005 光文社新書
刺戟的なタイトルにして手にとってもらおうという魂胆なのだろうが,他の新書と較べてどうも光文社新書は本のタイトルと内容のズレが大きい気がする。本書の趣旨は,英語学習熱や英語公用語論に対する批判。日本人に英語が必要だという主張が妄想であることと,必要もない英語を身につけるべく金をかけることの愚を説く。
NOVAがぽしゃったとはいえ,英会話産業は社会に深く根を下ろしている。いまは学校でも我々の世代より早く英語教育が開始されるという。普通に考えれば,それだけ英語学習の需要が増えてきているということだが,はたしてそうなのだろうか。それは必要に迫られた真の需要ではなく,羨望と宣伝,親のエゴから生み出された,擬似需要なのではあるまいか。
英語帝国主義論というのがある。世界で最も使い勝手がいい言語は英語である。経済的に劣位にある言語は,このグローバル時代に使い物にならず,優勢な英語に駆逐されていく。母語だけ喋っていても一向に社会的上昇は望めない。これは母語を棄て,英語に乗り換えろという圧力になる。帝国主義の時代,植民地支配の便宜上,宗主国の言語が現地の言葉を駆逐し,あるいは大きく変容させた。今もこの構図は変わらない。唯一の超大国アメリカの英語を身につけないと,この国際社会で生きていくことはできない。あからさまな植民地搾取はなくなっても,言語による帝国主義的支配が続いている。英会話の隆盛の背景には,この種の漠然とした意識がある。
しかし,英語は世界標準でない,と筆者はいう。確かに前世紀,二度の大戦を経て,アメリカの影響力は飛躍的に上昇した。米ソ冷戦期,アメリカは自由主義の盟主として君臨した。西側諸国はアメリカについていくしかなかった。それでも,彼らは別に英語を崇拝していたわけではなく,西欧は常に自文化に誇りをもってきた。フランスなどは特に顕著で,知識人は常にフランス語の乱れを憂え,英語からの外来語の流入を禁止したり,ハリウッド映画の放映を規制する法律を通しさえしてきた。いくら日本語が乱れているといっても,表現の自由を規制してまで打開しようとは日本人は思わない。フランスは自由の国だったはずだが,ともかく文化や伝統は自由に匹敵するほど大切なのだ。そのため例えば国連でも,公用語は覇者であるアメリカの英語だけでなく,複数の言語が採用されている。厖大な翻訳の必要という凄まじい非効率を忍んでそうしていることを見ても,英語ができれば世界と情報交換できるというのは妄想だと知れる。しかも,今,冷戦が終わって久しい。西欧はアメリカからますます離れている。英語がグローバルスタンダードということは到底できない。
本書の論理展開上,筆者はそんな風に言いきるが,大衆レベルでない,知的専門分野や貿易・通商分野においては,英語が世界標準としてほぼ行き渡っているように思える。効率性がより重視されるからであろう。戦前,英語の権威はこの分野でももっと低かった。医学や科学といった学問の世界では,英語などよりむしろドイツ語,フランス語が優勢であった。二十世紀初頭の重要な科学の論文で,英語で書かれたものは少ないのではないだろうか。ナチス時代,アメリカへ多くの頭脳が流出したことは,ドイツにとって痛かったはずである。それでもドイツの科学は,人類初のロケット技術を開発するほど高水準だった。しかし,ドイツにできなかった原爆の開発を,流出した頭脳は達成した。そう考えると,もしヒトラーが出なければ,学問の世界はいまごろドイツ語が標準だった可能性だってある。ともあれ,英語を母語としない異国間で,一般民衆レベルでのコミュニケーションをとろうとすれば,英語が役に立たないのは確かにそうだろう。
日本人はついつい欧米とアメリカを同一視してしまうが,これは間違っている。欧州の人々はアメリカを特殊な国と見ている。筆者によると,例えばこんな風に。
小さな政府,自由を至上とし,知的エリートに干渉されないことを要求する夜警国家。地域社会は人種的,経済的に均質化しており,住民自治が大事にされる。何事も自分たちで決めることが大切で,教育内容まで一般人に決めさせろと主張。特に南部では,進化論を教えることにも根強い抵抗がある。徹底した自由主義,市場原理主義のもと,皆勝手に生きて,経済格差は大きく,銃も簡単に手に入るから犯罪が絶えない。性と暴力が溢れ,消費は善として煽られる。訴訟社会もこの当然の結果。それで警察と軍隊ばかりが肥大する。そうなると警察権力に支配されないよう陪審制が必要なのは自明の理である。陪審制とは,司法にも住民自治を取り入れるということだ。死刑制度も大衆により支持され,死刑囚は未成年も含め何千人もいる…。
外国語の習得が一般国民にとって必須なのは,母語話者の少ない国である。人口数百万の北欧諸国など,せめてドイツ語くらいはできないと,読書,映画といった娯楽も楽しめない。いちいちマイナー言語に訳していては,コストがかかって仕方ないのである。もちろん母語では高等教育も受けられない。この点,日本語は一億を超す話者をもつ。だから,日本では日本語さえできれば,日常生活に支障を来すことはない。日本人が,英語ができるようにならないのは必要がないからである。これからは英語ができなくては,と言われるが,全く根拠はない。宣伝を鵜呑みにして,バスに乗り遅れるな,とばかりに英会話学校や英語教材に闇雲に金をつぎこむのは馬鹿げている。英語教育産業に雇傭をつくりだすだけだ。
「英語で世界に情報を発信できる」という強迫観念も妄想である。そもそも伝えるべき有益な情報をもっていない一般人が,英語ができても意味はない。有益な情報を発信するにはまず母語を身につけて勉強すべし。北欧などと異なり幸い日本ではそれができる。アメリカの一般人は英語ができるかも知れないが,その人の発信する情報が何の役に立つのか。日本人が皆英語ができるようになって,めいめいが世界に何を発信するのか。
分量の多くがアメリカ批判に費やされ,英語教育論というより反米論といってもいい内容の本だが,常識を疑ってみるという点でなかなか面白かった。さて今日はその米国の大統領選投票日だ。
Posted by ブクログ
世間に喧嘩を売ってるようなタイトルですが、
中身は至極真面目に客観的・論理的に語っており、
なるほどと思う点も多々見受けられた。
目から鱗の1冊。
〈目 次〉
第1章 英語をとりまく状況
英語で言えばエラい?/英語=世界標準には根拠がない/国連の公用語/「英語は世界の共通語」は日本の常識?/世界人口の八割以上は英語と無縁 ほか
第2章 英語支配の虚像
「グローバル化」と「世界」と「英語」の混同/消えゆく第二外国語と言語的視野狭窄/不自由な英語強制社会/戦前はドイツだった/日本人の勘違い/勘違いがもたらす悲劇/世界各地で嫌われる勘違いした日本人/着々と進むアメリカ離れ ほか
第3章 アメリカ妄想
「アメリカ=民主主義国」は世界の共通見解ではない/ヨーロッパ人には耐えがたい規格同調主義/誰でも意見を出し合えば「中身」が生まれるのか/アメリカが訴訟社会である理由/アメリカ型民主主義が反共産主義とイラク戦争を生んだ ほか
第4章 英語学習という徒労
なぜ日本人は英語ベタなのか/英語ができなければ、この先生きてゆけないのか/英語が苦手でも発展を遂げてきた/「英語ができれば何とかなる」幻想/英語を勉強するのは効率が悪い/アメリカ人もできないTOEFL ほか
第5章 グローバル化幻想
グローバル化のつもりが英語世界への「閉じこもり」/アメリカに反旗を翻しはじめたヨーロッパ/ヨーロッパもまたアメリカの犠牲者だという自覚/アラブ諸国で高まるフランス語学習熱/「贋エリート」/多文化共生主義/異文化が存在しなくなる世の中 ほか
おわりに
Posted by ブクログ
英語学習を否定するというより、盲目的にアメリカを崇め、英語を最重要視する思考を改めよという警鐘本。
少なくともテキストベースの英語はAIにより翻訳され、スマホアプリで通訳も可能に。後は翻訳機の即時性などのユーザビリティや見映えだけ。技術の進化と共に語学を学ぶ必要は無くなっていくし、教育機会が年齢に左右される外国語は、極力差がつかないようにツール化してしまうべきだ。しかし、本書ではそうしたテクノロジー論や思想が語られはしない。
著者はフランス語話者なのだろう。フランス語は良いとするのだが、自分が話せる言葉には、恐らくはそのサンクコスト的な視点やそもそもの動機もあり、その国や言語を偏愛する傾向がある。そりゃそうだろう。英語が流暢に喋れるなら、英語を使いたくもなるはずだ。承認欲求だって満たされる。
ー 日本社会の英語熱もまた、一種のマッチポンプ型システムである。文部科学省は、とりあえず英語教育に力を入れる。企業は、とりあえず従業員に英語を奨励する。火をつけられた人々もまた、とりあえず英語をやっておけばバスに乗り遅れないだろうと思い込む。親たちは、とりあえず子どもに英語を学ばせる。英語を学ぶことにどれほどの有益性があるのかについては誰も深く考えずに、である。
ー だが、国民の英語力と国家の発展との因果関係、従業員の英語力と企業の生産性との因果関係、個人の英語力と社会的成功との因果関係など、根拠も何もあったものではない。しかも、アメリカの場合は、学位や資格が、たとえ実質的には何の根拠もないにせよ、就職や昇進の際の利用価値を持っているし、経営破綻の口実にも役立っている。それに対して、日本の場合、英語熱に火がつけられ、役に立たずに捨てられた膨大な英語教材が焼却炉の中で燃え上がるのだが、その先には何もないのである。これは、一種の悲劇であろう。
学べば学ぶだけ得るものはあるし、バカにはならないと思う。生まれた国の言語を話し、本が読めるならば先ずは幸せだ。既に外国語は骨伝導で通訳される時代が来ている。
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グローバル化やテロとの戦いというのは帝国主義の新名称とする
。
アメリカの自由は勝ち組と多数派の自由など、興味深い記述もある一方、自由主義、平等主義、民主主義の概念が雑多に混在し、著者自身本当は理解してないのではないかと思われても仕方がない記述も点在される。
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英語かぶれを批判するフランスかぶれ。
論旨以前に、相手を批判するときはデータ持ち出すのに、自分が主張する際には経験や事例をすぐ一般化するのはどうなんだろう。
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この本を読んで、自分自身英語を学ぶことをやめよう、とは思わなかった。それでも英語は重要である、と思えたからだ。
ただこの本は無意味だったのかといったらそうではない。むしろ、英語を学ぶにあたってこれは読んでおかなくてはいけない本である。 英語は絶対に重要だと妄信することは間違い、それは自分自身も思う。だからこの本を読んでも英語を学ぼう、そう思えた人だけ英語を学べばいい。
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
「アメリカ型のグローバル・スタンダード」だとか「グローバリゼーションの世界的標準化に対する備え」だとか「英語公用語論」だなどと言われれば、とにもかくにも英語を学ばなければ、この先の世の中で生きてゆくことはできないと感じてしまうかもしれない。今からでも英会話を始めなければ負け組になってしまうと心配になるかもしれない。
あるいは、自分はもう無理でも、せめてわが子にだけは是が非でも英語を身につけさせてやりたいと願うかもしれない。
しかし、あえて断定的に言おう。
これらの主張や懸念は、どれも幻想である。
妄想だとさえ言える。
膨大な時間と大金をつぎ込んで英語を学ぶことにどれだけの意味があるのか、今一度、一人一人が冷静に考え直してみて欲しいと思うのである。
[ 目次 ]
第1章 英語をとりまく状況(英語で言えばエラい? 英語=世界標準には根拠がない ほか)
第2章 英語支配の虚像(国際標準という“長い物” 「グローバル化」と「世界」と「英語」の混同 ほか)
第3章 アメリカ妄想(「ソフト・パワー」は英語の支配力を維持するか 「アメリカ=民主主義国」は世界の共通見解ではない ほか)
第4章 英語学習と言う徒労(なぜ日本人は英語ベタなのか 英語ができなければ、この先生きてゆけないのか ほか)
第5章 グローバル化幻想(グローバル化のつもりが英語世界への「閉じこもり」 アメリカに反旗を翻しはじめたヨーロッパ ほか)
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