【感想・ネタバレ】春宵十話のレビュー

あらすじ

「人の中心は情緒である」天才的数学者でありながら、思想家として多くの名随筆を遺した岡潔。戦後の西欧化が急速に進む中、伝統に培われた叡智が失われると警笛を鳴らした、氏の代表的名著。解説:中沢新一

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世界的超天才数学者・岡潔先生。
さすが数学者!と思う理知的な文章の中に、詩人のようにやわらかい表現で人間の本質をさらりと語る。

戦前・戦後を生き抜いた世界的な数学者は、
戦後の日本の在り方や教育に未来への不安を感じ本書は書かれた。

切なる思いで書かれた未来へのメッセージ。

かといって、
本書は悲観的でも危機感を煽るでもない。
よくそんな細かく覚えているなと驚くくらい、
人との出逢いや文学から学んだこと、
数学の研究を通して感じたこと、
自身の体験や思想が丁寧に描かれていている。
心で学び、掴んでこられた岡先生の悟り。

中でも、
創造の原点にある「発見の鋭い喜び」と、
真善美に対する「なつかしい」情操の話は、
私の心に強く響いた。

日本を憂いつつも希望を与えるメッセージ。
その功績のすごさを知れば知るほど
超インスピレーショナブルな数学者・岡潔先生。
 
情緒とは何ぞや?
人間とは何ぞや?
教育とは何ぞや?
数学とは何ぞや?
美とは何ぞや?
日本とは何ぞや?

そんなことを考えたことがある人に、
ぜひ出会っていただきたい一冊

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2026年09月22日

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ネタバレ

極めて示唆に富む本であった。ジャンルが異なる本を同じ基準で評価することは難しいが、どれほど読み応えがあるかという基準であれば、普段の5点満点の尺度で10ぐらいまでいくほど断トツであった。

情操という言葉にあまりピンときていなかったが、人の内面のうち変化しやすい表面の部分を情緒といい、さらに奥の変化しにくい部分を情操というという表現で腑に落ちた。自身もどのような情操教育を受けてきたかと考えると、思い出すのは家庭における母の温かい愛と父の強さとまっすぐさであったと思う。次に小学4年の時、先生の影響で百人一首に打ち込み、また、詩や漢文の暗誦に夢中になっていたが、当時はそれらの意味も理解せずにただひたすら同級生と誰が最も早く覚えられるかというゲーム感覚で打ち込んでいただけであるが、知的好奇心を刺激され、今の自分の情操を形成した重要な要素であったと思う。

読書の最たる意義は、外部から知識を取り入れることではなく、内部から記憶や思考を呼び起こし、見つめ直し、今に活かすことにあると思う。この行為は常にシーンが進み続ける映画やテレビで養うことは難しく、自分のペースで止まりながら読み進められる本ならではの価値だと思う。情報が氾濫し、情報処理速度が速いことの重要性が増す世界であっても、読書から得られる体験は全く別の価値を有し、その他の娯楽で代替されるものではないと思う。

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2026年05月18日

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奇人と言われることもある岡潔という数学者ってどんな人なのだろうと興味があったので読んでみた。さすがに数学書はちょっと・・・・ということで(笑)。

天才は優しいと言った若者をある動画で見たが、岡潔こそまさにそんな人だと感じる。孫に対する感情や教育において情緒を重んじることを重視する岡潔先生の表現に情緒とともにとてもやさしさを感じずにはいられない。岡潔という数学研究グループがあると外国の研究者に思わせる彼の偉業の背景には、この情緒や感性を重んじていることを背景に歳を重ねた方が数学の良い論文が書けるとのべていることが印象的だ。

欧米の研究者は歳をとると良い研究ができないというらしい。確かに数学などは若い頃に発達する流動性知性との関連が強く、老年期になると結晶性知能といわれる関係性や情緒、機微についての知能が発達するといわれている。このことから考えると岡潔先生が歳を取ってからの方がいい論文が書けるとおっしゃるのは情緒を重んじる彼ならではの論文創出のコツなのかもしれない。 まあ凡人だけれどそれでも情緒を大事にして生きれば独創性が磨けるのかもしれないと都合よく捉えてとそをとっているが諦めずに研究活動に勤しんでみようと思う。

教育者にとってもとても意義ある内容だと思う。今の高校教師に一言言いたいと大学教員の立場で述べていることは一考の余地がある。先取り教育と受験システム、中学受験の過熱化はまさに予言された感じ。 自分が一人の子供をもつ親として共感できる部分も多々ある。情緒を軽んじた影響が顔つきや生物的な現代人の特徴に現れているという。早く成熟させようと躍起になった結果、幼稚さでかわいいことを美的と捉えてしまいかねない現代にこの頃から警鐘を鳴らすのはさすがは天才だなぁと感じてしまった。

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2026年03月21日

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本書は、岡潔さんが近頃の日本人の情緒のあり方について問題意識を持ち、そのあるべき姿を様々な側面から語られています。

その教養の幅の広さから専門的で分からない内容の話に入ることも多かったのですが、一つ一つの事柄に対し、岡さん本人が感じていることを率直で丁寧に綴られていることが印象的でした。「情緒」が働くというのはこういうことなのかな、ということを感じさせてくれる文体で、学ぶことに対して純粋な姿勢がよく伝わる本でした。

私自身、今まで会ってきた優秀な人は共通して「がむしゃらさ」といった雰囲気ではなく、自然でしなやかな雰囲気があると思いつつも、日常では把握しきれない何かがあると感じていました。その掴めない感覚が、この本で少し捉えることができた気がします。

ここ近年、個人的に論理や数値、世間の評価からではない「自然な動機」というのを大事にしていたため、今の時期に最適な本でした。自然な動機に任せることは世間のペースとズレることもあり、焦りや不安を覚えることもあるのですが、一方で自分で考えて生きているなと実感することがあります。この本を読み、その考えが間違っていなかったと確信させられ、強く勇気づけられました。

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2025年10月18日

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日本古来の美しいものは情緒から成り立っているという考え方をとき、古き良き日本人の心や生き方を重んじていることを強いメッセージ性として感じる一冊であった。
そしてその日本古来のの美しさ根底を揺るがしている近年の日本教育について世の中に警鐘を鳴らし続けていたのも特徴的であった。今まで日本から生まれていた素晴らしい技術やアイデアが徐々に世界で頭角を現さなくなってきたのも日本の教育が戦後西洋的型に無理やりはめ込まれたからだという考えも一理あると考えさせられた。

今の自分に特に刺さったのは以下の2文である。
「ある時期は茎が、ある時期は葉が主に伸びるということぐらいは戦時中皆かぼちゃを作ったから知っているはずだが、人間というかぼちゃも同じとは気づかず、時間を細かく切って除いていいとか悪いとか、この子は能力があるとかないとかいっている」

「すべて成熟は早すぎるよりも遅すぎる方が良い。これが教育というものの基本原則である」

上記は結果を急がす日本の教育方針に警鐘を鳴らした一文であると言える。
早く成長することは悩んだり、苦しんだりする過程を省略してしまうことになる。同時に人生の早い段階で成功すると自分はすごいんじゃないかという錯覚に苛まれ傲慢になるリスクが高い。だからこそわたしたちは時間をかけて課題に向き合うべきであり直ぐに結果を追い求めるべきではないのだという主張だと考察する。

時代の移り変わりが早い業界にいるせいもあってかなんでも早ければ早いほどいいとされる風潮に嫌気が差してる自分には納得できる点が多かった。著者はなくなっているが資本主義の加速と不景気が後押しをし社会全体が長期投資に我慢できなくなっている現代を直視して書いたのでは?と思える内容だった

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2025年06月14日

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情操の大切さを説いた文章であった。
数学を専攻し、これから教育実習に行く身としては参考になった。
かねてから感じていた、日本人の情緒の素晴らしさと廃れていく危機感をつかれて、痛快だった。それとともに、自省の機会になった。

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2025年05月22日

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人の中心は情緒である という書き出しで始まる
日本文化の特性がこの情緒を土台に組み立てられていることや、それがいかに美しい心情を生み出してきたかを様々な側面から論じている。
そして昨今の教育制度がいかにこの情緒的中心が失われ、それによって子供たちの創造性が阻害されてきたか警鐘を鳴らす

特に前半はあるべき日本人観のようなものが書かれていて名著。日本有数の数学者が書いている点も大変興味深い

情緒とは自然が人間に差し出してくれるもの を指していると解説にあった

人の人たる道をどんどん踏み込んでいけば宗教に到達せざるを得ない。
人の悲しみがわかること、そして自分もまた悲しいと感じることが宗教の本質ではなかろうか。キリストのいう愛も同じことを言ってると思う。
宗教の世界には自他の対立はなく、安息が得られる。しかしまた自他対立のない世界には向上もなく理想もない。だから自分は、純理性の世界だけでも、宗教的世界だけでもやっていけず、両方を兼ね備えた世界で生存し続けるであろう。


秩序を保っているのは法律ではない。それは道義心に他ならない。義務教育は、この道義的センスをつけることに尽きる。

1、2、3歳は母が愛と信とを教え、4、5、6は父が信と欲とを教えると良い。

漱石 自分の小説は少なくとも諸君の家庭に悪趣味を持ち込むことだけはしない

宇宙があるから地球があるのではなく、たった一つ奇跡の地球のために宇宙があるのかもしれない

真実美は、求めれば求めるほどわからなくなるものだと思う。わからないものだということを一般の人がわかれば、それだけでも文化水準は上がるに違いない。

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2024年01月30日

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人の中心は情緒である。日本人とは何か?人間とは?この世界とは?を考えるためのヒントを沢山頂ける逸出した随筆。

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2023年06月05日

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ネタバレ

娘が学芸大学に行っているので教育学を学んでいる学生たちのことを聞いてみたが、ひどいものだと思った。「何々教育学」というものがそこら中いちめんにあり、必ず出席をとるだけでなく試験をする。おもしろくもないのを覚えなければならない。ゼミナールだ、講義だといって自分の勉強はちっともしていない。こうして本来のものからはずれたものになり、理性が理性として働かず、鉛のさびをかぶせたようになってしまう。
 こういう人たちが先生になり、その調子で教える。義務教育の子に遊ぶひまもないくらいいろんなことを教え込む。その結果、子供たちは、わかってもわかっていなくてもぼうっとしていることになり、いろいろなセンスが欠けて正義心、廉恥心も働かなくなるのだ。
近ごろは集団として考え、また行動するようしつけているらしいが、これこそ頭をだめにしてしまう近道だと思う。人の基本的なアビリティーである他人の感情がわかるということ、物を判断するということ、これは個人が持っているアビリティーであって、決して集団に与えられたアビリティーではない。学生たちに最初から集団について教え、集団的に行動する習慣をつけさせれば、数人寄ってディスカッションをしないと物を考えられなくなる。しかしそれでは少なくとも深いことは何一つわからないのだ。

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2020年03月08日

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約50年前に書かれた書物であるが、内容は今でも全く色あせていない。
「人の心には情緒がある」
著者は、日本文化の特性がこの情緒を土台に組み立てられていることや、それがいかに美しい情緒を生み出してきたかを、様々な側面から論じている。
また、戦後の新教育制度の中で、いかにこの情緒的中心が教育の現場から排除されてしまっているか、それによっていかいに子どもたちの創造性が阻害されたかを示して、警笛を鳴らした。
P200

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2018年10月12日

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Iさんから。明治期日本人の思考には、現代人に欠如している活力や生きる力がある。現代を生きる人間には必要な必要なものに思う。
関連本も是非読んでみたい。

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2026年08月31日

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「人間の建設」で岡潔の考え方にとても感銘を受けたので読んでみた。
この本では情緒についてのことや、教育についてのことを繰り返し言っているが、この時代の空気感や価値観がわからず、岡潔の言わんとしていることがわかるようで今ひとつわからなかったのがもどかしい。
多分この「わからない」という感覚が、岡潔が懸念していたことが現実になってしまったことの現れなのかもしれない。この時代にはまだ残っていた日本の善きこころみたいなものが、戦争から戦後の復興をきっかけに失われてしまい、私達の世代に届かなかったのだろうなと思う。

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2026年08月24日

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日本を代表する数学者のエッセイ。

なんというか成熟した大人が語っている、
そしてそれでいて気持ちが良い爽快さがあり素敵だった。

- 岡さんほどの天才でも、学生の時は岡さん以上に算数ができた子とかもいたこと
- 数学は、畑と似ているらしい
- 人としての成熟が大事

など新しい視点が得られた気がする。
いつか自分も畑を耕すように研究したい。

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2026年04月02日

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数学などやって何になるのだと言われるが春の野に咲くスミレはただスミレのように咲けばよい、咲こうが咲くまいがそれが春の野にどのような影響があろうとなかろうとスミレの預かり知らない事だと私は答える。に感銘を受けて手に取った。

人間に最も大切なことは情緒を育むことであり、子供はたくさん宿題を出す先生よりも共感してくれる先生に敬意を持ちいつまでも覚えているということ、自分もそうだったこと、大人の不安を子供のスケジュールをパンパンに埋める事で解消しようとする教育方針に納得がいかない事などが印象に残った。

随筆をまとめたものになるので一貫した主張があると言うよりはこの事についてはこう思った、他のことについてはこう思う、と時と内容に応じて書きっぷりも変化しているが、だからこそ著者の人となりを色んな角度から拝むことができる良著だった。

最後の『師について友について』のところでこれまでの人生を振り返って出会った人、お世話になった人を評する所で旧友2人に対しこの人は意思が強くていい、闊達な振る舞いや語りが自分にはなかったためいい影響を受けた。この人は意思がないのがいい、仏教的精神からすると自我は無ければないほどいいから。とそれぞれを同じ物差しで比較せずに別種の動植物を見るようにそれぞれ違ってそれぞれいいねと言う語りが情緒の真髄の一端を垣間見せていると感じた。
何かに感銘を受けたり、感動したり、尊敬したりする感性をこの人は情緒と呼んでおり、カーソンのセンスオブワンダーと同じ様な雰囲気を感じた。

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2026年03月15日

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現代の視点からは、さすがに偏っているな(公に白黒ハッキリさせることが好まれない、という意味で)と感じさせる部分はあるものの
日々の忙しさや効率一辺倒の思考回路で生活している人なら
「あー…そうだよなぁ」
と、自分の心を今一度振り返ってみたくなる一冊になり得そう。
教育者は一読しておくべし!かも。
先述の通り、極端さは否めないものの、
その表面的な文面の奥底に、今もこれからも明らかに大事な「何か」が潜んでいるように思えてなりません。

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2025年08月28日

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「人の中心は情緒である」から始まる本書は、随所で情緒の重要性を強調している。感情や心、精神といった言葉ではなく、あえて「情緒」が重要だと述べている点が肝なのだろう。一般的に情緒は、何かに触れた際に生じる様々な感情や心の動きを指すことが多い。しかし、その説明だけでは捉えきれない、より深いニュアンスがあるように感じる。本書で用いられている「情緒」も、一般的な意味合いとは異なるようだ。

私自身は、「情緒」という言葉に自然との繋がりを強く感じていた。自然そのものや、自然の美しさを謳う詩に触れたときに湧き上がる心の動き。木々や草花を見て美しいと感じる心、百人一首や漢詩を読み、揺さぶられる感情。それらは、情の緒が自然と確かに結びついているような、そんなイメージだった。

本書における「情緒」も、そのような自然との繋がりを意味しているのだろうかと考えていたところ、解説で見事な表現に出会った。「『自然が人間に差し出してくれるもの』を上手に受け取って生きるための通路」。なるほど、情緒とは「自然への通路」なのだ。この表現によって、私が抱いていた「情緒」のイメージがストンと腑に落ちた

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2025年04月21日

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「人間の建設」を読んで岡潔をもっと知りたくなって。明治は金で岡の時代を銅だと評し、同時代に警鐘を鳴らしている。そうなると果たして現代は。「人間の建設」で触れられた"世界の知力が低下してきている"の意味が分かる。金言に溢れている。

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2024年08月04日

購入済み

ただ咲く

スミレはただスミレらしく咲いていればいい。なぜ咲くのかなどは考えない。これは世界に対する絶対の信頼が為せる技だと思う。世界は美しくできている。数学もまた。

#感動する

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2023年10月01日

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読み終え、まず思ったことは、岡先生が今生きておられたら国の行く末に絶望するほかないだろう、ということでした。

本書で明かされる岡先生の案じた日本の教育の乱れや西洋化一辺倒でアイデンティティを失いつつある日本人の在り方。数十年の時を経てその通りになっている部分もありつつ、加えて、近年ではAIの普及も手伝って情緒を排したとて正解にたどり着ける選択肢が増え、成果を効率的に得るビジネスハックが隆盛していますが、岡先生はまさにこのような観念的な世相こそ危惧しておられたのではないでしょうか。

そういった国を憂う考えが展開される中、教育を扱ったトピックが非常に多く、岡先生は教育に日本再生の望みを託されていたのだと思います。特に「情緒」「情操」「道義」は本書でも重ねて使用される最も重要なキーワードだと思います。

教育への言及の中でも秀逸なのが、本書の中盤にある「道義教育の根本は悲しみがわかるということで、幼い子供には悲しみの感情が最も教えにくい。だから、小学校に入るまでは人が喜ぶからこうしなさいと教えられても、人が悲しむからこうしてはいけないとは教えられない。」(意訳)という考察でした。これは現代社会にも通ずる鋭い考察だと思います。

何事にも情緒が中心にあって学びや教育があるという岡先生のシンプルな考え方を以って現代を捉えた時、まさしく情操/道義教育をなしに悪趣味な刺激や動物的な教育に子ども達が晒された結果が、今現在の半狂乱の世相に繋がっているのではないか、と考えると裏付けがないのに妙に納得がいってしまうのは不思議なものです。

本書では一部、かなり偏った主観的な意見、データに基づかない意見も多々あり、現代の感覚では受け入れられない言葉遣いも見受けられます。しかし、それでも読者を立ち止まらせ考えさせてくれるような力を本書は大いに秘めていて、日本人とは何か知る上で今こそ読む価値のある書籍だと思いました。

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2023年07月31日

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【読もうと思った理由】
直前に読んだ「人間の建設」は、岡潔氏と小林秀雄氏の対談を一冊の本にしたものだが、非常に読み応えがあり、また感銘を受ける箇所も多かった。二人ともそれぞれに特徴があり、小林秀雄氏にも当然興味を持ったが、僕は岡潔氏に、より惹かれてしまった。一般的に数学とは、論理的な学問と言われている。ところが岡氏は、数学にしてもどんな学問にしても、その中心にあるのは「情緒」である、つまり、心なんだと訴えている。岡氏が情緒にそこまで固執する理由を理解したく、また、岡潔氏本人にも興味がかなり湧いてきた。晩年には数学の研究のみならず、思想家として数多くの随筆(エッセイ)を残した。岡氏の代表作として名高い、本書「春宵十話」を読んでみたくなった。

【岡潔氏って、どんな人?】
1901年4月19日、大阪府で生まれる。しかし、育ちの故郷は和歌山県橋本市。若い頃から学問の才能を持ち、小学校のころは飛び級などもしていたそうである。その後、旧制粉川高校、旧制第三高校を卒業。旧制粉河中学校3年の時に、父親の書斎からクリフォードという数学者が書いた『数理釈義』という本を偶然見つけて読んだことにより、数学に熱中していくようになる。毎日、本の中に記載されている定理を、画用紙と定規とコンパスを使い証明していたという。 1922年には京都帝国大学理学部(今の京都大学理学部)に入学し卒業。おかしな行動が目立ち始め、変人と言われるようになってきたのもこの頃からという。卒業後は同大学講師、教授とエリートの道を進んでいく。生涯の伴侶となる小山みちともこの頃に結婚をした。

1926年ごろからフランスのガストン・ジュリアという数学者の論文にハマり、論文が擦り切れるほど読み込んだ。このことから留学することがあれば、絶対ジュリアが教鞭をとっているフランスのソルボンヌ大学に行くと決めていた。 その願いが叶い、1929年から3年間フランスに留学する。ここで岡はソルボンヌ大学に在籍し、ジュリアに師事しながらひたすら数学を研究していく。その熱中ぶりは数学以外の雑務は一切せず、食事も一日に一回しかしてなかったほどであった。そんな中、岡はある一つの研究題材にであう。それが生涯を通して向き合うことになる「多変数函数論」であった。これはこの頃注目され始めたが、難しすぎるため誰も手に付けていない、まさに岡のためにあるような題材であった。

このフランス留学の時期には一本の論文も書いていないが、これに出会えたことが岡にとっての最大の収穫であった。 また、この頃に生涯の親友となる物理学者であり、後に世界で初めて雪を人の手で作ることに成功する中谷宇吉郎、その弟であり考古学者である中谷治宇二郎と出会う。宇吉郎とは下宿先で筋違いの部屋を取り、毎晩のように語り合った。そして兄を頼りに単身で渡仏してきた治宇二郎とも出会う。治宇二郎とは特に仲が良く、岡は治宇二郎との出会いを「フランスでの私の最大の体験であった」と語っている。宇吉郎が研究のためベルリンへと去った後は二人はほとんど一緒にいたという。 

しかし、治宇二郎は突如結核に倒れてしまい研究の中断を余儀なくされた。病身の彼を献身的に支え続けたのが岡と、フランスに合流した岡の妻のみちであった。二人は国から渡される留学費用を節約するため狭いアパートに移り、余りを治宇二郎の医療費と生活費にあてた。また、治宇二郎を一人でフランスに残すわけにはいかないと考えた岡は留学期間を延長してもらい、治宇二郎と共に帰国した。

帰国後は広島の大学に勤務する。4年を過ぎたころに岡はある事件を起こしてしまう。それは川沿いを歩いていた二人の中学生を襲い、彼らから学帽に靴、書籍を盗んだのである。この事は被害者の父兄に訴えられ岡は逮捕されてしまう。さらにこの一件が新聞に大きく報道されてしまった。医者は岡を「過度の勉強により、神経に異常をきたした」と診断する。 この頃に岡は「クザンの第二問題」という多変数函数論の非常に難しい問題を研究していた。これは現代数学の根底をなす非常に重要な分野であり、後に「岡の原理」と名付けられた。しかし、これが難しすぎたために精神を病んだというのである。実はこの事件の3か月前に治宇二郎が病により34歳の若さで死亡している。治宇二郎を失った衝撃も少なからずこれに影響していると考えられる。 

この事件や精神状態により、大学を休職、後に辞職を余儀なくされ無職となった岡は、故郷の和歌山にて13年間にも及ぶ数学研究のみの生活に入る。この間、職もなかったため持っていた田畑を売り、奨学金のみで生活していた。一時期、北海道の大学で一年ばかり教職についたが、基本的には和歌山で生活した。研究が進むうちに生活は一層苦しくなり、家族五人のために土地や財産を次々に売り払い、ついに住む家もなくなり、村人の好意でやっと物置を貸してもらいそこに住んでいた。1945年の敗戦直後の食糧難の時代にはイモをつくり、イモをかじって飢えをしのぎながら、研究に取り組んだ。 

この期間で岡はとある記録をつけており、それは起床した時の精神状態を「プラスの日」と「マイナスの日」に分けるというものである。プラスの日は知識欲が頭の底からどんどん湧き、身の回りのあらゆるものを考察しまくるのだが、マイナスの日は布団から起き上がることすらできず、無理に起こそうとすると激怒する。このため、岡は今でいう、躁うつ病であったと考えられている。 

そんな岡を支援し続けたのが友人たちである。フランスで出会った中谷宇吉郎は、岡の精神状況が悪化したと聞けば、自分が療養に来ている静岡の温泉に岡を呼び療養させたり、「雪の結晶の研究」で得た賞金を、岡に送金し続けたりした。旧制第三高校時代の同級生であり、京大教授であった秋月康夫は岡の相談によく乗ったり、岡の世界的評価のきっかけとなった論文をフランスの学術誌に掲載させることに尽力したり、職がなかった岡のために奈良女子大学の教授に岡を推薦したりした。 これらの人たちの協力により岡は、研究に専念でき、ついに世界に名が知られることになる。

世界に研究が認められたことにより、岡の名は一躍有名になる。そして1960年には文化の発展や向上にめざましい功績を挙げた者にのみ授与される、最高の栄典である文化勲章を受章する(同年の受賞者は作家の吉川英治など)。なお、これだけでなく業績が認められた後の岡は、様々な勲章を受け取っている。 その後は、職場でもあった奈良女子大がある奈良に移住し、日本人の心についての哲学書や随筆を著したりしながら、数学の研究をし続けた。 1978年3月1日に奈良で死去。享年76歳。妻のみちも後を追うように三ヶ月後に死去している。

【本書概要】
「情緒の中心がそこなわれると、人の心は腐敗する。社会も文化もあっという間にとめどもなく悪くなってしまう」——数学者として世界的な難問を解き天才と呼ばれた岡潔は、一方で思想家としても多大な影響を残した。日本の文化を培ってきたのは自然に根ざした「情緒」であり、戦後急速に西欧化が進む中、その伝統と叡智が失われることに鋭い警鐘を鳴らす。本質をみつめる精神の根底を語る代表的名著。

【感想】
「人の中心は情緒である」
上記は本書“はしがき“の冒頭の一文である。本書を読んでいると、「情緒が大切」ということが、それこそ何度も出てくる。著者の岡潔氏は本気で、「人間が生きていく上で、最も大切なことは情緒である」と、信じきっているのが伝わってくる。そもそも「情緒」って、感情とイコールなんだっけと、ふと思った。

岡氏は決して感情とは書かずに、情緒と書いている。認識が間違っていたら、まずいなと思いwebで調べてみた。webの辞書には、「事に触れて起こるさまざまの微妙な感情。また、その感情を起こさせる特殊な雰囲気」とある。大筋では合っているが、少し違う。微妙な感情と、感情を想起させる雰囲気か…。なるほど、僕が感じた感情との違いは、もちろん感情は大事だけれども、その感情が動く為のきっかけになるトリガーが、大切なんだと僕は感じた。

人と人とのコミュニケーションでも、相手がいま、どう感じているかや、相手の気持ちに寄り添うことなど、コミュニケーション本などを読むと、どの本にでも書いている。大多数の人が分かっていることであるから、恐らく普段のコミュニケーションにおいて、「これぐらいは配慮してくれるだろう」とか、「これぐらいはしてくれるだろう」という期待は、大抵の人がしているのではないだろうか?そこで自分が行った行動が、相手の期待する範囲内であれば、多分相手の心(感情)は動かない。だから相手の心を動かすのが、難しいのだろうなと思った。

じゃあ逆に、相手の感情を揺さぶれるほどの行動ってどんな行動かを考えた時に、岡潔氏が祖父から受け継いだ言葉が、ようやく胸に染み渡った。その言葉は「人を先にして、自分を後にせよ」だ。この言葉って、「ただ謙虚に生きよう」って、軽い言葉ではなかった。実は「人間の建設」にも、この祖父の言葉は書いていた。よく考えれば、このことを徹底的に実施していた行動を、岡潔氏の人物紹介のエピソードの中に、僕自身が書いていた。

フランス留学時に中谷治宇二郎氏が結核に犯された時に、自分や奥さんの住まいを狭いアパートに移し、お金を浮かした。その浮いたお金で留学期間を1年延長し、自分や妻のことなど完全に後回しにして、献身的に看病するなど、なかなか普通の人には出来ないと思う。それを岡潔氏が出来たのは、幼い時に祖父から口酸っぱく言われた、「自分のことは後回しにして、人のことを先にしろ」という格言を、徹底して実直に実行し続けたからなんだろう。

実際その際に中谷氏のために尽くしたことによって、その後、自分が人生で最もピンチになった時に、その兄である中谷宇吉郎氏に、長年に渡り金銭的援助をしてもらえたことにより、最大のピンチを乗り越えている。それは、見返りを期待して実施した打算的善行ではなく、心からの尽力であることが、お兄さんに伝わったからであろう。それが岡潔氏が「人間の建設」でも、本書「春宵十話」でも、再三にわたって伝えていた「情緒を大切に」(思いやりを大切に)ということなんだなと実感した。

そういえば、僕が今までで最も感銘を受けたビジネス書(コミュニケーション本)が、デール・カーネギーの「人を動かす」だ。その本に載っているエピソードで、特に好きなエピソードがある。それは、アンドリュー・カーネギー(鉄鋼王)のエピソードだ。かなり有名な話なのでご存知の方も多いと思うが、アンドリューが自分の墓石に刻んだ言葉が、「おのれよりも優れた者に働いてもらう方法を知る男、ここに眠る」だ。自分が死んだ後までも、自分のために働いてくれた人を持ち上げるなんて、人を褒めることに心底徹底しているなぁと、恐れ入ったことを思い出した。

まさか。もしかしてと思い、webで調べるとあった。墓石ではないが、生まれ故郷の紀見峠に岡潔氏を称えた顕彰碑に、かなり大きく彫られている。「人を先にして、自分を後にせよ」と。それを見つけたとき、心底痺れた。

【雑感】
次は予定通り、三木清氏の「人生論ノート」を読みます。この本はだいぶ期間が空いてしまいましたが、以前読んだ本、「行く先はいつも名著が教えてくれる」で、名著として紹介していた本です。哲学者としてもハイデカーに師事していたとのこと。初読みの著者だが、期待して読みます。

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2023年07月07日

Posted by ブクログ

ある先生のお薦めに従い読んでみたもの。ところどころ難しく感じる箇所があり、読みこなせた感じがしないのは、おそらく私の教養が足りないせいだろう。具体的な話は面白く読んだが、感覚的な話については表面的な言葉は理解できてもピンとこない箇所があった。数学と心の関係も、よく理解できない。でも、上手く言葉にならないが、面白い人だなぁと思う。天才というのは凡人には理解しきれないのだと感じてしまうが、それでも知りたいという興味をそそられる。強烈なほどに自分がある人は面白い。

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2023年04月25日

Posted by ブクログ

1901年生まれの著名な数学者・大学の先生のミニコラム集。岡さんの経験した青少年期は今と違って自然との触れあいが多かったのだろうなと感じられ、情緒の調和(安定)の大切さに気付かれたのかもしれないですね。スマホやパソコン漬けで、切れがちの人が増えてきている今こそ、学びが多いと感じました。数学・算数の上達論のヒントも面白かったです。

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2023年02月19日

Posted by ブクログ

幼い人が書いたのかと思うくらい簡明で純朴な文章に驚かされる。人柄が文章に表れすぎている。溢れ出す人柄を、文章という形式が抑えきれていない。情緒とは自明を自明と見る働きであるそうだ。全く思いもよらぬ定義であった。しかし、そんなわけあるかといくつか情緒をその観点から考え直してみると、まったく当てはまっているようにも思える。天才の発想としか思えない。

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2022年01月27日

Posted by ブクログ

シブい(随筆)
かかった時間 不明

数学者(かなりすごいらしい)岡潔の随筆。新聞に連載されたもの? プラスアルファ?

内容の半分くらいは、非常に前時代的で、頭の固いおじいさんの説教。曰く、日本から情緖が失われている、だとか、女性の顔がキツくなっている、だとか、今の教育は間違っている、だとか。

残りの半分くらいには、数学者(かなりすごいらしい)としての自分を作っているのは何か、数学とはどのような学問か、自分の場合に学問的ひらめきはどのように訪れたか、が綴られており、個人的にはこの部分がめちゃくちゃおもしろい。特にこの人の場合? 他の人も? 数学的インスピレーションが文学や芸術に支えられているようで、文学論や芸術論なんかにも筆が進んでいる。

そして、頭の固いおじいさんパート(顔はともかく、情緒と教育)も、数学者パートと併せて受けとれば、前時代的ではあるけれど、説得力がある。
たしかにな、と思う。

いずれにしろ、数学者パート(生い立ち、ひらめきかた、芸術を含む)がおそらく唯一無二でとてもよい。

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2020年04月11日

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数学者岡潔が毎日新聞紙上で連載し人気を博していたエッセイ集。「私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来た。」全然次元は違うが勝手に勇気をもらっている。「すべて成熟は早すぎるより遅すぎる方がよい。」糸井さんも同じような趣旨のことを言ってた、じっくりと農業のように対象に取り組め。「緻密さが欠けるのは一切のものが欠けることにほかならない。」神は細部に宿ると同じ意味か?「本だって読むことより読みたいと思うことのほうが大切」合間合間の時間こそがひらめきを生む。

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2019年07月19日

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優しい手触りに見えるが、きりり、とした厳しさも感じられる。宗教にも傾倒した著者であり、観想というものがベースになっているようにも思う。

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2018年10月14日

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キーワード「情緒」。「情緒」で語る文化、宗教、教育論その他随想いろいろ。各所に「日本人の」「日本民族の」といった枕詞が見え、ナショナリズム・軍国主義的な思想か? と思われるフシがある。著者自身は「軍国主義的なところは少しもない」(p.127)と断言するが、「表現の自由」にも否定的だったりする(p.155「好きな芸術家」)。
 私自身の興味関心としては、表題の「春宵十話」以外の文に目の止まるところが多かった。特に義務教育に対する批判は、現在進行形の課題としてほぼそのまま活かせる改善点として読めると思う(本書の初版発行は昭和44年11月。執筆時期は不明ながら結構昔の文だが…)。
 122ページ(「義務教育私話」)にある、学科の分類と対応する学年の理想を述べた箇所が興味深い所。「こころ」(算術、歴史、国語、修身など)・「自然」(理科・地理など)・「社会」の3学科にわけ、小学校では主に「こころ」の学科を教え、「自然」は“有無の分別”がつく五・六年生に扱うのがよい。「社会」は“自他の区別”が必要となり、これは一種の本能「自他弁別本能」なので、下手に教えないほうがよい、とする。
 歴史や修身(今に置き換えるなら道徳)を「こころ」の一部としているが、これは「社会」と切り離して教えられるものだろうか? …など、疑問点はあるけれども、義務教育(というより小学校)で「社会」を教えないには一部納得。
「社会」の何たるかを知識として教え込むよりも、その時間をつかって自由に遊ばせる。そうすることで、親兄弟・友人・近所の人々との付き合いをどのようにしていくべきか――「自他弁別本能」に根ざした社会性――が身に付く、というものだ。
…ただ、「お金」と「仕事」については、子ども同士で遊んでいるだけでは目に入ってこないから、これらについては「自然」と同様に高学年では扱うべきかな、とは思う。

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2026年07月20日

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記念すべき100冊目

昔の人の本は難しい
数学者やのに情緒を大切にしている

昔の日本人って“初めて知り合った人と意気投合して帰りにウイスキーをプレゼントした”的なノリがあるけど現代やとあんまりないよな。

現代人は経済合理性・損得、相手の迷惑、メタ視点とかで視野を狭めて人と接することが難しくなってる気がする。インザメガチャーチの視野を狭める活動は公式に視野を狭めていいと与えられたもので、現代は与えられたり、公式や権威からやってもいいと許可を与えられないと何かをできなくなったのかもしれん。

本来は禁止されてなければやっていいのに、小中高の学校教育で許可されたことだけやっていい教育(精神改造)を施された結果だと思う。自分事に対してはもっと視野を狭めていきたい。

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2026年07月13日

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過去読んだ「人間の建設」や「数学する人生」より読みやすかった。岡潔氏ご自身の経験や数学の話が書かれているが、ここまで自分の言葉で語れるものなのだろうか。当時の時代を鑑みれば、現代にそぐわない(というよりも科学の進歩による知見の違いか)ものもあるが、それでもその思考には驚嘆させられる。

また仏教についても触れられていることを考えると、数学者でありながら思想家でもある一面がそうさせたのであろう。

「人の中心は情緒である」、「人を先にして、自分を後にせよ」などは、さまざま慌ただしく進む現代においてこそ、大切にしたいと感じる。

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2026年07月04日

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ネタバレ

p131の義務教育秘話の天才教育はとても理に適っているなぁと共感できた。平等に教育の機会を与える日本の方法は悪くないけど、特別扱いする人が出るのは良くないというのが良くない考えで岡先生はそれを悪平等教育とおっしゃっていたけど、なるほど、その通りだなと思った。

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2023年04月20日

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50年前の教育論。岡潔自身が自分の成り立ちを正当化しているようで、些か鼻に付く感じがしないでもないが、情緒を育む義務教育の在り方は、氏が主張する通りである。
個人的には岡潔が同じ場所を眺めていたと知って感激。

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2018年03月10日

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