あらすじ
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一九八〇年東京。大学に通うかたわらモデルを続ける由利。なに不自由ない豊かな生活、でも未来は少しだけ不透明。彼女の目から日本社会の豊かさとその終焉を予見した、永遠の名作。
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Posted by ブクログ
『ニムロッド(上田岳弘著)』を読んでいて、そこに漂う虚無感に、「あれ?『なんとなく、クリスタル』も、こんな虚無さのあるお話じゃなかったっけ!?」と曖昧な記憶をだどっていたら、なんだかミョーに読みたくなってきちゃって(^^ゞ
ウン十年前に読んだ時は、自分とのあまりの乖離っぷりに、「あー、バカくせぇ」と嫌悪感しかなかったこともあり、今さら読んでみるのもいいかも!と読んでみたら……。
「あー、やっぱりバカくせぇ」お話だったと(爆)
ていうか、ウン十年前に読んだ時は注釈を見てもイメージ出来なかったものやことが、今となってはかなりわかるから。
「ふぅーん…┐(´д`)┌」みたいなw
特に音楽なんかは、著者と趣味が全然違うと言っちゃうならそれまでなんだけど、「ダッセー音楽聴いてんなぁー」と、やたらめったら上から目線になっちゃって、もぉ〜(^^ゞ
ていうか、登場人物たちの豊かな暮らし(というより、それより全然豊かな暮らし)が当たり前になっちゃった(当時を知らない)今の人からしたら、それこそ、必死こいて背伸びしている感じに失笑しちゃうんじゃないだろうか?(^_^;)
いや、主人公はじめ、登場人物たちは決して必死こいて背伸びしているわけではない。
だから、「なんとなく、クリスタル」なわけだ。
この本が出た当時、自分はまだ子供だったが、このタイトルは子供心にも時代の空気感を巧く表していて秀逸だと思った記憶がある(^^ゞ
当時、自分はクリスタルというのは、ガラスより高級なものみたいな認識だった。
水晶がクリスタルだとは知らなかったので、このタイトルにあるクリスタルは「クリスタル・ガラス」のことだと思っていたw
どこの家にも普通にあるガラス製品ではなく、ガラスより高級なクリスタル・ガラスと“なんとなく、”という、その瞬間の感覚に引っ張られるみたいな言葉がくっつくことに、当時の空気感をすごく感じたんだと思う。
でも、当時を知らない人からしたら、「クリスタル(ガラス)」と言われても、特別感のあるモノではないわけで。
その特別感のないモノを形容詞にして、それに“なんとなく”を付けられても、「…!?」でしかないんじゃないだろうか?
この本が出た2年後、「おいしい生活」という西武百貨店のコピーが一斉を風靡したんだけど、“おいしい”と“生活”を合わせた感覚の絶妙さは、当時の空気を吸っていた人しか実感できないように。
タイトルの『なんとなく、クリスタル』という表現の絶妙さも、それ以前のまだまだ豊かでない暮らしを実体験として知らない人には絶対わからないように思う。
『ニムロッド(上田岳弘著)』を読んでいて、そこに漂う虚無感に『なんとなく、クリスタル』を思い出したのは記憶違いだったけど(ただ、100%記憶違いではなく。『なんとなく、クリスタル』の登場人物たちは将来にこそ期待を抱いているが、その当時の「今」には怠惰な虚無を抱いているように思える)。
……という風に書くと、まるでこの小説を絶賛しているようだけど(^^ゞ
今読むと、小説の体をなしていない…、ていうより、今読むとこれは、ある意味フェイスブックとかインスタグラムだ。
「わたし、毎日こんなに映え、映えでーすw」と、せっせとリア充自慢(爆)
そういう意味では、この小説に出てくる全てのモノやコトに画像や音声データとつけて。
ウェブサイト「なんとなく、クリスタル」として公開したら、意外にバカウケしたりして(^^ゞ
著者も『33年後のなんとなく、クリスタル』なんて書いたりして、まだまだ枯れていないようだし。
小説なんて古臭い媒体に拘ってないで、ネットの世界で好きなことを自信たっぷりに語ったら、結構ついてくる人がいるんじゃない?(^_^;)
今さら読んでみて、「ダっサ…」と思ったのは、小説っぽく最後を最後らしく締めているところ(^^ゞ
〈あと十年経ったら、私はどうなっているんだろう〉
下り坂の表参道を走りながら考えた。
淳一と私は、何も悩みなんてなしに暮らしている。
なんとなく気分のよいものを、買ったり、着たり、食べたりする。そして、なんとなく気分のよい音楽を聴いて、なんとなく気分のよいところへ散歩に行ったり、遊びに行ったりする。
二人が一緒になると、なんとなく気分のいい、クリスタルな生き方ができそうだった。
だから、これから十年たった時にも、私は淳一と一緒でありたかった。
(中略)
〈三十代になった時、シャネルのスーツが似合う雰囲気を持った女性になりたい〉
私は、明治通りとの交差点を通り過ぎて、上り坂となった表参道を走り続ける。
手の甲で汗をぬぐうと、クラブ・ハウスでつけてきた、ディオリッシモのさわやかなかおりが、汗のにおいとまざりあった。
注:お話はそこで終わった後、例の出生率のデータ紹介がある
今読むと、“クリスタルな生き方”というのが、くっさくて堪らないようにw
最後に表参道を走って終わるのが、“なんとなく”、昔の青春ドラマみたい(中村雅俊がラグビー部員引き連れて走ってたヤツw)で、すっごくクサイ(^^ゞ
以下は本の感想とは関係ない話。
去年くらいから「流域面積世界最大の川」の古本がやけに高くなったこともあり、最近は本屋で買うことが増えた。
e-honで買えば新品だし。カバーもかけてもらえる。
本屋受取りで買えば送料とられないし、地元の本屋に貢献も出来る(^^)/
…と、いいことだらけなんだけど、ただお財布にはキツい(爆)
「世の中インフレだし。古本屋さんも大変だろうから、仕方ないのかな?」とは思いつつ。
新品より100円くらいしか安くないのに、今まで通りに「見るからに古本!」って状態の物が送られてくると、ちょっとムカッとくる。
かと言って、★の評価を下げるのも、なぁ〜んかちょっと申し訳ないよーな。
古本の値段が急に上がったのはなぜなんだろ?
もしかして流域面積世界最大の川としては、もっとキンドルを普及させたいから、古本屋さんに値段を上げるよう要請してるのかな?、みたいなことも思ったりもするんだけど、どうなんだろうね┐(´д`)┌
ていうか、妥協してそれなりの価格で買った本を、再度流域面積世界最大の川で見てみるとずいぶんお手頃な価格に下がっていることも多くて。
あー、これは、人によって自動的に価格を高くしたり安くしたりしてるってことなのかな?なんて思ったりもして。
いっそ、以前のように「本は本屋で買うもの」としちゃえばいいんだろうけど、とはいえ、最近の本は馬鹿みたいに高い(゜o゜;
高くても、その価格に見合った面白さがあればいいんだけど、最近の本ときたらまぁ……
なんだか嫌な世の中だ(爆)