あらすじ
遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた――紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは、人質たちと見張り役の犯人、そして……。人生のささやかな一場面が鮮やかに甦る。それは絶望ではなく、今日を生きるための物語。今はもういない人たちの声、誰の中にもある「物語」をそっとすくい上げて、しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
戦争やテロ、災害などでたくさんの人が亡くなる悲しい出来事が起きたとき、私たちはつい、その出来事の大きさを「量」で測ろうとしてしまう。十万人が亡くなった、数百万人が被害にあった――そんな数字のインパクトで、悲劇の大きさを捉えようとしてしまう。
『人質の朗読会』は、冒頭で「テロによって人質に取られていた8名は全員亡くなった」と告げられるところから始まる。彼らの死後に発見された、朗読会の様子を収めた記録テープがラジオで放送されることになり……という導入で、読者は最初から「登場人物のいく末」を知らされたまま、物語を読み進めていくことになる。
そこで強く感じるのは、「彼らは確かに生きていた」という、当たり前だけれど揺るぎない事実だ。そして、「彼らにもそれぞれ豊かな人生があった」ということでもある。8名の朗読には、それぞれの人生、それぞれの感情、それぞれのきっかけが刻まれていて、なぜこのツアーに参加したのかという理由も一人ひとり違っている。その記録を、死後になって私たちが耳にするという体験は、「この人たちが生きていたことを忘れないでほしい」という願いを、静かに突きつけられているようでもあった。
もし自分が死ぬとしたら、自分と関わってきた人たちに願いたいのは、「僕の声を忘れないでほしい。僕の声をどこかで覚えていてほしい」ということだ。なぜなら、人の記憶はその人の声と密接につながっていて、声を通じて、その人の表情や仕草、言葉の選び方やものの考え方まで、丸ごと立ち上がってくるからだ。だからこそ、人質たちが「声」で自分の人生を記録したことには、とても大きな意味があるように思う。同時に、最後の朗読が解放戦線側の兵士によるものだという事実も重い。彼もまた生きていて、彼にもまた一つの人生がある。
ほんの少しのボタンの掛け違えで、人は「テロリスト」と「人質」という関係に分かれてしまうことがある。けれど、元をたどれば皆、同じように生まれ、育ち、家族がいて、日々の暮らしと人生を持つ人間だ。
そのことを思うと、胸がぎゅっと締め付けられるような苦しさがある一方で、彼らの声をしっかり耳と胸に焼き付け、「彼らが生きていたことを決して忘れない」と心に決めること自体が、彼らの存在をこの世界につなぎとめる、ひとつの供養になるのかもしれない。
そんなことを思いながら、この物語を読み進めていった。
Posted by ブクログ
何かの比喩かな?と思った「人質の朗読会」というタイトル、そのまま「人質の朗読会」の話でした。
その人質は全員亡くなったことが明かされ、複雑な気持ちで読み始めることになります。
人質となってから時間も過ぎ、少し周りを見る余裕ができる頃。囚われの身である8人もだんだん打ち解けてきたのかな。
殺伐とした状況の中で、せめて穏やかな時間を過ごすためにできる事。
未来がどうなるわからない今、絶対に確かな過去の記憶を思い出し、したため、語る事。そしてそれに耳を傾ける事。
それで自分を、お互いを支えていたのかな。生きるための朗読会であることは間違いなく、だから切ない。
他人からしたらなんて事ない出来事だろうけど、強烈に覚えてる事あるなぁ。
各々のエピソードの後には『職業・年齢・性別・旅の目的』の記載があるのですが、ここがまた。この1行でさらに印象が深くなります。
しっかし発想がすごい…よく思いつくなぁ。
Posted by ブクログ
異国を旅行中、ゲリラの人質になってしまったツアーの参加者達の朗読会。
他人からみたらどうでもいいような出来事が、本人にとっては忘れられない大切な思い出であり、今まで生きてきた軸であったりする。
話の最後にその人の職業と、どういった理由でツアーに参加したのかが書かれていた。朗読した出来事からツアーに参加するまでどんな風にその人が生きてきたのかが想像できるようだ。
命の補償はない過酷な状況の中であるからこそ更に美しく輝くお話だった
Posted by ブクログ
海外旅行先で襲撃を受け、人質となった8人。8人は亡くなってしまったが、後に犯人グループの動きを探るため、録音された盗聴テープが公開された。人質たちが自ら考えた話を朗読している様子が録音されたテープである。
1話毎の終わりに、誰が朗読したのかが記載されている。淡々と書かれているのが、その人たちが亡くなっているんだということを強調しているように感じた。
小川洋子さんの本を初めて読んだが、とても読みやすかった。ほかの本も気になるものがあったら読んでみたい。
表紙の「小鹿」は彫刻家の土屋仁応(つちや よしまさ)さんが造られたそう。
調べてみたらほかの作品も素敵だった。
Posted by ブクログ
本を読んでいて良くあるのが「この一文に救われた」などの特定の一部分を取り上げて、それが印象に残ること。
でも小川洋子さんの本の場合、作品の中の一部分というよりも、その作品単位でお守りのようになるので不思議だ。胸が温かくなり、絵筆を水につけた時に一気に色が広がるように、そして水につけることで絵筆に絵の具がついていたことにようやく気づくような、そんな心の存在を強く感じた。
とても抽象的な感想になってしまった。
作品全体が好きなのはもちろんだけれど、この中でも印象的な文章はp158の槍投げの話で
「こうして合わせた両手から次々と水がこぼれ落ちてゆくように皆が遠ざかってゆくのを、私はただ黙って見送るばかりだった。自分の掌に視線を落とせば、そこにはもうささやかな空洞があるばかりで、こぼれ落ちるべき何ものも残ってはいなかった。」
というもの。
手を合わせることと登場人物の境遇からどうしたら、こんな表現を思い浮かべられるのか。
ただ自分以外の自分と近い距離にいた人がみんな死んでいくという状況を寂しさとはまた異なる視点から書いているように思えて、とても好きな部分です。
匿名
人質になった日本人たちが極限状態の中で自らのエピソードを語っていく物語です。
とても平易な語り口調で綴られる物語は彼らがもう亡くなっていることもあり、セピア色の写真を見るようです。
小川洋子の作品の中でも、その完成度の高さからもっとも好きなものの一つです。
小川洋子の特徴のひとつのグロテスクさがあまり前面に出ず、叙情的な部分が際立った作品であると思います。
私は特に「槍投げの青年」が好きです。陸上競技特有のストイックさや、力強さや、繰り返しのルーティーンからの高揚感などが、その文章の中で鮮やかに蘇ります。
Posted by ブクログ
残酷すぎる、かつ絶対に変わらない結末が最初に提示されているのにも関わらず、明るさやコメディさも含まれる展開なのが複雑な気持ちになる‥!この朗読会が行われたことで被害者たちは報われたような気もする!
Posted by ブクログ
タイトルを忘れて読む、
人質にされた人たちの間で共有し合ったストーリーの記し。
ふつうの人たちの、ちょっと不思議な思い出話。
こんなふうに、みんなのひとりひとりの話なんて全部聞いてられるはずがないけれど、
聞いてて、読んでて飽きない、というか、
もっと知りたくなってしまう不思議。
人質になったから語られたのか、
とにかくこの世の中はたくさんの思い出たちでいっぱいなんだろうなー。
その多くは語られることはなく、伝えられることはなく…
だからこそ、わたしが聞き出してみたい、と思ったりするのかな。
もっと話して、っていいたくなるような、
そんなストーリーが、現実の身の回りにもたくさん眠っていることを思い起こさせる…。