あらすじ
すべての母娘問題に悩む女性たちに贈る待望の1冊!
娘を過剰な期待で縛る母、彼氏や進路の選択に介入する母…娘は母を恨みつつ、なぜその呪縛から逃れられないのか?本書では、臨床ケース・事件報道・少女まんがなどを素材に、ひきこもり・摂食障害患者らの性差の分析を通して、女性特有の身体感覚や母性の強迫を精神分析的に考察し、母という存在が娘の身体に深く浸透しているがゆえに「母殺し」が困難であることを検証する。「自覚なき支配」への気づきと「自立」の重要性を説き、開かれた関係性に解決への希望を見出す、待望の母娘論。
感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
読んでいる時はgkbrのしどおしでした。
色々な作品(小説、漫画など)の中の母と娘について書かれているので、理解しやすいです。
結局は世代間の連鎖なんですねぇ。
(と軽くまとめてみましたw
Posted by ブクログ
母に対して疑問が多かったし、本を開くタイトルにも共感できたので読んでみた
全母と全娘に読んで欲しい 一旦冷静に分析できるかもしれない
わたしの母は、母なりに気を付けてることがあるのかもしれないな、と思った
最後の方で「モビルスーツに乗っているような感覚」について書かれていて、これは前々からわたしは感じていた感覚だったのでハッとした 女性は身体性を常に意識して生きているということで
わたしが女性だから感じている感覚だったのだろうか
Posted by ブクログ
タイトルがすごく良い。
「母と娘」という関係性だからこそ生まれる諸々の呪縛を考えるにあたって、
「同性であること」「密着性」「自己投影」「女性性」
は、腑に落ちるポイントだった。
身体感覚からくる同一視、というのは少しピンとこなかったけれど、
隠微なコミュニケーション地獄という表現は好き。
女性のほうがマゾヒスティック・コントロールに敏感である、という考えは『おおかみこどもの雨と雪』といった作品でも象徴的に描かれているのを思い出す(個人的には立場や性別によらない普遍的なものだとは思う)。
結局この手の問題は、娘の側がまず呪縛の幻想から抜け出す必要があるのだろうな。
Posted by ブクログ
女性は身体を「持っている」
女性は自分が女性の身体を持っていることだけを理由として連帯することができる。
荻尾望都「イグアナの娘」
内田春菊「AC刑事 日笠媛乃」
母親の価値規範の影響は父親のそれに比べるとずっと直接的。母親は娘にさまざまな形で「こうあってほしい」というイメージを押し付ける。娘は驚くほど素直にそのイメージを引き受ける。価値観なら反発したり論理的に否定もできるが、イメージは否定できない。
「母というのは要するに一人の不完全な女のことなんだ」これは娘が母親の呪縛から解放されるためのきわめて重要なことば。
母は娘に個人的感情しか与えることができないのではないか。価値観に重みをもたらす最大の要素はその価値観を裏付ける理屈ではなく、価値観を獲得する際に感じた感情である可能性が高い。
ペドロ・アルモドバル監督「ボルベール」
エディプスコンプレックス・・男の子が経験するという「父を殺し、母と寝る」という幻想にまつわる愛と憎悪の葛藤。フロイトによると3歳から5歳の子供がこうした葛藤を経験するとされる。「去勢不安」→せっかく生えているペニスを禁断の母親への愛ゆえに、父親に切り取られてしまうかもしれないという不安。この不安の解消のため自らの欲望を制限し、母親の独占を諦め父親に同一化しようとする。
女の子の場合は、離乳の段階で、この分離の恨みが男の子より長く残る。自分にも母親にもペニスがないことに気づく。「ペニス羨望」がもたらされる。ここでペニスを持たない母親を娘はいったん見捨て、離乳の恨みもぶり返し、初めて娘から母親への憎しみが芽生える。そして欲望は父親へと向かう。このエディプスコンプレックスは一生続くとされる。これは父親から贈物として子供をもらいたい、父親の子供を産みたいという願望において極点に達する。このペニスを子供をもちたいという二つの願望は無意識の中にしっかり根をおろして、女性がその後その性的役割を演ずるための準備をするのに役立つ。
男性は身体をもたない→男性には象徴的な意味での本質しかない。男らしさと考えられるものは文化の違いはあれど「論理性」「潔さ」「筋を通す」「我慢強さ」など観念的・抽象的。一方女性らしさは外見や所作などの身体性において表現される傾向がある。
多くの母親は「まったく無力だと感じているのに、それでも全能のように思われる」という矛盾の中で宙づりになる。
ほとんどすべての娘はある時点で母親に対して失望を感じます。それは子育てにつきものの、不可能で消耗させられる期待に応えられる人など誰もいないから。母親が娘に与えられる一つの素晴らしい贈物は、できる限り自分自身の人生を生きること。
母親が娘に要求するものは「自分の人生の生き直し」。自分と同じ性をもつ子供のうちに、人生のやり直しの可能性を見る。その親は自分自身の過去との関連でこの子供の将来をすでに思い描いている。そして子供を「同一化計画」の中に包み込み、さらには閉じ込める。
Posted by ブクログ
※別な本の感想です
「母と娘はなぜこじれるのか」が登録にないので、代わりにこちらを登録。
私の私見では、息子は、育ててもらってありがと〜じゃあねーと、親(母)とは個と個で一線を引いて、成長後は戻ってこない、あっさりしているイメージ。全然親のことについて知らないってことも。生物として独立しているって感じ。
息子に母親は片思い必至なのかもしれない。
それは男性は体の認識がないからとのこと。←よくわからなかった
娘は母と一体感が成長の過程で約束されている、母がお手本として観察されるし自分と同一視してしまう生き物っぽい。
共感性が武器の女性ならではの生存戦略?なのかも。故に子供には自分の生き直しの願望や、親からの育て方に反発して自分は違う方針で育てたり、かなり子育てに自分を投影する傾向。
子育てしてても、女の子を育てるのに母親の責任は重大だなと思う。最初は育てやすくていいんだけど思春期からが難易度高いのが女子。
でなんだかんだで親を見捨てきれずに罪悪感を感じて心配し続けてくれる、関わりを切らないのが娘。毒親持ちには悲しい性かな。
読んで思ったのは、息子が離れていこうが、娘が一体感を持って育とうが、母親自身が一人の人間として独立している個として存在することの重要さだと思った。
いち人間として面白い、深みのある人間にならないといけないと思った。(自分と子を切り分けて考える、仕事を持つ、趣味を持つ、コミュニティをもつ)大人になったら対大人として話せるように。
娘に依存したりまずい育て方するとか、あると思うけど、それをすこしでもマシに、また将来子供が離れていくとき母親自身が気持ちを自己管理できるために、子育てしながら自分も育てていかないと辛いと思う。