あらすじ
デカルト、カント、ヘーゲルなど、近代に活躍した哲学者は枚挙に暇がない。だが、この時代の哲学では何が問題だったのだろうか。「私」の発見や知識の確実性、道徳の起源など、さまざまな議論が重層的に連なる西洋近代哲学。この沃野を一望して、本質をつかむのは容易ではないが、そのための最良の手がかりは哲学者の残した書物にあるのだろう。本書では、24篇の古典の論点を丁寧に整理し、近代哲学の全体を展望する。
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Posted by ブクログ
本著は、倫理学者であり哲学者の熊野純彦氏が編者となり、近代西洋哲学の主要著書について、日本の若手研究者の論文を集めたものである。
作品は、計25冊。
著者、計19名 (カントは4回、デカルト2回、ヘーゲル2回、ライプニッツ2回)。
論文執筆者。計22名。
これらが5つのテーマに沿って編集され、各論文は10ページ前後の読み切りというスタイルだ。
恐らくすべてが、一般向けというよりは学術的な目的で書かれた論文と思われ、一つ一つが難しい。
大変読みごたえがあり、哲学の入門書では物足りないという人には大いに楽しめる内容であると思う。
自分はとてもそんなレベルではないが、やわらかいものばかり食べていると無性にすごく固い食べ物と格闘したくなる、ような感覚で、困難を楽しみつつ読んでいる。
このような内容を一般向けの新書にまとめてくれるのは、さすが熊野氏だと感嘆した。
貴重な試みではないかと思う。
巻末のあとがきには、論文執筆者がほぼ全員顔をそろえて会議室で内容の検討会をした、その後宴席を設けて「やっぱり勉強っておもしろい」と語った、とあった。
熊野氏と研究者の方々の熱意に心を打たれる。
哲学初心者の自分にとっても、本著は何度読んでも面白く、最近こればかり繰り返し読んでいていつまでたっても読書記録が書けないので、いったん書いておこうと思う。
これまで読んだ哲学書に本著を加えて、薄々感じていたことがはっきりしてきた。
それは、西洋哲学はたった一つのことだけを数千年にわたって議論してきたのではないか、ということだ。
プラトン、アリストテレス、デカルト、カント、ヘーゲルからハイデガーに至るまで、或いはドストエフスキーなども加えて。
その中身を一言で言うのは難しいが、「自分とは果たして自分であるか」、というようなことであると思う。
その同じ問いを、神、社会、言語、自由、啓蒙、自然科学、経済、、、等様々な観点から切っているが、議論していることはほぼ同じという気がする。
何故人間はそんなことが気になるのか。
各々哲学者の、そもそもの思考の動機は何か。
何故精神と身体を分割してみようと思うのか。
何故神が必要か。
、、、など今後知りたいことがたくさんある。
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・「一つの個体は、自らの概念のうちに世界全体の出来事を含むことになるのである。」(p156 荒谷大輔/ライプニッツ『形而上学叙説』)
⇒ 人間性とは、時間という縦軸と、社会という横軸から形作られる、と思う。
さらに社会はより広い世界の側から形作られるし、また今という時間は長い歴史の集積の上にある。
そう考えれば、一人の人間の中に、間接的に集約された全世界の全歴史が含まれる、という考えには全く同意する。
世界の広がりを感じさせる、素晴らしい解説と感じた。
・「私たち人間には確かに、「称賛への愛」が備わっている。しかしそれだけでなく、「称賛に値することへの愛」という欲求も私たちには備わっている。」(p262 矢島荘平/スミス『道徳感情論』)
⇒このスミスの議論、及びその解説はエレガントだ。
より良い自己への「内なる監視の目」という議論はしばしば聞かれるが、それを「称賛に値することへの愛」と呼ぶことで、しなやかに論じている。
昨今とくにSNSなどにおいて騒がれる他者からの批判であるが、批判を厭うことと称賛を求めることは表裏である。
自分が値するかを自分で決められれればそれが良い。
・「純粋に理性だけで意思を規定する者は道徳法則から逸脱する可能性すらもたない。自然に属するものとして自分自身を意識しているからこそ、私たちは道徳性を表わす気高い人格の前ではおのずと頭を垂れる。」(p274 中野裕考/カント『実践理性批判』)
⇒少し前に観たタルコフスキー監督の映画『アンドレイ・ルブリョフ』が思い起こされた。
修業を経て神に仕えるアンドレイ・ルブリョフであっても、その身体から欲望が消えたわけではない。
自分の中にあるものとの戦いに勝利できることが、尊いのだ。
或いは、修道院での修業を望む元大公は、「外の世界ではまた罪を犯してしまう」と訴える。
その「外の世界」の自然状態にあってなお、罪を犯さずにいられることが、尊敬される姿であると思う。
Posted by ブクログ
各書を紹介している執筆者は、それぞれ異なる。
が、本書を通して読むと、近代哲学が、一貫して何をテーマにし、何を問題にしてきたが、わかるようになっている。
これは、編者の熊野純彦による力が大きいと考えられる。
どの名著を読もうかと考えている読者にも、近代哲学のテーマを知ろうと考えている読者にも、近代哲学史を紐解く場合と違った面白さを発見するであろう。
Posted by ブクログ
デカルトからマルクスまでの24冊というサブタイトルが付いた「近代哲学の名著」ですが、大変難解でした。やはり哲学は、他人が要約したものを読んでも理解できない、ということがよく分かりました。